6月24日の安倍首相発言
獣医学部の新設について「速やかに全国展開を目指したい」と安倍首相が発言した6月24日の神戸「正論」懇談会の設立記念特別講演会。この講演で安倍首相は「働き方改革」の「同一労働同一賃金」について、次のように発言している。何か違和感を覚えないだろうか?
不合理な待遇差を是正することで、人のやる気につなげていく。同一労働同一賃金を実現します。この同一労働同一賃金は先ほど申し上げましたように、非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる。これはまさに経営側にとっても生産性が上がっていく。売り上げが増えていく、利益が増えていく、成長していく、必ずプラスになるはずである。
特にくくりだして報道されているわけでもないので、さほど注目されていない発言だが、ツイッター上でこの発言を目にした人からは、
馬鹿にされているように感じました
これ、非正規にたいする侮辱やん
といった声が寄せられている。もっともな反応だ。
「非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる」、だから非正規の正規化を進めよう――それが「同一労働同一賃金」という言葉で安倍首相が目指しているものなのだろうか?
そうではない。非正規であっても正当に処遇され、意欲をもって働けるようにすることが、「働き方改革」の「同一労働同一賃金」で目指しているもののはずだ。
にもかかわらず、「非正規のときには無かった責任感」と安倍首相が語ることは、みずからその政策意図に冷水を浴びせているようなものだ。そのことを安倍首相は、理解しているのだろうか。
「働き方改革」の「同一労働同一賃金」とは
政府の「働き方改革」において「同一労働同一賃金」とは、時間外労働の上限規制と並ぶ主要施策の1つである。そこで目指されていたのは、下記の「働き方改革実行計画(概要)」にある通り、「正規、非正規の不合理な処遇の差」をなくすことだ。
「不合理な処遇の差」があると、非正規労働者は「頑張ろうという意欲をなくす」。だから、理由なき格差を埋めていき、自分の能力が評価されているという納得感を高め、非正規労働者の働く意欲を高める。それによって労働生産性の向上を実現する。それが目指されている方向性だ。
出所:「働き方改革実行計画(概要)」の「1.働く人の視点に立った働き方改革の意義(基本的考え方)」(p.3)(2017年3月28日)より
上記には「世の中から『非正規』という言葉を一掃していく」という表現もあるが、「非正規労働者を一掃する」とか「非正規労働者の正社員化を進める」とかではないことに注意したい。一掃すべきものは、あくまで「『非正規』という言葉」とされている。
つまりは、「非正規」を「正規」(正社員)と対比してとらえ、「非正規だから賃金が低い」、「非正規だからボーナスが出ない」、「非正規だから諸手当の支給がない」といった一律の処遇の格差を設けるのではなく、理由なき格差を埋めていくことで、「非正規」であるがゆえに劣位に位置付けられることを解消していこう、というのが「世の中から『非正規』という言葉を一掃していく」という言葉のニュアンスだろう。
「正規、非正規の不合理な処遇の差」をなくすために、政府は2016年12月20日に「同一労働同一賃金ガイドライン案」を提示し、これを今後、確定させていこうとしている。
このガイドライン案の策定プロセスや中身の実効性にもいろいろ疑問はあるのだが、話が複雑になるため、ここでは触れない(関心のある方は、下記の記事を参照されたい)。
●(働き方改革を問う:1)同一労働同一賃金 指針作り、水面下で:朝日新聞デジタル 2017年5月14日
みずからが進める「同一労働同一賃金」施策を安倍首相は理解していない?
「働き方改革」における「同一労働同一賃金」とは何かの理解を踏まえて、もう一度、6月24日の講演会の首相発言を見てみよう。
不合理な待遇差を是正することで、人のやる気につなげていく。同一労働同一賃金を実現します。この同一労働同一賃金は先ほど申し上げましたように、非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる。これはまさに経営側にとっても生産性が上がっていく。売り上げが増えていく、利益が増えていく、成長していく、必ずプラスになるはずである。
「不合理な待遇差を是正することで、人のやる気につなげていく。同一労働同一賃金を実現します」――これは問題ない。
「この同一労働同一賃金は先ほど申し上げましたように、非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる」――これはおかしい。「同一労働同一賃金」とは、非正規の働き方のままでも不当な処遇を受けずに働けるための施策なのであって、正規化を進めるための施策ではないからだ。
さらに、「非正規のときには無かった責任感」という発言は、「非正規労働者は責任感を持たずに働いている」というレッテル貼りにつながりかねない発言だ。非正規の働き方のままでも不当な処遇を受けずに働けるようにして意欲の向上と労働生産性の向上につなげていこうとしているはずなのに、その施策を語る中でそれに逆行するような発言が行われるとはどういうことか。
安倍首相は、果たして本気で非正規の処遇改善を行おうとしているのだろうか?
***
<補足>
なお、発言を恣意的に切り取ったのではないかという批判を回避するため、「同一労働同一賃金」に関連する安倍首相の講演における言及箇所を下記にまとめて掲載した。
【安倍晋三首相 神戸正論講演詳報(6)】
産経WEST 2017年6月24日
そして生産性をあげる最大の切り札が働き方改革です。昨年、伊勢へ行った際にお話を伺う機会がありました。ある女性は最初、印刷会社に正社員として就職しましたが、締め切りに追われる長時間労働の職場だったため、結婚・出産を機に退職する道を選びました。その後、小売り関係の会社でパートを始めます。フォークリフトの資格取得を会社がサポートしてくれて、次第にやりがいを感じるようになったと言います。“短時間正社員”制度が導入され、基本給などで社員と同じ待遇になり、仕事へ責任感も出てきました。いまでは子育ての傍ら、土日も積極的にシフトに入り、次は管理職の研修にもチャレンジしてみようと思っているそうであります。労働環境や待遇がいかに働く人の意志、やる気を変えるかがわかるよい例だと思います。この女性の今の活躍ぶりをみれば、最初の印刷会社の方々は後悔しているのではないでしょうか。
ひとりの人材を辞めさせてしまうのか、それとも会社の生産性を高める戦力と生かす。それはすべて会社次第。経営者の手腕がますます試される時代になります。不合理な待遇差を是正することで、人のやる気につなげていく。同一労働同一賃金を実現します。この同一労働同一賃金は先ほど申し上げましたように、非正規のときには無かった責任感が、正規になって生まれてくる。これはまさに経営側にとっても生産性が上がっていく。売り上げが増えていく、利益が増えていく、成長していく、必ずプラスになるはずである。それはもう経営者の手腕にかかっていると思います。
詳細なガイドラインを先般策定しましたが、その根拠となる法改正を次の国会に提出する考えであります。
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