左:近藤正高さん、右:米光一成さん
無名の人の人生が、意外とおもしろい
—— ところで、「一故人」で取り上げる人は、毎回どういう基準で選んでいるんですか?
近藤正高(以下、近藤) ある程度ネームバリューがあって、cakes読者が興味をもってくれそうな人ですかね。けど、僕はわりとマイナーな人が好きなので……。
米光一成(以下、米光) 編集担当ともめたりする?
近藤 もめたりはしないけど、こちらの人選が通らないことはたまにありますね(笑)。ダメ元で提案する場合もあって、このあいだは演歌の作曲家の船村徹で書けないかって聞いたら、通りませんでしたね。切り口しだいで何とかなるんじゃないかとも思ったんですけど、やっぱり読者が知らないから。
米光 ごめん、俺も知らなかった(笑)。逆にねばった人とかはいるの?
近藤 ねばったというか、なんとか押し通したのは、東京オリンピックで聖火リレーの最終走者だった坂井義則さんですね。ネームバリュー自体はなくても、その業績は広く知られていますから。
米光 これはおもしろかったよね。
近藤 意外と一般的に知られていない人のほうが、おもしろいんですよね。
米光 前回もちょっと話したけど、やっぱり「一故人」のテキストの見事なところは、近藤さんの切り口によって、故人のある側面が立ち上がってくるところだよね。読むと、その人がまったく別の人に見えたりする。ある種の「近藤史観」に汚染されそうになるというか。
近藤 あくまで僕のフィルターを通した、蜷川幸雄なり水木しげるなりを書いてますからね。
米光 それがすごくおもしろい。情報をプレーンに並べるのが目的のウィキペディアとかでは、そういったものは立ち上がってこないですよね。
近藤 そうですね。
米光 だから、ネット以外のいろいろな情報を調べて書くと思うんだけど、そのための資料を探しを、近藤さんはどうやっているのか、そこをぜひ聞きたいですね。
近藤流、資料の効率的な探し方
近藤 まずは「この人について書こう」と決めた時点で、その場でスマホから図書館の蔵書検索をして、ネットの貸出予約で故人の関連書籍を押さえますね。不思議なもので、誰かが亡くなると、その人の本はすぐ借りられちゃうんです。だから、訃報を知ったら急いで押さえにいくと。先物取引みたいですけど。
—— そのとき、読む本の優先順位はどうやって決めているんですか?
近藤 まず読むのは、生涯がざっくりつかめる本です。僕は読むのが遅いので、なるべく薄くてすぐ読める本を選んで、とりあえず人生の全体像を把握します。そのなかからどのトピックで書くか決めたら、また別の分厚い本でそのテーマを掘り下げていきます。
米光 そのテーマは、毎回スルッと決まるものなの? たとえば、蜷川幸雄の回とかは?
近藤 蜷川さんは、訃報が出た時点ですぐ決まりましたね。それ以前に蟹江敬三を「一故人」で取り上げたことがあるんですが、蟹江さんは蜷川さんと同じ劇団にいたので、蜷川さんの本も読んでいたんです。だから蜷川さんの人生については、もともとそれなりに知識としては持っていました。
—— 蜷川さんの回は「子連れ演出家」というテーマで書かれていましたよね。
近藤 蜷川さんについて書いたときは、ちょうど子育てや待機児童の問題が話題になっていたので、読者に対するフックとして、そこを選びました。毎回「一故人」の記事を書くときは、社会における現在進行系の問題と、なるべく結びつけるよう意識して書いています。
—— テーマが決まって、それを掘り下げるための資料を探すには、どういった方法をとられているんですか?
近藤 図書館でキーワード検索をします。人名を入れたり、少し気になったキーワードを入れたり。蜷川さんは、著書を探しているときにちょうど『蜷川幸雄の子連れ狼 伝説』という本を見つけて、これは書き出しで使えるなと。
米光 じゃあ、書こうと決めて調べはじめた人は、蜷川さんみたいに以前から興味を持って調べていた人よりも、圧倒的に大変?
