食の近代化で、歯並びが悪くなる
石川善樹(以下、石川) 前回、ダイエットのために運動や食事制限を習慣化するのは、ハードルが高いことに気がついたというお話をしました。そこでたどり着いたのが、「舌痩せ」だったんです。
—— 「舌痩せ」……? 何やらあやしい響きがありますよ。
石川 ちゃんとした話です。舌痩せの説明をするために、まずアメリカのプライス先生の話をしますね。
—— はい。
石川 ウェストン・プライス博士は、20世紀初頭の歯科医です。彼は診療をするなかで、親世代に比べてその子どもの口腔状況が劣化していることに気づいたんです。つまり、虫歯が多い、歯並びが悪い、顎が細いなどの問題を抱えている子が多かった。それで、彼は1930年代に世界各地でフィールドワークをして、さまざまな先住民族の口の中を調査しました。そして、劣化の原因は食生活の近代化であることを明らかにした。
—— 食生活の近代化。どういうことでしょうか。
石川 たとえば、スコットランドの北西部にゲール人というケルト系民族がいます。プライス博士がフィールドワークをした時代というのは、「伝統食」と「文明食」が混在し始めた時期で、ゲール人の兄弟でも兄は伝統食を食べ、弟は文明食を食べて育ったといったケースが観察できた。比較ができる条件がそろっていたんですね。兄弟の口の中を見せてもらうと、兄はきれいな歯が並んでいるけれど、弟は歯が欠けていたり、歯並びが悪かったりしている。こうしたフィールドワークから、彼は『食生活と身体の退化——先住民の伝統食と近代食 その身体への驚くべき影響』という本を書きました。そこでは、アフリカの部族でも白人の食事を受け入れるようになると、相当数の子どもにはっきりとした顔の変形と、歯列弓の不整、虫歯などが見られたと書かれています。
—— 食べ物がやわらかくなってきて顎の形が変わってきてるっていいますよね。でも、歯並びがダイエットがどう結びつくんですか?
石川 もう少し聞いてください。では、日本はどうなのか。日本でも、伝統食から文明食、つまり食の欧米化は進みましたよね。今の私たちは西洋食をたくさん食べている。それはいったいいつ頃からだったのだろう、と考えたんです。ヒントになるのは、農文協が出している『日本の食生活全集』です。これは全50巻あります。北海道から沖縄まで各都道府県で47巻と、アイヌの食事1巻、総集編2巻で、合計50巻。
—— そんな本があるんですね。
石川 これじつは、200万部以上売れている隠れたベストセラーなんですよ。全国各地のおばあさんに、各地の風土と暮らし方から生まれた食生活について聞いて書いた本なんです。いわば郷土料理のデータベースですね。たとえば、栃木の巻にはこんなことが書いてあります。「……油は盆と正月に一升ずつ買うのがふつうで、それを大事に使いのばす。それ以外に油をたくさん買うのは、女にとってははずかしいことである」。
—— へえ、当時の考えかたがわかりますね。
石川 それ以外にも、当時の農家の女性がどういう生活を送っていたのか、ということが詳細に書かれています。農作業をしつつ食事の支度をして、家族が寝ている間も明日の準備をしないといけない。夜遅くに畑と台所を忙しく往復し、「ああ、こうして私は老けていくのだ」とさびしくなって涙を落とすこともあったとか。
—— そうか、たいへんだったんですね。まだスーパーマーケットなんてないから、食料は自給自足で畑から調達してたんですね。
石川 そう、少し前までは、こういう生活が当たり前だったわけですね。そして、こういう農家の方々をどうサポートするかというところから、日本の戦後の健康支援が始まっているんです。彼女たちの食事の支度を少しでも楽にしようと登場したのが、キッチンカーです。
—— キッチンカー?
日本がアメリカのような肥満大国にならなかった理由
石川 デモンストレーション用のキッチンがついたバスみたいなものですね。第二次大戦後、国内の栄養状態を改善するために、キッチンカーが各地をまわり、実際に調理をしているところを見せて、栄養改善のための料理講習会を開いたんです。ここで初めて、油と乳製品と小麦粉を使う洋食や中華料理が広まりました。それまでの農家の食事といえば、ごはんと味噌汁と漬物が基本だったんです。
—— 日本の食の欧米化が始まったんですね。
石川 そうです。このキッチンカーで洋食の作り方を教える活動は、通称「フライパン運動」と言われています。このフライパン運動で、日本の食生活がガラッと変わる。この運動は、昭和31年から34年にかけておこなわれました。じつはこの運動を仕掛けたのは、アメリカの小麦農家だったんです。戦争が終わって小麦の輸出先が減った小麦農家が目をつけたのが、日本だった。日本の方も、貧しい食生活を改善したかった。そこで両者の思惑が一致して、厚生労働省の指導のもとに、キッチンカーが全国を走り回ったんです。
—— こうなってくると、ダイエットというよりはむしろ「日本人がなぜ太ったのか」という話になりそうですね。だって、昔と比べて明らかにカロリーが高いものを食べるようになったわけでしょう?
石川 そう、「油を買うのは恥」からの、「フライパンで油を使って炒めましょう」ですからね。脂と糖の摂取量が格段に上がった。
出典︰厚生の指標臨時増刊「国民栄養の年次推移」1995、学会センター関西/学会出版センター「糖と健康」1998年7月号
石川 脂と糖をたくさん摂る食生活が基本のアメリカは、肥満大国ですよね。100kg超えている人が当たり前にいる。でも日本は食の欧米化が進んでも、そうはならなかった。なぜでしょうか。ここにダイエットのポイントがあるんです。
石川 「うま味」です。日本にはうま味の文化があったから、肥満大国にならずにすんでいる。じつはダイエットというのは、カロリーをいかに減らすかという議論に尽きるんです。でもそのために脂や糖を減らすと、おいしくなくなってしまう。
—— そうですよね。ではどうしたら?
