4月4日でマクドナルドの「クォーターパウンダー」が販売終了する。
そこまで定番商品というイメージがないかもしれないが、「クォーターパウンダー」は本国マックのWebサイトでビッグマックと並んで紹介される、「マックの顔」ともいうべきブランドだ。
【単価500円を超えているのは、「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」のみ】
事実、日本上陸を果たした2008年当時、日経トレンディの取材に対して、同社のコーポレートリレーション本部コミュニケーション部の方もこんなことをおっしゃっている。
「お客様がマクドナルドに求めているものは、“マクドナルドっぽい商品”なのではないかという意見が社内で話し合われた。『もっと分かりやすくマクドナルドのアイデンティティが感じられる商品を』と考え、クォーターパウンダーに至った」(2008年12月16日 日経トレンディネット)
そんな「顔」が消えるとなれば当然、ファンは衝撃を受ける。いまもネットではさまざま声が飛び交っているが、中でも興味深いのは「レギュラー落ち説」が囁(ささや)かれていることだ。
2017年1月、「第1回マクドナルド総選挙」というキャンペーンが開かれた。マックのレギュラーハンバーガー12種類を、ビーフ系のAブロック(6種)とビーフ以外のBブロック(6種)にわけ、お客さんに人気投票してもらう企画で、Aブロックの最下位となったのが、「クォーターパウンダー・チーズ」、ビリから2番目が「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」、はからずも「クォーターパウンダー」で不人気ワンツーフィニッシュとなってしまったことが、販売終了へ結びついたのではないかというのだ。実際に、Bブロックの最下位となった「バべポ」(バーベキューポーク)も販売終了になっている。
●立ちはだかる「500円の壁」
もちろん、マック側はそんな「説」など認めていない。J-CASTニュースが同社のPR部門に販売終了の理由を質問したところ、以下のような回答が返ってきたという。
「お客に魅力的な商品を提供するべく、ラインアップを見直すため」「売れていないから、というわけではない」(2017年3月24日 J-CASTニュース)
ご本人たちがおっしゃっているのだから、「そうなんだろう」と納得をする一方で、個人的にはもっと別の要因もあったのではないかしら、と思ってしまう。
例えば、「500円の壁」だ。
2008年に「通常の2.5倍の肉」をうたった「クォーターパウンダー」は先ほど紹介したように「マックらしさ」を訴求する目的で登場したわけだが、2013年6月になると日本マクドナルドの歴史に名を残す、以下のような「チャレンジ」をして注目を集める。
「マクドナルド、初の500円台バーガー 史上最高値」(日本経済新聞 2013年6月17日)
当時は「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」も480~490円(税込)くらいの中で、「クォーターパウンダー BLT」「クォーターパウンダー ハバネロトマト」という期間限定商品が520~570円という驚きの高価格帯で発売されたのだ。さらに翌月には数量限定で1000円という「クォーターパウンダージュエリー」も発売され、「マックの高級バーガー」は大きな話題となった。つまり「クォーターパウンダー」は、これまでマックのハンバーガーが超えることができなかった「500円の壁」を超えたレジェンドともいうべきブランドなのだ。
ただ、今回の総選挙の結果を見ても分かるとおり、ニュースで話題になることと、ファンを獲得して定番商品になれるのかというのはまったく別の話である。
「クォーターパウンダー BLT」「クォーターパウンダー ハバネロトマト」が投入された当時、マックは2012年から13カ月連続で既存店売上高が前年割れするという“冬の時代”。これらの「500円超えバーガー」によって2013年5月、6月は客単価と売上高がプラスになったものの、「クォーターパウンダージュエリー」が投入された7月には再び売上高はマイナスに転じ、客数にいたっては9.5%減となってしまった。
これを境に「クォーターパウンダー」戦略は落ち着き、「高級路線」の勢いも収束していく。事実、2017年3月現在のマックのレギュラーメニューでも単価500円をかろうじて超えているのは、「ダブルクォーターパウンダー・チーズ」(520円)しかない。
●販売終了は、マックにとって「英断」
そう考えると「クォーターパウンダー」というのは、「マックにはやっぱり500円の壁を超えられない」という厳しい現実を突きつけた「戦犯」という見方もできるのだ。
なんてことを言うと、2016年6月に発売されて大ヒットしたビッグマックの1.3倍サイズの「グランド ビッグマック」(520円)や2.8倍の「ギガ ビッグマック」(740円)を引き合いに出して、「マックだって人気のある高級ハンバーガーがあるじゃないか」という人もいるが、これらは「クォーターパウンダー BLT」や「クォーターパウンダー ハバネロトマト」と同様で、「期間限定商品」ということを忘れてはいけない。
