ちょっと前に社会学者の上野千鶴子氏の「日本人は多文化共生に耐えられないから移民を入れるのは無理。平等に貧しくなろう」という新聞のコラムがネットで大炎上いたしました。
上野千鶴子「日本人は多文化共生に耐えられないから移民を入れるのは無理。平等に貧しくなろう」
「だとしたら日本は人口減少と衰退を受け入れるべきだ」とおっしゃっています。人口が減れば 労働人口も消費者も減りますから、国力が下がるのはわかりきっていますから、衰退するというのはその通りです。
しかし、私は日本の将来に関しては実はそれほど悲観的ではありません。私は著書でもコラムでも日本の将来に備えよ、と警報を書いてきましたが、それは、日本が超少子高齢化や人口減に対してまだまだ取り組めることがたくさんあるからです。
まず考えてほしいのは、何が日本の戦後の復興を支えたかです。
度重なる空襲で生産設備の大半は破壊され、働き盛りの大勢の人々がなくなりました。戦争前からある程度工業力のある国ではあったとはいっても、当時の日本は発展途上国です。朝鮮戦争特需、海外からの技術移転、安い資源価格、アメリカの保護下にあることで軍事費を節約できたこと等の外部要因はありましたが、日本の人達がせっせと働かなければ、あの成長を達成するのは無理でした。
私は日本と他の国と往復して暮らしていますが、経済成長に関して、日本と他の国で大きな違いを感じることがあります。
日本人の勤勉さ、バカ正直さ、企業や学校など疑似家族にを尊重する考え方、公共物やルールを守るモラル、国民の平均的な教育レベルの高さです。
そういった点は、戦前も外国人に指摘されてきましたが、働く人たちのそういった気質は、会社に入ってからの教育ではどうにもならないことです。
いくら外部要因に恵まれていても、従業員がお金をごまかすのが当たり前、腐ったものを売りつける、品質基準を守らない、決まったことをやらずに権利ばかり要求するという状況ではビジネスを回すのは簡単ではありません。時間を守らない人ばかりでは、工場のラインを定時に動かすのは容易ではありません。
実はこういうことは、海外でビジネスをやったことがある人であれば、嫌というほど体験していることです。
その土地の人達は真面目かどうか、決まりを守るかどうか、義務を果たさす権利ばかり要求するか、字は読めるか、そういった事柄をシビアに検証し、どこに工場を作るか、どこに事業所を置くか決めます。汚職がひどいところ、行政が機能しないところも避けます。グローバル化が進んだとはいっても、こういった気質というのは、国ごと、地方ごとに明らかに違います。
日本の人々の良い気質はまだまだ健在です。そういう気質があれば、これから直面する困難は乗り切れるはずだと思うのです。
その次に指摘したいのは、日本人の知恵で、人口減少を乗り越えることができるだろうということです。
現在製造業でもサービス業でも世界で広く知られている品質管理の手法やQCサークルの様に従業員が改善を行う取り組みは、アメリカで発想されたものが日本で研磨され、これは良いやり方だと認められて世界に広まりました。
戦後日本の技術者達は、北米や欧州の工業製品を徹底的に研究し、様々な工夫を凝らして売ってきました。イギリスにある日産の工場は欧州で最も効率的な自動車工場として知られています。
日本人はこういう工夫や効率化が得意です。人口減少による人手不足も、機会化やシステム化により乗り越えることができるはずです。
そもそも日本はロボット先進国ですから、ロボットの活用だって広がっていいでしょう。街中には欧州では絶対に見られないような高機能なATM、高機能な自販機、高機能家電製品が溢れています。そういうものを、もっと労働の効率化に使えばいい。
さらに日本は高齢者は増えるとはいっても、医療制度や国民の平均的な公衆衛生の知識が優れているので、元気な高齢者が多いですから、もっと高齢者に働いてもらえばいい。
先々月BBCではイギリスの高齢者達が日本の老人の生活を体験するという番組を放送していましたが、そこで最も驚かれたことは、日本では60歳以上の老人たちが元気なことでした。朝から体操に取り組む人もいれば、シルバー人材センターがあって多くの高齢者が働いています。
