過渡期の続く音楽業界
前章で語ってきたように、10年代の日本の音楽カルチャー、アイドルもロックもひっくるめた新しい日本のポピュラー音楽を巡る状況には、これまでにない大きな可能性が広がっている。とても豊かな音楽シーンが生まれている。それが筆者の嘘偽りない実感だ。
しかし、ビジネスやマーケットの動向を見れば、決して先行きが明るいと言うことはできない。音楽ソフトの売り上げは落ち込みを続けている。ライブ・エンタテインメント市場は拡大しているが、それぞれの会場の収容人数が決まっている以上、動員数には上限がある。
第四章に登場したヒップランドミュージックコーポレーションの野村達矢も「現実はまだまだ音楽ビジネスの構造自体が崩壊している過渡期の段階」と、現状に危機感を持っていることを語る。
では、その先には何があるのか? ここでは、グローバルな市場動向を見据えた上で、音楽の未来、そしてヒットの未来について問題提起をしていきたい。
所有からアクセスへ
「消費者の要望は、音楽を『所有』することから、音楽に『アクセス』することへと変化している」
国際レコード産業連盟(IFPI)のフランセス・ムーアCEOは、こう告げた。2015年4月に発表したデジタル音楽市場調査結果のレポートの中でのことだ。
(PHOTO: Getty Images)
2015年という年は、世界のレコード産業にとって歴史的なターニングポイントになった。
2016年4月のIFPIによる発表でそのことが鮮明に示された。世界全体の音楽市場のうち、デジタル配信(ダウンロードおよびストリーミング)の売り上げが全体の45%を占め、一方、パッケージメディア(レコードやCDなど)の売り上げが占める割合は39%となった。
初めてデジタル配信がパッケージメディアを上回ったのである。同レポートでは、世界19ヵ国の音楽市場で同様の傾向が見られることが示されている。
おそらく、この趨勢がこの先覆ることはないだろう。グローバルな音楽市場においてはデジタル配信が完全に主軸となった。CDはすでに「過去のメディア」と化したのだ。
さらに言えば、ダウンロード配信すら徐々に過去のものになりつつある。デジタル配信の売り上げの内訳に占めるiTunesなどの有料ダウンロード配信のシェアは急速に減少している。そして「聴き放題」の定額制ストリーミング配信による収益がそれに取って代わりつつある。
背景にあるのは、アップル・ミュージックやグーグル・プレイ・ミュージック、アマゾン・プライム・ミュージックなど、グローバルなITプラットフォーム企業が2015年に相次いで定額制ストリーミング配信サービスを開始したことだ。
先行するスポティファイも、全世界でのユーザー数は1億人を超え、有料会員だけでも4000万人以上となった。
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拡大するグローバル音楽産業
2015年が世界のレコード産業にとって歴史的なターニングポイントになった理由は、もう一つある。
1998年以来、17年ぶりに音楽産業がプラス成長を果たしたのである。IFPIは、2015年の世界音楽市場全体の収益が150億ドルとなり、前年に比べて3.2%増となったことを発表した。フランセス・ムーアはこう表現する。
「およそ20年におよぶ衰退の後、2015年、レコード産業は重要なマイルストーンを目にしました。音楽消費の爆発的な成長、グローバルな収益増が、数字として明らかになったのです。デジタルの売り上げがパッケージメディアの売り上げを初めて上回ったことは、音楽産業がデジタル時代に適応し、より強く、よりスマートに拡大していることを示しています」(IFPI Global Music Report 2016、訳は筆者)
市場の数字が示すのは、前述したストリーミング配信の収益が世界のレコード産業全体の成長の起爆剤となっていることだ。
10年代に入り、定額制ストリーミング配信サービスは急速な拡大を続けている。2015年のデジタル配信売り上げ全体の中でも、ストリーミングによる収益が占める割合は43%となり、ダウンロードの45%に迫っている。おそらく2017年4月のIFPIの発表で、2016年に両者が逆転したことが報じられるはずだ。
次回につづく!