期間限定商品はメディアで取り上げられて話題になるのでドカンと売れる。「妖怪ウォッチ」やら「ポケモンGO」などのキャンペーンと同様に消費者を飽きさせないよう出し続ければ数字に結びつくし、客単価も上がっていく。が、言ってしまえば「飛び道具」に過ぎない。500円超えのレギュラーメニューが売れるという状況になってはじめて、「500円の壁を超えた」と言えるのではないのか。
エラそうなことを言うなと怒られそうだが事実、マックの幹部の方も『日経MJ』の取材に対して、「飛び道具」への依存から脱却することの必要性を説いている。
「定番商品はグローバルで原材料を調達できるので原価率が低い。この販売比率を引き上げられれば、経営の安定につながる」(2017年1月16日 日経MJ)
現在、マックのハンバーガーの定番比率は7割程度。それをもっと引き上げていこうという定番強化の布陣が進められている中で、「マックの顔」ともいうべき「クォーターパウンダー」が外されたことは、このブランドが進めてきた高価格帯路線そのものからの撤退、とみるべきではないのか。
そう聞くと、こいつはなにやらマックをdisっているように聞こえるかもしれないが、そんなことはまったくなく、むしろ個人的には今回の販売終了は、マックにとって大きなターニングポイントになる「英断」だと思っている。
マックの背中を追いかけるプレイヤーたちが、続々と「500円の壁」を軽々と超えるような高品質、高付加価値をうたったハンバーガーを投入しているからだ。
●「高級バーガー」がマックを苦しめている
例えば、2016年コロワイドが買収し、居酒屋チェーンなどでつちかったノウハウで出店攻勢をかけていくというフレッシュネスバーガーは、クラシックバーガーの500円(税別)が最も安く、クラシックベーコンエッグチーズバーガーは720円となっている。
2015年に上陸を果たして話題になったニューヨーク発の「シェイクシャック」は、健康的に飼育されたアンガスビーフを使用するなど、素材にこだわっているがゆえかなりの高価格帯で、「ハンバーガー」単品で580円(税込)、シャックバーガーなどは680~980円と、「クォーターパウンダージュエリー」並の価格設定となっている。
もっと高いハンバーガーもできている。つい最近、東京・青山に初上陸を果たした「ウマミバーガー」などは1380円(税別)もするのだ。
そういう話をすると、必ずといっていいほど「そんな高い店はマックとはそもそもターゲットが違うからバッティングしない」とか言う人がいる。しかし、人間は1年365日を「価格」でガチッと縛られて生きているわけではない。近所にある、子どもを遊ばせられる、コーヒーが安いなどさまざまな理由でマックを利用しているだけに過ぎず、出先に「ロサンゼルスで話題のハンバーガーショップ」があれば、話のタネに行列に並ぶ。普段は100円マックの若者でも、デートの時にはショッピングモールの「クア・アイナ」に行くこともある。
そういう消費者の行動を考えると、ライバルたちの「高級バーガー」路線はじわじわとマックを苦しめるのは明らかだ。社会に「やっぱり素材にこだわったハンバーガーは高いけれどおいしいね」という認識が広まれば広まるほど、低価格ハンバーガーの「粗」が目立ってしまうからだ。
事実、米国では「シェイクシャック」や「ウマミバーガー」という高級路線のハンバーガーチェーンが台頭していく動きと反比例するように、マックの評価が落ちている。
●マックは「高級バーガーを捨てた」
2014年には、米国で権威のある消費者雑誌『コンシューマー・リポート』が全米3万2405人を対象とした調査で、マクドナルドは「最もおいしくないハンバーガー」に選ばれた。これは決してマックの品質が落ちたわけではない。「高級ハンバーガー」が世に溢れていることで消費者のハンバーガーに対する評価が厳しくなり、マックが置いてけぼりをくらってしまっただけなのだ。
では、こうならないためにどうすればいいのかといえば、「同じ土俵」に乗らないことだ。つまり、「素材」や「肉の厚み」をうたう高級ハンバーガーと比較され、酷評される恐れのある商品を捨てるのだ。それがマックにおいては「クォーターパウンダー」であることは明らかだ。
つまり、今回の販売終了は、本国から飛び火してきた「高級ハンバーガー競争」を踏まえ、日本のマックが本格的な迎撃体制を整え始めた、と言えなくもないのだ。
口でいうのは簡単だが、こういうことができる企業は少ない。特にそれがその企業の「アイデンティティ」というべき存在ならばなおさらで、過去の歴史やストーリーにしがみつく。
だが、マックはそれをサラッと決別している。時代の変化に対応して、ライバルたちの追撃を交わすため、やるべきことに手をつけているのだ。
2017年のマクドナルドは面白いことになるかもしれない。
(窪田順生)
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