それがなぜ驚かれたかというと、欧州はそんな老人はあまりいないからです。太りすぎや膝が悪いために歩くのさえやっと、移動はカートに乗ったままという人が大勢います。公立病院なら治療も入院も無料ですが、頻繁に治療してもらえるわけではないので、順番を待っている間に死んでしまうこともあります。
北部欧州は食生活にも気を使わないので、高脂肪、炭水化物や砂糖だらけの食事で、糖尿病や心疾患に悩む人が大勢います。食育なんて概念は無縁です。イギリスの場合は家庭科の授業が削減された上に、普段から健康に関する情報が出回っていないので、ごく基本的な栄養学や公衆衛生に関する知識がない人が大半です。米や小麦を野菜だと思っている人が大勢います。
シルバー人材センターはありませんし、日本では老人が働いているような駐車場や店舗では、もっと賃金の安い若い移民を雇用します。
日本は女性だってまだまだ活用されていません。保育所が少ないですし、労働時間が長いので、こどもができると正社員をやめてしまう女性はまだまだ多いです。しかし女性の教育レベルは先進国有数で、決して能力がないわけではありません。保育所を増やす、働き方を効率化して、こどもがいる人でも活躍できるようにするという工夫はもっと可能なはずです。
消費者人口減少による内需の減少は、かつてのように、また海外にものやサービスを売れば良い。その方法や売るものだって、様々なアイディアが出てくるはずです。かつての日本は安かろう、悪かろうを作り出すダメな国だといわれていました。しかしそれを数十年もかからずに覆したのですから、条件がもっと整っている今ならもっと工夫が可能なはずです。インターネットだってあるので、広報、宣伝、販売も、グローバルな規模で、かつてより安く可能なのです。海外に売れるものに気がついていない企業だってたくさんあります。
上野氏は大変恵まれた境遇に生まれた方で、日本を代表する学者です。その境遇に至ったのは、ご自分だけの力だけではなく、日本という国があり、様々な人の働きがあったからです。
裕福な家に生まれたのはたまたま運が良かっただけですが、学者になるまでには日本国の様々な人の払った税金が訓練に投入されています。ですから、社会に対して自分の役目を果たす義務があります。
その義務とは、リーダーとして若い人に道筋を示すことであり、「前向きに頑張ろう」と若い人を勇気つけることではないですか?
「みんなで沈みましょう、みんなで貧乏になりましょう」では、ご自身が活用を提案されているNPOの運営費を賄う補助金の元である税金も減ってしまいます。稼ぐ人がいなくなったら、誰がNPOに寄付をしてくれるのでしょう?社会民主主義的政党が政権をとっても、お金がなければ福祉もNPO活動も不可能です。
戦前戦中に日本海軍のリーダーとなる人々を教育した江田島海軍兵学校の生徒だった徳川宗英さんによれば、終戦後、学校の解散にあたって栗田健男校長は、以下の「別れの訓辞」を述べています。
「諸君の前途には、幾多の苦難と障碍(ゆく手をはばむもの)が待ち受けているだろうが、よく考え、工夫し、将来の方針を誤ることなく、いったん決心したら目的の完遂に勇往邁進しなさい。苦しさに耐えられず道なかばして挫折するようなことは、男子のもっとも恥辱とするところである。すべからく、ものごとは小さなことの積み重ねによって成就する。諸君の苦難に対する敢闘 は、やがて日本国興隆の光明となるであろう」
さらに、この訓辞と同時に、 江田島海軍兵学校と海軍経理学校では、解散する学校を旅立つ生徒に対し、「今後の生徒心得ならびに参考事項について」 という通達をだし、学校解散後の振る舞いと生き方について生徒に伝えました。
「冷静沈着に常識をはたらかせ、ものごとを考察、 判断し、 流言蜚語に まどわされないようにしなさい。 将来を悲観的に想像し、 意気消沈することのないように。 運を天にまかせて、 明朗闊達に生きていきなさい。」
徳川 宗英『江田島海軍兵学校 世界最高の教育機関』 (角川新書)
当時の日本はアメリカの占領下になることが決まったばかりで、海軍兵学校の生徒たちは学校がなくなったばかりか、将来の就職先も失ってしまった上、家や家族を失った人もいました。都市は焼け野原で、日本中が食糧難でした。
そんな状況でしたが、「みんなで貧乏になりしょう」といった先生方はいなかったのです。