おわりに
今の日本の音楽シーンは、とても面白い。
そういう素直な実感から本書の構想は始まった。10年代に入って、確実にそれ以前とは違う状況が訪れている。アーティストたちは百花繚乱の活躍を見せているし、ビジネスとしてもようやく低迷期を脱しようとしている。日々の取材の中でその確信は強まっていた。
なのに、いわゆる音楽業界について語られる言葉は、いまだ旧態依然としたものばかりに思えた。CDが売れない。配信もパッとしない。先行きは閉塞感に包まれている……。
「本当にそうなの?」という率直な疑問があった。ライブ市場の活況は伝えられるものの、それが本当に意味すること、その先にあるものは語られていないとも感じていた。
だから、実のところ、最初は「J-POPの未来」とか「ポップ・ミュージック未来論」みたいな、もっとポジティブな言葉を書名にするつもりだった。
成立しなくなったのは複製品を大量生産するかつてのビジネスモデルとゴリ押し的なヒットの方法論だけで、この先は、各地に点在する〝熱気〟に価値がある時代がやってくる──そんなことを書こうと思っていた。
が、「それって『ヒットの崩壊』ということですよね」という指摘を編集の方からいただいたことで、書くべきことが一気にクリアになった。「ヒット」という得体の知れない現象について、しっかりと向き合って考えるきっかけが生まれた。そこから本書の全体像がまとまっていった。
2016年は、おそらく後から振り返ったときに、日本の音楽シーンの「時代の変わり目」として思い出される年になるのではないかと思っている。
SMAPが年内いっぱいでの解散を発表した。宇多田ヒカルが久しぶりの新作『Fantôme』でカムバックを果たし、本人も予想していなかったアメリカのiTunesチャートでのTOP3入りを記録した。映画の世界では、新海誠が監督を、RADWIMPSが音楽を手掛けた『君の名は。』が、まさにブロックバスター的なヒットを実現した。そして、世界各国で音楽マーケットを刷新してきたスポティファイが、ようやく日本上陸を果たした。
現在進行形で様々な状況が変わっていくのを横目に見つつ、それでもここに書いた問題意識はすぐに古びるようなことではないだろうという確信を持って執筆を進めていった。
おそらく、この先は、さらに巨大な規模で地球全体を覆い尽くすグローバルなポップ・カルチャーと、ローカルな多様性を持って各地に根付き国境を超えて手を結びあうアートやサブカルチャーとの、新たなせめぎ合いが生まれる時代がやってくる予感がしている。
この本は様々な方の協力なしには成り立たなかった。取材を快諾していただいた小室哲哉さん、いきものがかり・水野良樹さん、オリコン株式会社の垂石克哉さん、ビルボード・ジャパンの礒崎誠二さん、株式会社エクシングの鈴木卓弥さんと高木貴さん、フジテレビの浜崎綾さん、ヒップランドミュージックコーポレーションの野村達矢さん、牧村憲一さん、ワーナーミュージック・ジャパンの鈴木竜馬さんに心から感謝を。
そして根気強く並走してくれた講談社の佐藤慶一さんの尽力がなければこの本が出来上がらなかったことも強く実感している。支えてくれた妻にも。どうもありがとう。
未来はもっと面白い。そういう根拠のないけれどワクワクするような感覚が、徐々に広まっていくことを願いつつ。
(おわり)