アイドルを仕事にする
アイドルとは何か? きみはやっとわかった。
もう昨日までのきみじゃない。大きく変わったんだ。
アイドルになりたい!
そう言う時、きみは自分がなりたいものの正体を、今ではよく知っている。
けれど、いや、ちょっと待ってほしい。
アイドルになる ……って、いったい、どういうことだろう?
いいかい? つまり、それは アイドルを仕事にする
ということだ。
きみにとって、今、アイドルは夢かもしれない。あこがれかもしれない。
でも、夢やあこがれのままでは、決してアイドルにはなれない。
わかるよね?
夢をつかむということは、つまり、夢を仕事にするということなんだ。
じゃあ、仕事とは何だろう?
職業。労働。ワーク。職人。プロフェッショナル。いろんな言い方があるけれど。
ざっくり言うよ。
それによってお金をもらうということだ。
趣味とは違う。
責任は重いし、さまざまな人たちと関わる。
たとえば、アイドルになるために芸能プロダクションへ入る。そこにはマネージャーがいる。社長や、管理職や、事務の人たちだっているだろう。多くの人たちが、そこで働いている。
アイドル歌手としてデビューしたとする。きみが唄う歌を作る作曲家や、作詞家や、あるいは振りつけ師や、音楽ディレクターや、たくさんの人たちがきみのために働いてくれる。
さらにはテレビ番組に出るにはテレビ局の人たちが、ライブをやるにはライブ会場のスタッフたちが、グラビアに載るにはカメラマンや出版社の人たちが、そう、より多くの人たちの力が必要となるだろう。
アイドルという仕事は、こうしたたくさんの人たちの力によって支えられている。
それらをひっくるめて、いわゆる〝芸能界〟と呼ばれているよね。
きみが「アイドルになる」ということは、「芸能界の一員として働く」ということなんだ。
仕事というのは、働くことによってお金をもらうことだと言ったよね。
それは、働くことによって「社会とつながる」ことだ。
えっ、社会? 何それ?
な~んて首をひねったかもね。
ものすごく重要なこと
社会とは何か?
つまり、家庭でも、学校でもない場所のことさ。家庭や学校の外側にある、きびしい荒野のようなところを想像してほしい。
人は成長して、やがて社会という荒野へ出てゆく。それまでは家庭や学校に守られて、社会へ出るための練習をしているんだね。
しかし、きみがアイドルとして仕事をはじめると、どうなるか?
いきなり社会という荒野に身をさらされる。そこでは家庭や学校のようにきみを守ってはくれない。
きみが20歳に満たない未成年者であれば、法律はきみを子供として(ある程度)守ってくれる。
しかし、それは本質的なことじゃない。
社会に出るということは、自分の身は自分で守らなければならなくなる。
そうして生きていくんだ。
社会で生きていくために、ものすごく重要なことを、教えてあげよう。
いいかい?
えーっとね、つまり
人生は不公平だ
ということだ。
えっ、何それ? そんなのあたりまえじゃん! なんて思ったかな。
そうかな。あたりまえですかね?
じゃあ、訊くけど、きみはいったい誰にそれを教えてもらったの?
学校の先生? 政治家? マスコミ?
いやいや、誰も絶対にそんなこと言わないでしょう。
人間はみんな平等だ。憲法にだって書いてある。不公平なわけない。
大人はきっとそう言うよね。
でも、現実は違うでしょ? 全然、平等じゃない。
金持ちの子供と貧乏人の子供が、どうして平等なんですか?
美人の子と不美人の子は平等ですかね。
違うでしょ、絶対に。
本当は親が子供にそれを教えなきゃいけないんだろうね。けど、今の親は違うでしょ。我が子が学校で不公平なあつかいを受けたら、すぐにクレームをつける。もちろん、それが間違ってるとは言えない。だけど、そうして育った子供が社会へ出ていって、どうなるかということ。
不公平を生きる
社会は不平等と不公平に満ちている。もちろん、それはいけないことだ。しかし、人はその社会で生きていかなきゃいけない。すると、いわゆるタテマエ的な言葉を信じていた子供——いい子ちゃんのほうが、へこたれる。すぐにやる気をなくしたり落ちこぼれたりする。
人間は不平等だ
そんなことは知ってるよ。けど「知る」と「わかる」は違う。
きみはクジラを知ってるでしょ?
でも、生きてるクジラの実物を目の前で見たことがあるかな?
本物のクジラにさわったことって、ある?
