3 Lines Summary
- ・複業が生み出した新たな取り組み−サイボウズ
- ・メルカリがリモートワークを禁止する理由
- ・半年に1回の自主渡航推奨制度は意図的なノイズ−スマートニュース
生産性を向上させるためには、個人のスキルの向上も大切だが、それと同時に個人が活躍できる「場」や「制度」を企業が提供することも必要だ。
そこで連載の第3回では、さまざまな施策を行うことで生産性を高く維持している企業の取り組みにフォーカスを当てたい。
個人の理想とする働き方を追求し、生産性がアップ
サイボウズの場合
最初に紹介するのは、国内に700万人以上のユーザーを有するグループウェアメーカーのサイボウズ。同社では、「100人いれば、100通りの働き方」の実践を目標に掲げ、ライフスタイルに合わせて働き方を選べる「選択型人事制度」や、場所・時間に縛られない働き方ができる「ウルトラワーク」などを率先して導入してきた。また最近では、他社に属しながらサイボウズでも働ける「複業採用」も開始。さらに多様な働き方ができる場へと変化している。
「そもそも弊社は、離職率がピーク時の2005年には28%もありました。そうすると、新しい人を雇うための採用コストもかかるし、育成コストもかかる。極めて生産性が低い状態だったんですね。そこでテコ入れをして今があるというのが実情なんです」
やや謙遜ぎみに話すのは、同社で広報を務める杉山浩史氏。こうしたさまざまな取り組みを行う背景には、当初大きな危機感があったというわけだ。しかし現在、同社の離職率は4%程度。多様な働き方を認めることで成果を出している。
「同じ会社で働いていても、社員一人ひとりでモチベーションも違いますし、理想とする職場環境も異なります。だからこそ、『100人いれば、100通りの働き方』なんです」
どれだけ理想に近い働き方を実現できているかで仕事の生産性は大きく変わるということだろう。その意味では、最近になって同社が力を入れて取り組んでいる「複(副)業」も大きな可能性を秘めている。
「弊社では、『副業』のことを『複業」と呼んでいます。サブではなく、パラレル(並行して)という位置づけなんです。メインの仕事があって、サブがあるということではなく、どちらもメイン。そうした両方の業務をパラレルにこなすことで、これまでの企業文化にはない取り組みに挑戦できるようになると思います。たとえば、弊社には農業に取り組んでいる社員がいるのですが、今では農業とITを掛け合わせた新たな取り組みに挑戦しています。そうした今まで接点がなかったものを組み合わせることでイノベーションを起こす可能性が出てきますよね」
どんな組織も一定のリソースだけでは大きな成長は見込めない。そこに違ったDNAを取り入れることで、これまで考えていなかった方向にも向かっていけるというわけだ。
しかし、制度はあるけれど活用できていないという企業は多い。いわゆる空気を読む状態が制度の活用を妨げるのだ。こうした状況を打破するために、同社ではリーダーから率先して変わっていこうというアクションを起こしている。たとえば、同社の代表取締役社長である青野慶久氏が育休を取得して話題を集めたが、そうしたトップから変えていこうとアクションを起こすことで、それが企業風土になっていくのだ。
多様性を認める。そんな柔軟性の高さが同社の生産性の高さに結びついているのかもしれない。
コミュニケーションを大事にした施策で生産性を上げる
メルカリの場合
こうした多様な働き方で生産性を高めている企業がある一方で、人員を集約することで大きな成果を上げている企業もある。フリマアプリが好調なメルカリだ。
もちろん、同社が旧態依然とした縛られた仕事の仕方をしているという意味ではない。「無駄な会議はしない」「不要な社内資料は作成しない」といった効率化をはかったうえで、チャットアプリなどを駆使して社員が密にコミュニケーションをできるように。さらに副業も推奨されているし、妊活費用支援や育休中の給与保障などの制度も充実している。
ただひとつ原則として認められていないのがリモートワークだ。その理由について同社広報の大塚早葉氏は次のように語る。
「現在、弊社は『新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る』というミッションを掲げ、日本国内のみだけでなく、世界に視野を向けてサービス開発に取り組んでいます。そのなかで社員の意識の小さなズレをなくし、より精度の高い仕事をするためには、同じ場所でそれぞれに意思疎通をしながら働くことが最善だと考えているんです」
単純に効率のことだけを考えれば、リモートワークを認め、グループウェアやTV通話などを活用すれば済む話である。だが、あえて顔を付き合わせながら親交を深めていこうとするのは、それ以上にコミュニケーションを大切にしているからだ。
「先ほどお伝えしたミッションを達成するための価値基準として、弊社では『Go Bold – 大胆にやろう』『All for One – 全ては成功のために』『Be Professional – プロフェッショナルであれ』という3つのバリューを掲げています。これらを行動指針として、私たちはさまざまな仕事に取り組んでいます。みんなが同じ方向を向くことで、高い生産性を維持して働くことができているんです」
こうした価値基準を置くことで、会社の“らしさ”がイメージしやすくなる。すると、選択に迷ったときはその会社らしさを基準に物事を判断できるようになり、大きくずれることなく、仕事を進められるようになる。その結果、生産性を高く維持できるというわけだ。
意図的なノイズが生み出すイノベーション
スマートニュースの場合
また、一見すると生産性とは無縁のような制度を敷く企業もある。たとえばスマートニュースが導入している「自主渡航推奨制度」もそのひとつだろう。
この制度は、半年に1回1週間を上限に、業務上の用事がなくても海外のカンファレンスやニューヨーク、サンフランシスコにある海外オフィスなどへ行くことできるもの。その際にかかる航空券費や交通費、宿泊費などはすべて会社が負担してくれる。
「意図的にノイズを入れているんです」
そう独特の表現で説明してくれたのは、同社でメディアコミュニケーションディレクターを務める松浦茂樹氏だ。
同社では『世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける』というミッションを掲げており、その実現のためにはグローバルな視点が必要だという。そうした感覚を養うのに「自主渡航推奨制度」は役立っている。
「仕事として海外に行くのではなく、自分の興味のあるものを見に行くというのが大切なんです。それは日本国内にいては得られない経験ですし、大きなインプットになる。そして、制度を利用した人にはレポートを書いてもらうようにしているのですが、それを別の社員が読むことで大きな刺激になるし、コミュニケーションを取るきっかけにもなります」
同社では、仕事をするスペースと同じかそれ以上に、社員がコミュニケーションできる空間を取っている。そこにはコーヒースタンドがあり、雑誌や新聞を読める場所があり、さらには靴を脱いで寝そべることができるフリースペースも。
「生産性を高めて仕事をすると考えたら、もっと効率的な環境にした方がいいのかもしれません。ですが、そうして得られる成果はそれほど大きなものではないと思っています。ですから、弊社ではあまり生産性のことは意識していません。それよりも社員の健康の方が大事ですし、海外で知り得た知見を活かして今よりも100倍の成果を出す方法を考えた方がいい。だから、社内にはある意味ではノイズとも言えるようなものがたくさんあるんです」
目先の利益にとらわれていると細々としたことばかりに取り組んでしまうことが多い。そうではなく、大局を見据えることで結果として高い生産性を上げることができるというわけだ。
“生産性を上げる”と考えると、そのこと自体が目的化されやすいが、実はそれ自体は大きな成果を上げるための手段のひとつである。その視点を忘れてはいけない。
文=村上 広大(EditReal)
イラスト=浜名 信次(Beach)
モーションデザイン=濱本富士子(Beach)
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