近藤 うん、大変です。使うか使わないかは別として、その人の資料だけでなく、周辺情報も調べるので。背景を知らないと、的外れな文章になっちゃうんですよね。
—— 資料をあたるときは、年代とか注意していることはありますか。
近藤 その人のいつごろの発言なのか重視する場合もあります。年をとると視点や考え方が変わったりもしますし。他にも、その人に対して批判的な資料にもあたることもあります。
米光 実際に書き出すのは、どういうタイミングなの?
近藤 締め切りギリギリの2日くらいで、一気に書きます。僕の場合は、書き出しが決まると書けるんです。最後も書き出しとからめるようにしてますね。
米光 なるほど。だから、話が人生のいろいろなことに触れていても、一本筋が通る形になってるんだ。
近藤 ひとつのテーマに集約されるように、なるべく心がけています。
—— 調べたときに、使えそうなところのメモをとったりはするんですか?
近藤 とる場合もあります。引用できそうな箇所はとりあえずパソコンで打つ、みたいな感じで。
米光 付箋とかは使う?
近藤 付箋はもうべたべた貼りまくりますよ。図書館の本にも貼るので、返す時にはがすのが面倒で(笑)。
米光 はがし忘れると怒られるよね。
近藤 怒られる。あと紙がはげちゃったりとかね。
米光 丁寧にやらないと、あ、やべえっとか思ったりね。あと活字もはがれるよね。
近藤 一応余白にやるようにしてますけどね。
米光 図書館の本に付箋は貼っちゃダメです(笑)。
検索よりも、頼れるのは自分の記憶
米光 今日は、近藤さんの調べてから執筆するまでのスピード感を盗もうと思ってきたんだけど、ある程度もう、事前に調べて知っているってところも大きいんだね。
近藤 そうですね。若いころからいろんなジャンルをつまみぐいしてきたのが、けっこう生きているなと思います。僕の家は中日新聞をとっていたんですけど、子供のころに読んだ新聞記事でぼんやり覚えているのを思い出して、図書館で縮刷版やデータベースにあたったりしますし。でも、新聞によってはデータベースが不完全なところもあるんですよね。あるはずの記事が出てこなかったり。
—— 図書館のデータベースより正しい、自分の記憶があるってことですか。
近藤 僕の別の著書『ビートたけしと北野武』を書いたときの一例をあげれば、高校時代、ビートたけしが金嬉老を演じたドラマについて、黒澤明が語っているインタビューを読んだんです。ちなみにそこで黒澤監督がたけしのことを「ビート」って呼んでて(笑)。それもあってすごく印象に残っていたんですが、なぜかデータベースでは出てこなくて。結局、新聞の縮刷版で、だいたいあたりをつけて見つけたことがありましたね。
米光 ぶっちゃけ、目当ての情報を見つけられるのは、長くやってるからっていうのはあるよね。
近藤 結局それですかね(笑)。
米光 俺も、今から新しいものを調べて書くのは労力的に無理だけど、ゲームについてなら、30年作り続けているから書ける。今までの蓄積があるから、どう調べていいのか直感的に分かるし。
—— なるほど。「ネットにない情報の探し方」というテーマでお話してきましたが、実は検索とか資料の探し方より、今までの人生で培ってきた断片的な情報のほうが重要なんじゃないか、という気がしてきました。
近藤 まあ、やっぱり蓄積ですね。そう言うしかないかな。興味をもったことはみなさん、ずっと地道に……。
米光 なんでもとりあえず手を出してくださいっていう。
—— 最後に、お二人からライター志願者の方々に何か一言お願いしていいでしょうか。
米光 長くやれってことかな。若い人には未来があるよってこと。
近藤 僕は、自宅に資料が増えすぎると困るので、とりあえず図書館を使い倒せってことですかね。
—— お二人とも、本日はどうもありがとうございました。
(おわり)
構成:岩崎一麦
※この対談は、2017年5月9日に紀伊國屋書店 新宿本店で行われた、『一故人』刊行記念 近藤正高×米光一成トークイベント「ネットにない情報の探し方」の内容を一部を文章化したものです。