タスク管理アプリ「Todoist」の開発会社から学ぶ、「リモートワーク」の運用を成功させるために必要な2つの要素
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初めまして、世界を旅しながら働く"リモートワーカー"の早瀧正治(はやたき・まさはる)です。フリーランスの翻訳家兼マーケターとして、日本に進出したい海外の企業や、海外の広告代理店にオンラインマーケティングや翻訳サービスを提供しています。
世界中に1000万人以上、日本でも10万人以上のユーザーがいるタスク管理アプリ「Todoist」の開発会社Doistは、リモートワークの従業員が世界中に50人以上います。
ほとんどの従業員が互いに面識がなく、日本市場の担当者である私も、仕事で同僚と会ったことは一度もありません。 経営層も含め、ほぼ全員が別々の国でリモートワークをしており、私自身も海外旅行をしながらリモートで働いています。
Doistは、決して従業員の幸せを考えてリモートワークを導入しているのではありません。 企業としての合理的な経営のためにとった手段が完全リモートチームだったのです。
この記事では、Todoistの日本語担当者である私が、企業にとってのリモートワークの本質と優位性、そして導入のコツについて解説します。
リモートワークの歴史は意外と長い
リモートワークとは、ざっくり言えばインターネットを活用して出社せずに仕事をすることです。 Todoistのリモートチームは、ほとんど全員が個人事業主なので、厳密には従業員がいません。しかし、多くの個人事業主と違い、実態は契約社員に近いのです。
仕事内容に応じて支払いを受けるのではなく、毎月決まった金額を受けとります。定期的に会議もあり、チームとして働いているので、企業で働く従業員と働き方に大きな違いはありません。
違いは、コミュニケーションをオンラインで行うことと、契約形態だけです。 仕事をするということは、雇用主や依頼人にサービスを提供することです。「離れたところからサービスを提供する」という意味では、社外の会計事務所や、コールセンターに仕事の一部をアウトソースしている企業は昔からたくさんあります。そう考えると、リモートワークの歴史は意外と長いと言えるかもしれません。
近年、「リモートワーク」という単語が生まれたために注目をされていますが、その土壌はずっと昔からあったのです。 グローバルにまたがるリモートチームも、実はずっと前からあります。海外に支社がある企業は大規模な国際リモートチームと言えるからです。
リモートチームの運営は、組織のモジュール化か、優れたメンバーへの全権委任が前提である
なぜリモートワークが普及しないのか? それは、テクノロジーの問題ではなく、組織の仕組みと文化の問題です。
リモートワーカーに与えられるのは簡単な仕事だけであるという声もありますが、それは正しくありません。「離れたところからサービスを提供する」という意味では、会計士や弁護士などは決して簡単ではないサービスを提供しています。リモートワーカーとの仕事がうまくいかない原因はたった1つ。リモートで働くメンバーの機能と裁量が決まっていないからです。
弁護士や会計士、工場、海外の支社などは、組織や顧客に対する「機能」が決まっています。機能が決まっているため、最低限のコミュニケーションで共に働くことが可能です。歯車のようにうまくかみ合っているのです。
Doistの国際チームは、組織における各メンバーの機能と裁量がしっかりと決まっています。 私の機能は、週に1度のTodoist日本語ブログの執筆、ユーザーインターフェースの翻訳、毎日のカスタマーサポート、日本語ツイッターの運営、広報などです。 広報は、英語版のプレスリリースが各国の担当者にGoogle Docで共有され、各国の担当者がそれを翻訳し、指定された日にメディアにプレスリリースを送ります。 翻訳は、「Transifex」というクラウド翻訳ツールを利用しています。
これらの業務について、Doistの国際マーケティングや翻訳チームのリーダーとメンバー間のコミュニケーションは、Twistというチームコミュニケーションツールでの投稿一通だけです。 このように、チームのタスクを明確に分け、それを機能が決まっている各メンバーに振り分けることで、コミュニケーション最小限にしています。これが「組織のモジュール化」です。
そしてもう1つ重要なのは「裁量」。ツイッターの運営について、各国の担当者は独立してマーケティングを行っています。私がチームリーダーから受けた指示は、たった2ページの「Todoistのブランドイメージ」に関するマニュアルだけです。
何を投稿化するか、誰をフォローするかなど、ツイッターでのマーケティングについてほぼ全権が委任され、チームリーダーからツイートのチェックもされていません。 チェックされているのは、リンクのクリック数など具体的な成果だけです。 これが成り立つのは、各メンバーが自分で考え、自分で行動できるからです。チームのメンバーが現在の状況や自分の役割を理解しているので、チームでプレイすることなく、チームとしての成果を出すことができます。
マンガ『キングダム』によると、古代中国の秦王朝には六代将軍という「王の命令なしに自由に戦争を仕掛けることが出来る権利を持った六人の将軍」がいたそうです。国家の繁栄のために独自の判断で大きな意思決定ができる制度です。Doistもこのように各国の担当者に全幅の信頼を寄せ、大きな裁量を与え、それに見合った判断力と実力を持つ各国の担当者が、その期待に応えています。 これにより、意思決定にかかる時間と、その時間にかかる従業員のコストを最小化しています。
リモートワークなら、優れた人材を低コストで雇える
これだけの人材を各国から雇うとなると、リモートワークでなければ多大なコストがかかります。 ニューヨークや東京などの、高い技能を持つ外国人労働者が集まる都市で、各国から優れたマーケターを正社員として雇い、さらには全員が働けるオフィスが必要です。 人件費やオフィスにかかる費用は大変なことになるでしょう。 リモートでフリーランサーと月20時間や40時間の見込み労働の契約を結べば、かなり低いコストでも優れた人材を集めることができます。
メリットはそれだけではありません。モジュール化と全権委任により、コミュニケーションにかかる人件費を大幅に減らせます。また、各国の担当者による素早い意思決定により、ビジネスの機会損失を減らすこともできます。
Doistのようなスタートアップ企業が、無借金で国際的なチームを築く唯一の手段が「リモートフリーランス」によるチームづくりだったのです。Doistは資金がないスタートアップ企業だったので、フリーランスを雇うという選択肢しかありませんでした。しかし、大企業ならフリーランスにこだわる必要はありません。Doistも日本市場が今以上に成長し仕事量が増えたら、私はフルタイムで働くことを要求されるでしょう。
リモートワークは従業員のためではなく、企業として利益を追求するための合理的な判断なのです。
おわりに
リモートワークは、タスク管理ツールなどの技術を導入すれば円滑に導入できるという単純なものではありません。制度の整備、文化の醸成など、企業として体制を整えることが不可欠です。
多くの場合、少人数の部署でリモートワークを試験的に導入し、失敗を重ね、試行錯誤をすることや、他社の成功例から学ぶことが必要でしょう。それらには時間もコストもかかりますが、将来的に得られるコストの削減を考えると、検討する価値はあると思います。
早瀧正治(はやたき・まさはる)
国内の中堅大学を卒業後、海外就職・海外転職を経て、リモートでフリーランスをしています。日本に進出したい海外の企業や、海外の広告代理店にオンラインマーケティングや翻訳サービスを提供しています。主な顧客は、タスク管理ソフトTodoist、米系マーケティング代理店DigitalRiver。ブログやってます。
文、写真/早瀧正治