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<外国人の家事代行>最前線ルポ なし崩し的拡大に懸念

毎日新聞 4/2(日) 18:54配信

 コンビニ、居酒屋、町工場……。今やありとあらゆる場所で働く外国人が、とうとう家庭にも入り始めた。国家戦略特区では外国人による家事代行が解禁され、第1陣としてフィリピン人女性25人が3月に来日した。最前線を取材すると、政府が成長戦略の柱に掲げる「女性活躍」を外国人女性が下支えする構図が浮かんだ。【中村かさね】

【写真特集】家事代行サービスを担うフィリピン人職員の入社式

 ◇国家戦略特区で東京、神奈川、大阪で解禁

 「わくわく、ドキドキし、とってもうれしく思っています」。東京・大手町の人材派遣パソナ本社で3月21日、南部靖之パソナグループ代表が新入社員25人を前に興奮気味に切り出した。「40年前、女性の社会進出の場を作ろうと起業した。みなさんが私の夢を実現させてくれます」

 入社式に臨んだ25人は、各自であつらえた白いシャツと黒いスーツの上下を着ている。昨年、東京都と神奈川県、大阪市で外国人家事代行サービスが解禁され、パソナのほか5社が特区内で許可を受けて事業を担う。

 首相官邸のホームページは、解禁の狙いについて「女性の活躍促進や家事支援ニーズへの対応」などと記載している。南部氏は入社式で、それをかみ砕いて説明した。「家庭の主婦が子育てと仕事と介護をすべてこなす。何とかしなければ、本当の意味での女性の社会進出は難しい。みなさんはその大きな後ろ盾、要です」。そして「日本で女性の社会進出の歴史を開く一員」と持ち上げた。

 1週間後の28日、アミラ・ロザーリー・レブレスさん(33)が研修で指導役に伴われ、神奈川県内で利用を検討している時枝亜希子さん(38)方を訪ねた。時枝さんは会社員の夫と小学生の子供2人の4人家族。家計をパートで支えている。

 3LDKのマンションの一室で打ち合わせの後、アミラさんが台所や浴室の清掃を始めた。排水溝の内側まで手際良く磨く。長女は「掃除の神さま!」と絶賛した。時枝さんは「普段の家事を代行してもらって時間を買うような感覚でしたが、ここまでやってくれるとは思いませんでした」と感激した。

 アミラさんは北部ルソン島の出身だ。レバノンの富裕層宅で6年間住み込みの家政婦として働いたことがある。休みも外出も許されず、1日16時間も働いたという。「日本は清潔で安全だし、人が優しい。休みがある」と英語で喜びを語った。日本語は研修で習ったが、まだ片言しか話せない。フィリピンの物価は10分の1ほどで、働いて得たお金から家族に仕送りするつもりだ。

 バスタブを磨いていた時だった。アミラさんが「血が出た」と小さな声で訴え、鼻を押さえた。真剣になりすぎ、のぼせてしまったようだ。日本での永住権を持つ指導役のフィリピン人オオキ・エビリン・クルズさんは「彼女は日本で仕事を続けるため、本当に一生懸命なんです。3年が過ぎても日本で働けるのが一番と思う」と思いやった。

 ◇職場支える外国人、「移民」には道遠く

 外国人が日本で働く場は小売りや外食、製造業にとどまらない。群馬県嬬恋村のキャベツも収穫するなど農漁業を支える。福島第1原発の廃炉現場でも不足する日本人作業員の穴を埋めてきた。ついに家庭の家事まで担おうとしている。

 厚生労働省の統計によると、国内の外国人労働者数は2016年10月末時点で初めて100万人を突破し、約108万人となった。その多くは「留学生」や「技能実習生」という名の単純労働力だ。明確に労働者と認められないまま、低賃金で日本の経済や社会を支えている。

 一方、彼らが移民として日本に定着し働く道はほぼ閉ざされている。

 政府が3月にまとめた働き方改革実行計画は、外国人の単純労働を巡り「受け入れの在り方について、総合的かつ具体的な検討を進める」としている。ただし、その一方で「移民政策と誤解されないよう」との文言も明記された。家事代行で受け入れる外国人も、公には「外国人家事支援人材」と呼ばれる。「移民」や「労働者」という単語を慎重に避けている印象だ。

 アミラさんは長く日本で働きたいと望むが、最長3年で契約は切られ、帰国する。現行ルールで再び日本で働くことはできない。

 パソナは今後3年間で1000人規模のフィリピン人を採用する予定だ。入社式でも南部氏は「みなさんの後には何千人の海外の方を迎えて、日本の女性の社会進出を担っていく」と祝辞を結んだ。取材には「フィリピン以外の国からの受け入れも検討したい」と意欲を語った。

