(メッカの風景。出所はWIKIパブリックドメイン画像)
サウジアラビア国王が46年ぶりに来日します。12日に訪日するサルマン国王は13日には安倍首相と会談、14日に天皇陛下と会見を行う予定です(訪日は15日まで)。
サウジ国王はマレーシア、インドネシア、ブルネイ、日本、中国の順に訪問を重ね、4週間ほどの異例の長期訪問を続けています。
その背景には、近年の原油価格の下落によりサウジアラビアの財政が悪化し、近年、石油依存経済から脱却する道筋を模索していることが挙げられます。このたびのアジア諸国への外遊を通して、経済協力を引き出し、国内の経済改革への弾みをつけようとしているわけです。
そのため、原油輸入だけでなく、日本企業からの投資や技術協力などを含め、幅広く経済協力に関して議論がかわされるとみられています。
サウジ訪問団の規模は1000人~1500人に及び、その消費がもたらす「特需」にも注目が集まっていますが、今回は、この訪日に合わせて国王の人となりや国柄についての情報を整理してみましょう。
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サルマン国王ってどんな人
サルマン国王の本名は「サルマン・ビン・アブドルアジーズ・アール・サウード」。国王と首相を兼ねています。
「二聖モスクの守護者国王」と呼ばれていますが、これはサウジアラビアがイスラムの聖地メッカとメディナを防衛していることに由来した敬称です。
サルマン国王は1935年の12月31日に首都リヤドで生まれ、本年で81歳になります。
他国の国家元首のように義務教育は受けず、イスラムの指導者からの家庭教育を受けて育ちました。
職歴をたどると、1954年(19歳)にリヤド州知事となり、2011年に国防相、12年に国防相と皇太子、副首相を兼任。15年に国王兼首相となりました。57年もの長きにわたって知事を務め、その後、皇太子になり、兄であるアブドラ前国王の死後、国王になったわけです。
即位後、息子のムハンマド国防相(1985年生なので当時29歳)を副皇太子(王位継承順位第二位)に任命し、世代交代の道を開きました。
サルマン王は、即位後に原油価格の急落や、サウジ内のシーア派指導者の処刑に端を発したイランとの国交断絶など激しい国際情勢の変化に直面。高齢のせいもあって、国政の判断の多くをムハンマド副皇太子に委ねているともいわれています。
サルマン王は過去、1998年にリヤド州知事として、14年には皇太子として訪日しています。
国王がサウジから訪日するのは1971年以来、46年ぶりです。菅官房長官は10日に、来日を祝してサルマン国王に大勲位菊花章頸飾を贈ることを発表しました。
来日の経済効果が「サウジ特需」をもたらす?
サウジアラビア国王は3月1日に約2億人のイスラム教徒が暮らすインドネシアを1970年以来、46年ぶりに訪問。
その時の状況が朝日デジタルの記事(2017/3/1)で報じられていました(同紙によれば、サウジがインドネシアに約束した投資規模は250億ドル=2.8兆円にのぼる)。
インドネシア外務省などによると、王子19人、閣僚7人、約90の企業幹部らが随行。高級リムジン2台や国王の飛行機の乗り降りに使う専用エスカレーターなど、460トン分の荷物を持ち込み、720台の高級車を400億ルピア(3億4千万円)で現地で借りた。ジャカルタからバリへの移動には飛行機9機を使う。
(「サウジ国王の超豪華な旅 1500人でインドネシア訪問」ジャカルタ=古谷祐伸)
訪日においても、1000~1500人の随行団がもたらす経済効果が期待されています。随行団のための都内ホテルや高級ハイヤー、バスの予約、百貨店やブランド店等での消費活性化が「特需」を生むとみられているわけです。
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首脳会談で注目される、サウジの「ビジョン2030」
サウジアラビア国王との首脳会談では日本との経済協力が大きな議題になりますが、同国の経済戦略として注目されている文書があります。
それは「ビジョン2030」と、それを実現するための「国家変革計画2020」です。「ビジョン2030」に関しては、日本語訳が出ているので、まず、その要旨を紹介してみましょう。
日本語訳で見ると、この計画では「1:活気ある社会」「2:盛況な経済」「3:野心的な国家」という三つのテーマがうたわれています。
その中では、2030年までの目標が掲げられていました(以下、原文に書かれた数値目標を筆者の視点で以下の三領域に分類。本稿執筆時点では1リヤド=30.58円)。
【経済成長と石油依存からの脱却】
- 経済規模:世界第19位⇒世界15位
- 石油・ガス部門における国内化の割合:40%⇒75%
- 非石油政府収入:1630億リヤル⇒1兆リヤル(※30兆円程度)
- 石油を除いたGDPにおける非石油製品の輸出の割合:16%⇒50%
- GDPに占める中小企業の貢献の割合:20%⇒35%
- GDPに占める海外直接投資の割合を3.8%から5.7%に
- GDPに占める非営利部門の貢献の割合:1%未満⇒5%
- 公的投資資金の資産:6000億リヤル⇒7兆リヤル(※225兆円程度)
- 家計収入に占める貯蓄率:6%⇒10%
