12日施行 認知症チェック強化
医師の協力がカギ
認知症対策を強化する改正道路交通法が12日に施行される。高齢の運転免許保有者が増え続けるなか、重大事故も続発しており、認知機能をチェックする機会を増やす新制度の効果が期待される。一方、認知症診断の対象となるドライバーは急増する見通しで、医師の確保や診断の効率化が課題となる。【川上晃弘】
「新しい制度が十分に機能するかどうかは、医師の協力が鍵になる」。ある警察幹部はそう話す。
改正道交法の柱は、75歳以上の高齢ドライバーに対する認知機能や認知症の有無をチェックする体制の強化だ。その結果、3年に1度の運転免許更新時や、一定の交通違反をした際などに、医師の診断の対象となるドライバーの数は、これまでの年間4000人程度から約5万人に増えると見込まれている。
認知症の専門医は1500人ほどしかおらず、主治医やかかりつけ医の診断を受ける高齢者は多いとみられる。だが、かかりつけ医などがいない高齢者も少なくないため、警察庁は認知症の診断ができる医師の確保を進めている。各都道府県警が地元の医師会などに協力を要請。現在、全国で約3100人の医師が協力を承諾しているという。都道府県警ではこれらの医師をドライバーに紹介することにしている。
警察庁の担当者は「医師の数は新制度に対応できるレベルになった。ただ地域によって医師の偏在があり、引き続き協力依頼を続けていきたい」と言う。
道交法に基づく高齢ドライバーの認知症診断は、運転免許の停止や取り消しにつながるだけに医師の責任は重い。かかりつけ医の中には、診察経験が豊富でないなどの理由で、認知症診断に不安を抱いたり、ドライバーの受け入れをちゅうちょしたりする医師がいる可能性もぬぐえない。
診断の負担減
こうしたことから、認知症診断の負担を減らす対策が打ち出されている。
警察庁は、改正道交法の施行にあわせ、認知症の診断書のモデル書式を一部簡略化した。従来の書式では、認知症の重症度を判断するため、専門性の高い評価法の結果を記入することが求められていた。「専門でない医師でも診断に応じやすくするため、認知症の判断をする上で必要な項目に絞った」と担当者は話す。
また、日本医師会は、認知症の正確な診断に役立つ独自のマニュアルを作成した。
警察庁の岡本努・高齢運転者等支援室長は「高齢者の認知機能の現状をタイムリーに把握できるようにすることが新制度の狙い。医師の診断が適切に行われるよう必要な体制の確保に努めたい」と話す。
高齢運転者の事故防止策 警察庁6月に方向性
新制度の導入で高齢ドライバーの事故はどれほど減らせるのか。警察庁がまとめた2016年のデータをもとに分析すると--。
16年に死亡事故を起こした75歳以上のドライバーは459人。このうち、事故を起こす前の免許更新時の認知機能検査で「認知症のおそれ(第1分類)」と判定されていた人は34人だった。
これまでの制度では、第1分類でも直ちに医師の診断を受ける義務はなく、免許は更新できた。かりに新制度が適用されていれば、34人の中の一定数は、医師の診断で認知症とされ、免許停止か取り消しになっていた可能性がある。
また、459人のうち、免許更新時に「認知機能低下のおそれ(第2分類)」か「認知機能低下のおそれなし(第3分類)」と判定され、その後、信号無視などの交通違反で摘発された経験のある人は29人。この中にも、新制度のもとでは、違反時の臨時の認知機能検査や医師の診断を経て免許停止か取り消しとなっていた人がいる可能性が高い。
ただ、高齢ドライバーによる死亡事故のうち、認知症が原因で発生したケースがどれほどの割合を占めるかは不明だ。
16年に死亡事故を起こした75歳以上のドライバーのうち、認知機能検査で「認知機能低下のおそれなし(第3分類)」と判定されていた人は49.6%と半数を占めた。15年は50.6%、14年は58.7%。こうしたデータからは、認知症でない高齢ドライバーの事故がある程度の割合で存在することが推定される。認知症対策の強化だけで、事故防止に万全とは言い切れない。
昨年秋、高齢ドライバーの事故が相次いだことから安倍晋三首相は高齢者の事故を減らす対策の検討を関係閣僚に指示した。これを受け、警察庁は有識者会議を開催。免許証の自主返納の促進▽高速道路での逆走対策▽衝突被害軽減ブレーキなど先端技術の普及--などの課題について議論を続けている。今年6月をめどに、対策の方向性をまとめる方針だ。
警察幹部は「認知症対策を強化したうえで、さらに大きな効果のある対策を打ち出すことは簡単ではないが、少しでも事故を減らすための知恵を絞りたい」と話している。
新制度 75歳以上のドライバー「認知症おそれ」なら診断
改正道交法の施行で高齢ドライバーの免許制度はどう変わるか。
75歳以上のドライバーは、3年に1度の運転免許更新時に、判断力などをチェックする認知機能検査を受けることになっている。この検査で、ドライバーは「認知症のおそれ(第1分類)」「認知機能低下のおそれ(第2分類)」「認知機能低下のおそれなし(第3分類)」のいずれかに判定される。
これまでの制度では、第1分類と判定された人は、更新後に一定の交通違反をした場合のみ、認知症かどうかの医師の診断を受けることが義務付けられていた。新制度では、第1分類と判定されると直ちに医師の診断の対象となる。
またこれまでは、「第2分類」か「第3分類」であれば更新した後に交通違反をした場合でも医師の診断の対象になることはなかった。新制度では、交通違反をすると、臨時の認知機能検査を受けなければならず、この検査で第1分類と判定されると医師の診断の対象となる。
いずれのケースでも、医師により認知症と診断されると免許の停止または取り消しとなる。かかりつけ医などから診断を受ける場合の費用は保険が適用される。公安委員会が指定した医師の診断を受ける場合は公費負担となる。