 この入社式を取材した香港フェニックステレビの記者に感想を聞くと、「日本は今後も特区を使い、なし崩し的に単純労働の受け入れを拡大する気ではないのか」と表情を曇らせた。

 ◇密室ゆえの人権侵害の懸念も

 外国人家政婦への人権侵害を心配する声もある。

 国士舘大の鈴木江理子教授(移民政策)は「家事労働は家庭内という密室ゆえに、諸外国の事例を見ても人権侵害が懸念される」と警告する。

 だが今回の特区事業では、業者側は「当初は採算を度外視してでも事業を成功させる」と声をそろえる。実際、パソナは25人に社宅や相場より高い賃金、手厚い教育を提供する。昨年から在留資格を持つフィリピン人女性を来日メンバーの指導役として採用・育成し、実際に利用家庭でのサービスにあたることで事業の下地を作ってきた。

 教会や自治会、学習支援を行う地元のNPO団体との交流も計画し、アミラさんら来日メンバーが地域コミュニティーにもなじめるよう公私ともにサポート体制を整える。人権侵害の可能性は低そうに思える。

 それでも懸念を完全にぬぐい去ることはできない。単純労働の外国人労働者の受け入れを巡り、規制の緩和に次ぐ緩和で労働条件の悪化を招いてきた経緯があるためだ。

 1982年の改正出入国管理法で「国際貢献」の名の下に1年間の「研修」という在留資格が設けられると、当初は日本企業の現地法人などに限られていた研修生の受け入れ先が、90年には中小零細企業にまで拡大した。さらに93年には技能実習制度が創設され、その後も実習期間の延長や受け入れ職種の拡大などの規制緩和が続き、現在は実質的には人手不足の業界が安価な労働力を確保するための抜け道になっている。

 そして人口減への危機感から外国人労働者の受け入れに積極的な第2次安倍内閣で、「外国人材の活用」と銘打った議論が始まると、14年には特区を利用した家事代行の解禁話が持ち上がった。今後は農業分野でも特区として外国人労働者の受け入れを認めていく方針だ。この間、外国人労働者の受け入れ、つまりは「移民政策」に正面から向き合った国民的な議論はされていない。

 ◇女性活躍の実現「働き方改革が先」との指摘も

 家事労働はこれまで女性の無償労働とされてきたが、共働き家庭や単身高齢者の増加を背景に、家事代行の需要が急速に拡大している。矢野経済研究所の調査では、家事労働の市場規模は12年度980億円で、これが将来は6倍以上に膨らむという試算もある。既に一部の業者が新規申し込みを一時停止するほど担い手不足が深刻化している。

 長年、家事代行の可能性を訴えてきた業界大手ベアーズの高橋ゆき副社長は「国内で人材確保が難しくなれば外国人の手が必要になる。今年は家事代行の『インフラ化元年』になるのではないか」と期待する。特区での事業が成功すれば、やがて全国に外国人の家事代行が広がっていくだろう。

 そうなれば市場経済で価格競争にさらされる。採算を度外視して外国人労働者に対応するような業者は少数となり、劣悪な条件で働かせる業者が出てきかねない。

 鈴木教授は「低賃金化や人権侵害などの懸念は大きい。家事代行を頼める人と頼めない人の格差も今まで以上に広がる。一方で、市場で調達できるのだからと、公的支援は抑制されていく可能性もある」と指摘する。

 そもそも、日本人女性の活躍は外国人女性に頼らなければ難しいのか。

 和光大の竹信三恵子教授(労働政策)は「女性活躍というなら、労働時間規制など働き方改革を徹底すべきではないか」と指摘する。鈴木教授も「伝統的な男女の役割分担の見直しや子育て支援の拡充など、先にやるべきことはたくさんある」と話す。

 「日本で働きたい」という外国人女性、「猫の手でも借りたい」ほど忙しい日本人女性、家事代行ビジネスを展開したい企業--3者がウィン・ウィンの関係ということもあり、目の前に転がるいくつもの課題から目を背け、思考停止に陥りかねない。

 入社式では、最後にアミラさんら25人が日本語で歌を披露した。「ほら、足もとを見てごらん。これがあなたの歩む道。ほら、前を見てごらん。あれがあなたの未来」(Kiroro「未来へ」)。社会進出を目指す日本の女性たち、家事を引き受けるアミラさんたちには、どんな「未来」が待ち受けるのだろう。

最終更新:4/3(月) 0:54

毎日新聞

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