はじめに
私自身、「考えすぎだよー、もっと気楽に!」と言われることが多かったタイプです。
でも似たようなタイプの人に「考えすぎる癖を治したい。」とか言われると「それも違うでしょう。」と思います。
治したいからって治らないよ
考えすぎる人たちには、あともう一歩よく考えてみてほしいです。治したいと思って治せたら、そもそも今の状況に陥っていません。我々は人に言われた「もっと気楽に」の一言すらヘビーに捉える生き物なのです。気楽に、気楽に、気楽に、キラクニー、ぐもももも……
それ、全然気楽じゃないから。
治すのではなく徹底的に考える
私はもう、いっそのこと徹底的に考える方を選びました。親のこと、職場のこと、自分のこと、人のこと。そうするとだんだんいろいろと推測できるようになってきました。
おそらく「もっと気楽に」というアドバイスは、あまり考えすぎないタイプの人が私の面倒臭さを持て余して、なにか適当に結論づけて辛気臭い話を終わらせたかっただけなのだと思いました。
それってべつに薄情ではなくて、たしかに気楽に生きている人の立場を考えると、突然わけのわからない話をぶつけられて災難だったと思います。考えすぎるという概念がないのに、どんどん未知のどうでも良い要らない回り道の話をされるわけです。
「いや、気楽にまっすぐ進めばいいじゃん。」としか言いようがないわけです。
つまり私が反省すべきは「考えすぎる癖」ではなく、「相手の性格や立場への配慮のなさ」だったということです。悩み相談の場合は「人を見る目がなかった」とも言えます。
依存心が強かった
思えばかつての私は、自己評価が低く人の意見を真に受けすぎていました。自己評価の低さゆえに人を見る目がなく、すぐに「考えすぎだよ、気楽に。」で切り上げるような、当時の自分には相性の悪い人間に大事なことを打ち明けてしまっていたのです。
そしてどんなことも「だから今の自分はダメ」という結論に持っていきがちでした。「ダメと思ったところでどうにもならないのにダメと思ってしまう私はダメ。」とか。そして必殺☆「こんなこと思う私は考えすぎ」。
私は見事に、考えすぎることと自己評価が低いことを混同していたのです。
対策:できることを怠らない
「考えすぎる癖を治そう」なんて不毛なことをするより、もっとずっと大切なことがあります。できることを怠らないことです。
規則正しく生活して、掃除して、栄養をとって、日光を浴びたり、休んでみたり。「嫌だな」と思う人間関係から離れてみるとか。簡単そうに見えてできないこともあるかもしれません。けれどできない自分がダメだとかそういう話はどうでも良いので、できる範囲でできることをやるのです。ダメと思うことがいけないのではなく、ダメなどと考えている間にできることまで投げ出していることが問題なのです。
「できることをできる範囲でやる」
考えすぎとやらで膨れ上がっているとき、このことを考えてリセットしてほしいと思います。
おわりに
考えすぎるくせをやめられない自分が嫌だった時期もあったけれど、今は考えすぎてよかったと思います。というか、なんにしろそれが私なので、できる限り「よかった」と思えるよう自分を持っていく方が、素敵な生き方であると思います。
いろいろとひとしきり考え抜いた結果、最近は自分や人生を投げ出したくなるようなヘビーな悩みは格段に減りました。たいていのことは昔に考えて結論が出ているからです。考えすぎる人間は序盤で無駄に苦労するけれど、その先に、その道を通った人間にしかわからない幸せも待っていたりするものです。まあけっこう悪くないですよ。
関係ありそうな過去記事
考えすぎでなよなよしていた過去の私自身の話。
「考えすぎ」とか「自分はダメ」とか、問題はそっちじゃないと思うのです。
考えすぎるタイプにおすすめの音楽。ときにはひたすらダメだと凹みたい日もありますよね。
他にも「こころ」カテゴリーにいろいろ載っています。私自身書きながら過去を昇華しているところがあるので、たまに恥ずかしかったりもしますけどね(笑)