(下)デジタル技術の進展にどう対応?
ここ数年、日本での映画の年間公開本数は邦洋合わせて1000本以上。昨年は計1149本が公開され、総興行収入は2355億円と過去最高を記録した。とはいえ、このうち6割以上を、興収10億円以上のヒット作61本が独占している。ヒットするのは一握り、シネコンは公開後最初の週末の動員状況を見て、当たらないと判断すれば上映回数を減らしてしまう。公開前にどれだけ話題になり、好スタートを切れるかが勝負。長い間にジワジワと観客を集めてゆっくりとヒット、という成功談も、今は昔だ。そうした中で「この世界の片隅に」は60館ほどの公開から始まって封切りから4カ月も上映、累計300館で公開され興収25億円を超える異例の大ヒットとなった。「この世界の片隅に」の片渕須直監督と「永い言い訳」の西川美和監督の対談では、急激な環境の変化とそれへの対応を語り合った。【司会・構成 東京学芸部長・勝田友巳】
「1作ごとに技術が変わる。デジタルになっても大事にするのは人の勘」
--実写の撮影現場ではデジタル化が急速に進んでいますが、アニメはいかがですか。
片渕 私は平均して8年に1本作っていますが、毎作、技術的な条件が変わってしまいます。「アリーテ姫」では、セルやフィルムを使わずパソコンの中で映像にまでしようと最初にしました。セルに塗る時は絵の具の数が決まっていますが、パソコン上では色の段階が無限にある。かえって“デジタル的”じゃないんです。それまでは塗り絵みたいにこの人物はこの色と決めていたんですけど、背景のライティングとか色が違うなら全部変わるはずだから、カットごとに違った色付けをしてやろうとしました。
ただ、仕上げの色調整をするモニターはとても小さかった。画面にうんと近づいて見ないといけなくて、目がおかしくなりました。今回のモニターはいくらかでかかったけど、映画の画面はもっとずっとでかい。デジタルになっても、人の勘とか見た目を大事にしなくてはいけない。
西川 大きなモニターで見たからいいだろうと思ってたら、違うんですよ、スクリーンで見たら。便利なものがあっても、さらに想像しなきゃいけないということ忘れちゃう。
片渕 目を近づけて見るのと、大きな画面を見てる時と、見方が違うんですよね。映画館のスクリーンに映しながらはできないので、作り手の勘が試されるのが映画作りと思う。完成図は、最後の瞬間まで存在しないんです。
「見たいと思っている観客に、作品をいかに届けるかも考えなければ」
--日本映画は活況を呈しているようですが、製作現場は苦労が多いと聞きます。特に製作費も公開も、中規模の作品が苦戦しています。
西川 まさに私のことですね。今回は、出資者やプロデューサーが理解してくれて、現場は潤沢ではないしシビアでも、ストレスを感じずに作れました。でも公開の仕方が難しかったと思う。公開規模が大きいか小さいか、二極化した中で中間を狙いましたが、今の映画の市場の性格とこちらの見せ方がかみ合わなかった、見たいと思ってくれるお客さんに、ちゃんと届けられなかったという思いもあります。
今の興行界は、お客さんが入らなければ上映回数がシビアに切られます。早朝と深夜しか上映してないとなれば、私の映画を見たいと思ってくれる、30~40代のお客さんは来られない。自分は監督だけど、こういうスタイルで作っていく限りは、製作者側と同じように見せることも考えていかなければいけないのかなと思う。反省点が多いです。
--「この世界の片隅に」は小規模公開から全国に広がりました。
片渕 今回は、「マイマイ新子と千年の魔法」の経緯から引き継いたところがありました。「マイマイ新子」は最初の劇場公開はあまりヒットしませんでしたが、その後、ネットの口コミでお客さんが来てくれた。絶対量は大したことなくても有効だなと思っていました。今回はそこを基軸に、製作前からイベントを開いて、面白さをお客さんに直接伝えようとしました。その中で(インターネット経由で資金を調達する)クラウドファンディングを行った。一方で、プロデューサーは正攻法で出資者を募る。2本のレールで進んでいた。相乗効果で出資者も集まり、クラウドが有効に機能してお客さんも温まって待っててくれた。だから僕らは、お客さんに媚(こ)びたとは思ってない。面白いと思うことを共有したいと、いう思いが強かった。
ネットの口コミに加えて、テレビや新聞の役割も大きかった。朝のニュースや新聞記事など、くつろいだ時間に映画のことを見た70~80代のお客さんが、子供のころの時代が出てくると気がついてくれた。口コミは電話で、一緒に見に行かないかと。ネットと旧来のメディアが拮抗(きっこう)していた。それこそ30~40代だったら来ない時間帯に来てくれる。題材も良かったけれど、自分たちが忘れようとしていた層のお客さんに働きかけたのかもしれない。
--お二人の次回作は。
西川 そろそろ新しいのに取りかかろうと思っています。これまでオリジナルでやってきましたが、撮りたい小説を見つけました。古い小説ですが、現代に置き換えて原作なのか原案になるのか、アイデアの端緒というだけになるかは分かりませんが、やってみたいテーマを見つけました。時間をかけてリサーチをして自分なりの物語を作れたらと思っています。これまでと違うアプローチをしたらどうなるかなと。
片渕 今まで考えた企画の中からと思いますが、今、自分がこれまでと違うところに立っている気もして、昔やりたいと思ってたものに光を当て直したらどうなるかなと、考えてもいます。そういう方が面白いものができあがってくるかなと。
西川 だいたいどれぐらいかかりますか。
片渕 最低でも3年半、4年ぐらいかな。
西川 あ、ちょっと安心した、私だけじゃない(笑い)。
--遠からず、新作を楽しみにしています。
<経歴>
にしかわ・みわ 1974年生まれ、広島県出身。早大在学中に是枝裕和監督の「ワンダフルライフ」に参加、フリーの助監督を経て2002年「蛇イチゴ」で脚本・監督デビューし、毎日映コン脚本賞。06年の第2作「ゆれる」はロングランヒットし、カンヌ国際映画祭監督週間に出品、ブルーリボン賞などを受賞。09年の第3作「ディア・ドクター」はキネマ旬報ベスト・テン日本映画1位。12年に「夢売るふたり」。小説、エッセーも手がけ、「きのうの神様」「永い言い訳」が直木賞候補になった。
かたぶち・すなお 1960年生まれ、大阪府出身。日大在学中から、宮崎駿監督が参加したテレビアニメ「名探偵ホームズ」脚本に加わった。89年、宮崎監督の「魔女の宅急便」では演出補。2001年「アリーテ姫」で長編劇映画監督デビュー。09年「マイマイ新子と千年の魔法」は口コミで評判が広がり、ロングラン上映された。クラウドファンディングでも資金調達した「この世界の片隅に」は息長くヒットし、興行収入25億円を突破。毎日映コンのほか、キネ旬ベスト・テン日本映画1位など。
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「この世界の片隅に」の場面写真は、(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
「永い言い訳」の場面写真は、(C)2016「永い言い訳」製作委員会。「永い言い訳」のBlu-rayは5616円、DVDは4104円で発売中。