そう、「わかる」とは、本物のクジラにさわることなんだ。
たとえば、今、小中学校でバレンタインデーのチョコ渡し禁止のところが多いんだってね。理由は「もらえない子が傷つくから」。そりゃ、傷つくでしょうよ。だけど、社会に出たら、もっともっと傷つくことがいっぱいあるよ。小さい頃から傷つく練習をするべきなんだけどなあ。実際に傷ついておぼえるしか「わかる」ことにはならない。
スポーツにはルールがあるよね。それでも判定がおかしい、ルール改正が不公正だとか言われる。芸能界にはスポーツのようなルールがない。不平等、不公平、不公正が日夜、まかりとおっている。いけないことかもしれないね。でも、これが今の芸能界なんだ。今の現実社会がそうであるように。
ぼくがこれまで会ったたくさんのアイドルや芸能人で、成功するタイプは二種類あると思ったんだ。
一つめは、不平等や不公正についてあまり考えないで、ひたすら信じきってがむしゃらにがんばるタイプ。
二つめは、不平等や不公正の存在をわかりつつ、なんとかその中で乗り越えていこうとするタイプ。
不平等や不公正があるのは、おかしい。私がうまくいかないのは、そのせいだ。こんなんじゃやってられないよ! と怒るタイプが一番多い。そして、そういう人たちは、芸能界を去ってゆく。芸能界に少し関わって、やめていった人と親しくなると、そんな話がいっぱい聞けるよ。
政治は社会の不平等や不公正を正すべきだろう。でも、ぼくたちは今日もその不平等で不公正な社会で生活しているんだ。一人一人が日夜めちゃめちゃ傷つきながら。
それが「生きる」ということだ。
芸能界というのはね、「より極端に生きる」人たちの場所なんだよ。
それでもいい……という人たちだけが、そこで生き残っていける。
スピードが違う
芸能界と一般社会、アイドルと普通の人は、いったいどこが違うんだろう?
基本的には同じだ。アイドルも普通の人と同様、恋もすれば、悩みもする。うれしければ、笑うし、悲しかったら、泣く。ぼくたちと何も変わらない。
いや、一つだけ違うことがある。
スピードだ。
アイドルとして有名になるのは、スピードの出ている乗り物に乗るようなものなんだ。
たとえば、きみがツイッターをはじめて、フォロワーを増やそうとする。何千人もフォロワーを集めようとすれば、むずかしくて、すごく時間がかかるよね。
でも、アイドルだったらどうだろう? ツイッターをはじめたとたん、あっという間に何万人ものフォロワーが集まるでしょ? そう、短時間で願望が叶う。すぐに自分のほしいものが手に入る。
スピードの出る乗り物は便利だ。東京から青森まで歩いて行こうとしたら、何日もかかる。自動車で高速道路を走ったら、なんとかその日に着けそう。飛行機に乗ったら、一時間で行けるのでは?
だけど、ちょっと待って。いいことばかりじゃない。
スピードの出る乗り物は危険なんだ。事故ったら怖い。歩いて転んでも、たいしたことない。高速道路で自動車事故を起こしたら、大変! 飛行機が墜落したら、きっと全員死亡でしょう。
アイドルも同じだ。普通の人なら、たいしたことない事故でも、大きな危険をともなう。ツイッターで変なことをつぶやいたりしたら、大変だよ。恋愛が発覚しただけで、大騒ぎになる。
二世タレントっているでしょ? 芸能人の子供が、自分も芸能人になる。親が有名だと、その子供は生まれた時から有名なんだ。
不公平だよねー。努力しないで最初から有名だし、簡単に芸能界デビューできるんだから。
つまり、二世タレントってのは、生まれつきスピードの出る乗り物に乗っているんだ。
でも、考えてごらん。
そう、事故った時のことを。
有名女優の息子が麻薬使用や不祥事などで逮捕されて、大騒ぎになったことが何度かあったよね。あれが一般人だったら、どう? 新聞にも載らないちっぽけな事件だったかもしれない。同じ事件でも、有名人の子供がやったというだけで、とてつもない大事件になっちゃうんだよ。
スピードが出ているって、そういうことだ。有名人の二世って恩恵と一緒に、常に事故った時の大きなリスクを背負っているのさ。
アイドルとしてデビューして、有名になって、ちょっとしたきっかけで精神的に危うくなっちゃう女の子が、けっこういる。それは自分の乗り物がスピードの出ていることに気づいていない。あるいは、そのスピードに慣れていないからじゃないかな?
デビューして、ブレークして、人気者になると、よりスピードが加速する。飛行機と同じだ。夢に向かってひとっ飛び。だけど危うい。ものすごくスピードの出る乗り物は、時には〝死〟の危険さえともなっているんだから。