- 失業率:11.6%⇒7%
【政府の効率化、競争力向上】
- 国際競争力指数:25位⇒10位
- 物流効率指数:49位⇒25位(地域のリーダー的存在としてビジネスを牽引)
- 政府有効性指数:80位⇒20位
- 電子政府開発指数:36位⇒トップ5に
- 労働力に占める女性の割合:22%⇒30%
- サウジの3都市を世界100都市の住みやすい都市ランキング上位にランクインさせる
【社会資本の改善、文化大国化】
- 社会関係資本指数:26位⇒10位
- 平均寿命:74歳⇒80歳
- 巡礼者の受入許容者数:年間800万人⇒3000万人
- UNESCOの世界遺産登録数を2倍以上に
- 国内での文化・娯楽活動への支出を総家計支出:2.9%⇒6%
- 週に1回以上、運動する人の割合:13%⇒40%
- 年間100万人のボランティアを動員する(現状1.1万人)
この計画をつくったムハンマド経済開発評議会議長(副皇太子)は、国の強みの多角化をうたっています。
国営石油会社であるサウジアラビアン・オイル・カンパニー(Aramco/サウジアラムコ)を、石油生産大手からグローバル複合工業企業(コングロマリット)に変革させる予定です。公的投資基金は世界最大のソブリン・ウエルス・ファンド(政府系投資ファンド)に生まれ変わります。また国内大企業には国際市場でのポジション獲得を期待し、積極的な国外展開を奨励しています。
軍事面では、軍隊に可能な限りの機械・機器を継続的に供給するため、軍事用機器の半分を国内で製造し、国民への雇用機会の拡大と国内軍需資源の拡大・維持に努めます。
後述の軍需産業の国内化は米国依存の国防だけでなく、自国軍の強化を視野に入れた長期的な施策と見られます(サウジは長らく、米国に石油を売り、米軍に国を守ってもらってきた)。
前掲の目標の中では「非石油政府収入:1630億リヤル⇒1兆リヤル」「石油を除いたGDPにおける非石油製品の輸出の割合:16%⇒50%」というくだりが、石油依存経済からの脱却をうたった箇所に相当します。
そのために、サウジは規制改革によって海外から企業が参入できる国内経済の変革を目指し、自国への投資を海外にPRしています。その一環としてアジア訪問を行っているわけです。
「国家変革計画2020」でビジョン2030を具体化
これを具体化するのが「国家変革計画2020」でその概要は、中等調査会のHPで紹介されていました(以下、出所:サウジアラビア:「国家変革計画2020」の発表 | 公益財団法人 中東調査会)。
その全体的な数値目標は以下の通りです。
- 2020年までに民間部門における45万人分の雇用創出
- 計画の履行に必要な資金の40%を民間部門から調達
- 輸入を減らし国内で2700億リヤール(約720億ドル)分の産業を育成する
そこでは「24の政府機関において、あわせて178の戦略目標が設定されて」いますが、中でも注目すべきは財務省が掲げた石油依存脱却の数値目標です。
- 非石油収入を、2015年の1635億リヤール(約440億ドル)をベースラインとして、2020年までに5300億リヤール(約1400億ドル)に
- 非石油製品の輸出を1850億リヤール(約490億ドル)から3300億リヤール(約880億ドル)に
目標の規模があまりにも大きいので、中東調査会はその実現性を疑っていました。
日本とサウジの首脳会談の議題は何?
日本は、輸入石油のうち三割をサウジアラビアに負っているので、両国には強い経済関係が存在しています。
このたびの首脳会談では、前掲の「ビジョン2030」等に合わせて、日本からの製造業投資、エネルギーの効率化を図る技術協力や、文化面での協力(アニメ・ゲーム等のコンテンツ)等でサウジに協力し、共存共栄を図ることを目指しています。
毎日新聞(3/10)では、日本政府が、このたびの来日を「サウジアラビアとの連携を強化する好機」(外務省関係者)と見ていると報じていました。
世耕弘成経済産業相は9日、首相官邸で開かれた第3回日・中東経済交流等促進会議で「新たな両国関係が中東地域の安定につながり、市場の獲得やエネルギー面でわが国の国益に直結する」と述べ、両国の協力プロジェクト進展を関係省庁に指示した。【田所柳子、カイロ秋山信一】
(出所:サウジ国王:46年ぶり、12日来日…「脱石油」協力協議 - 毎日新聞)
時事通信(3/11)は「13日の安倍晋三首相との首脳会談では、投資やエネルギー、文化など多項目の協力プランを決定。14日には閣僚級会合やビジネス交流会も開かれる」とも報じています(「脱石油」へ官民協力=サウジ国王訪日で促進-政府」)
サウジアラビアのほうも、実は、日本の経済成長に関して長らく注目してきました。
もともと欧米に伍する大国を目指してきた同国では、「欧米以外で工業化、近代化に成功した国」として日本に注目し、宿敵である「キリスト教徒の後塵を拝する」に至った歴史を覆したいと考えていたからです(太田博『サウジアラビア王国』P3)。
日本が産業を発展させ、経済大国となったノウハウを共有し、両国の共存共栄が実現する機会となることが、今回のサルマン国王の訪日で期待されているともいえます。
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