石川 そこで、うま味なんです。うま味を持つ食物で満足していれば、自然に脂や糖をたくさん摂らなくてすむようになります。
—— なるほど。「うま味」を利用したダイエットだから、「舌痩せ」なんですね。
石川 そうです。意識して摂取カロリー量を抑えるのではなく、味覚を変えることで無理なく減らそうというのが「舌痩せ」の主旨です。この、うま味の効用について調べているのが、南デンマーク大学物理学教授のモウリットセン博士です。彼は、うま味研究の世界的権威なんですよ。
—— 物理学の教授なのに。
石川 そう。彼は初めて海苔巻きを食べた時に、その海苔のうまさに驚愕したんだそうです。そこから、うま味について研究を始めました。それによると、うま味の効用として、食欲を満たす、塩・糖・脂を欲さなくなる、食事をおいしくする、などがあるそうです。うま味自体は、1907年に東京帝国大学の池田菊苗教授が発見したものですが、その効用についての研究はそれから100年以上経たないと進展しなかった。
—— 「食欲を満たす」という効用があるということは、うま味を摂取すれば、たくさんカロリーを摂らなくても満足できるということになる。
石川 はい。でも、もう私たちの舌は脂や糖のパワフルなおいしさに慣れてしまっている。本来はうま味があれば薄味でも十分おいしい料理ができるけれど、それを物足りなく感じてしまうんです。そこでうま味をよく感じられるように、舌を「洗濯」する必要があります。
昆布茶を使って、舌を「洗濯」する
—— 舌の洗濯? どうやってやるんですか。
石川 簡単です。薄めた昆布茶を飲むんです。そもそも舌の細胞は、8日から10日で入れ替わっています。舌にできた火傷ってすぐ治るでしょう? それは入れ替わりが速いからなんですよ。
—— なぜ、普通の昆布茶ではなく薄めるんですか?
石川 昆布茶そのままだと、少し塩分が多いんですよね。だから、規定量の2、3倍に薄めたほうがいいです。それをペットボトルに入れて持ち歩いて、日に2、3回飲む。飲まずに、口をすすぐだけでもいいです。これを1週間もやれば、完全に味覚が変わりますよ。
—— うーん、舌の細胞は新しくなるでしょうけれど、脳に刷り込まれた脂や糖のおいしい記憶は消えないですよね。ほら、たまに無性にカレーとかラーメンが食べたくなるじゃないですか。そういう欲求に勝てるんでしょうか。
石川 それがですね、味覚がうま味に寄ると、これまでおいしいと思って食べていたカレーやラーメンでも、味が濃すぎたり脂っぽいと感じたりするようになるんです。舌の洗濯って、味覚を本来あるべきところに戻す行為でもあります。そもそも、お母さんのお腹の中の羊水や生まれてすぐに飲む母乳の味って、うま味なんですよ。
—— そうなんですか!
石川 じつは、オイシックスさんと「うまみダイエット研究所」をはじめたのですが、そこで舌の洗濯の効果を検証しています。まだ途中経過ですが、今のところ2~3キロやせたままでいるのに十分な結果が上がってきています。
本来、我々の味覚が帰るべき港はうま味なんです。その港を離れて脂と糖を求めるようになったものだから、果てしない航海を続ける羽目になった。脂と糖って、次から次へと欲しくなるタイプのおいしさなんです。いくら食べても満足できない。
—— そうやって刺激を求めつづけていくと、ラーメン二郎にたどり着くんですね……。
石川 二郎はもう、食べ物界のワンピース(ひとつなぎの大秘宝)ですよ(笑)。
—— 子どもの頃から脂と糖ばかり摂取していたアメリカ人でも、昆布茶で味覚が変わるんですか?
石川 変わると思います。さっき言ったように、アメリカ人でも母親の胎内にいる時の環境はうま味パラダイスですからね。僕は今度、この「舌痩せ」について論文出そうと思ってます。タイトルは、“Final Frontier for Weight Loss”。
—— ファイナル・フロンティア!それは受けそう!(笑)
石川 ダイエット民はこれまで、脂と糖という大陸をさまよっていた。でも、ついに「うま味大陸」が発見されたんだぞ! という話です(笑)。そして「舌痩せ」のポイントはもう一つあって、舌の洗濯をしたあとは食べる順番に気をつけること。一般的に和食を食べる時は、汁物から食べるのがよいとされていますよね。でも、汁物は締めにもってきたほうがいいんです。
—— 最後に飲んで、満足する。
石川 そう。そうしたらデザートもいりません。野菜、タンパク質、炭水化物、そして最後に汁物。そういう順で食べるように気をつけてください。うま味を先にすると、脂と糖がよりおいしく感じられてしまうので要注意です。最近わかってきたことなのですが、脳はとりあえず3回続けるとそれを覚えるんです。だから、昆布茶を飲むのも、食べる順で汁物を最後にするのも、まずは3回続けてみてください。そうすれば、我慢せずに体重をキープできるはずです。
—— これなら無理せずできそうですね。早速やってみます。本日はありがとうございました!
構成:崎谷実穂
お知らせ
石川善樹さんの新刊が発売されました! 最新ダイエット法をマンガをまじえてわかりやすく解説した1冊です。