「プルシェンコ」ついに引退!ファン悲痛・・。
ロシアが誇る男子フィギュア界のスターがまたひとり消える・・。
エフゲニー・プルシェンコは、2006年トリノオリンピック金メダリスト。
2002年ソルトレイクシティオリンピック及び2010年バンクーバーオリンピック銀メダリスト。
2014年ソチオリンピック団体戦金メダリスト。
世界選手権優勝3回、欧州選手権優勝7回、グランプリファイナル優勝4回。
グランプリシリーズ通算22勝。
という輝かしい戦績を持つ才能あふれるフィギュア選手だった。
数々のメダルと共に負傷も多く、半月板の7手術だけでなく、損傷股関節の状態悪化や鼠径ヘルニアの手術、潰れた腰椎の椎間板を人工の代替品と取り替える置換手術を受けるなどケガとの戦いも続いた。
2014年3月に脊椎手術を成功し、自身にとって5度目のオリンピックとなる平昌五輪への意欲を表明し「メダルも狙っています」と述べていたが、ついに引退を表明したという。
プルシェンコが引退表明 トリノ五輪金 今後は指導者に
フィギュアスケートの2006年トリノ冬季五輪男子金メダリストのエフゲニー・プルシェンコ(34)が31日、引退を表明した。タス通信などが伝えた。今後はコーチとして後進の指導にあたる意向という。
02年ソルトレークシティー五輪、10年バンクーバー五輪で銀メダル、14年ソチ五輪では団体金メダルに輝いた。15年4月には18年平昌五輪を目指すと表明したが故障に苦しみ、昨年3月に頸椎ヘルニアの手術を受けていた。
ロシアのムトコ副首相は「本物の偉大な選手で残念だが、スポーツとフィギュアスケートの発展に貢献し続けると期待している」と述べた。(共同)
ソビエトシステムの最後の遺産
ソビエト連邦など社会主義国では、オリンピックは共産主義の優位性を西側諸国に示す場として、プロパガンダに利用された。
当時、ソ連各地から選ばれた素質ある子供たちは、時に幼い頃から家族と離され、必要な全てを国から与えられ、優秀な指導陣のもと英才教育を施された。
プルシェンコは4歳でバレーを始め、7歳のときサマーラで行われた全ソビエト規模のノービス競技会クリスタルスケートで最年少で初優勝。11歳で高名なコーチのアレクセイ・ミーシンに見出され、単身でサンクトペテルブルクへ移住。
このような経歴から、「ソビエトシステムの最後の遺産 」と言われている。
羽生の憧れたプルシェンコ
羽生結弦選手の尊敬する憧れの絶対王者がプルシェンコであることはあまりにも有名。
今回の引退報道に「本当ですか」と驚きの表情を浮かべたという。
小さい頃、髪形もまねていたほどで、「一緒に平昌五輪に出たい。」と言っていたと関係者が語っている。
二人は実際仲が良く、アイスショーなどでも共演したりしている。
羽生選手のコーチになる日も来るのかも・・。
コーチとして後進の指導にあたるというプルシェンコが、才能を高く認めている羽生のコーチを務める日が来るのかもしれない・・。
日本の多くのファンがその日を期待していることは間違いあるまい。
男子フュギュアスケートはいよいよ新しい時代に入った。
現役引退を表明した #プルシェンコ はこんなことも言いました。「もう限界があるんだ。僕は15回の手術をした。5回目の五輪に出場することは難しい。もう萎えてしまった」ロシアのタス通信は彼のこれまでのの経歴を写真で振り返っています https://t.co/AMWy8LfBi8
— Masaaki Sasaki (@izasasakima) March 31, 2017
戦績も経歴も全く違うから同じとは言えないけど、
— 霧坂 (@k_kirisaka) January 6, 2017
ヴィクトルが勇利のコーチするのって、プルシェンコが大ちゃんのコーチするよ!って来日するんだって変換すれば、どれだけあり得ない事なのか改めて実感したわ… #yurionice #YOI
5000RT:【皇帝】プルシェンコが引退表明、「選手生活終えた」https://t.co/oOvCAo19kg
— ライブドアニュース (@livedoornews) March 31, 2017
フィギュアスケートのロシア代表としてトリノ五輪男子とソチ五輪団体で金メダルを獲得。平昌五輪には、コーチとしての帯同を示唆した。 pic.twitter.com/YoNHBzI4Yy
引退速報が出たのとほぼ同時刻にプルシェンコさん本人がインスタに投下した動画こちらです
— 五豆 (@gmmgmgmg) March 31, 2017
let's go! Practicing ’@angelsofplushenko!https://t.co/8HfMnjkGlm pic.twitter.com/yObbZ87TD3