『カルテット』第4話を考察!家森諭高の過去が明らかに――フレール・ジャックや「SALUT DAMOUR」など小道具解説 2017.02.08 10:40 UP

当記事はドラマ『カルテット』第4話の考察記事です。
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ドラマ『カルテット』全話あらすじ&ネタバレ!

“ゴミ出し”で描く全体への伏線


「これをご覧下さい」

第4話は別府司(松田龍平)のこんな一言で始まる。
カルテットの別荘に溜まったゴミ。司以外のメンバーが誰もゴミを捨てないため、自然と溜まっていったようだ。

結局翌日もメンバーはゴミを捨てず、司は激怒。ゴミをリビングに入れて朝食を食べようとする。

ゴミ袋をステルス迷彩にすればバレない、という発言にも「収集車に見つけてもらえない」と冷静なツッコミ。さらに「見つけてもらえない隠れんぼの悲しみを味わうことになる」と示唆を含んだ言い方をする。
どうしても片付けようとしない3人に「このコ(ゴミ)たちと暮らしてください」とイラ立ちを見せた。

冒頭のゴミのシーンは、一見するとただのメンバー同士の揉めごと。だがこのゴミにまつわる議論が「第4話」という物語全体にかかる伏線になっている。

さらっと明かされる諭高の秘密


巻真紀(松たか子)、世吹すずめ(満島ひかり)、司の3人を部屋に招き、家森諭高(高橋一生)はあっさりと過去を告白。宝くじの賞金をもらい逃したこと、茶馬子(高橋メアリージュン)との出会い、なぜ半田(Mummy-D)たちに追われているのかなどを説明する。そして広大に会うべく神奈川へ向かう。

諭高はすずめを恋人役に指名。やはり諭高からすずめへ片思いの気持ちは少なからずあるようだ。

これは「女性の足の臭いにまつわるやり取り」で描かれている。
冒頭の食事シーンで、諭高の女性の趣味が「同じ美人なら足が臭くないより臭い方が好み」だとわかった。

その後諭高がすずめの履いた便所スリッパを手に取るシーンがあり、「足の臭い」で両者がつながったと考えられる。
すずめはこれまでに何度も便所スリッパを履いている描写があり、元妻の茶馬子も間違えてリビングで便所スリッパを履いてしまっている。
便所スリッパが「足が臭い人」を表すパーツなら、諭高からすずめへの片思いも成り立つはずだ。

恋愛要素にしては色気がなさすぎるが、諭高&すずめのドライな関係を表すには妙にしっくり来る。

目的地に着き、諭高は息子を待つ間に口笛で「フレール・ジャック」を吹く。すずめは諭高の口笛を聞いていたおかげで、リコーダーを吹く少年が諭高の息子だと気づく。
「フレール・ジャック」は諭高&広大の親子にとって重要な意味を持つが、その理由は後述したい。

誘拐された広大を取り返しにくる茶馬子


誘拐した広大を寝かしつけたところで、茶馬子が別荘に登場する。
すずめは話をごまかすために死んだ動物トークを開始。対して司が言った「生きてる生き物の話をしましょう」のセリフは、終盤で真紀の夫について話すシーンに効いてくる言葉だ。

茶馬子の登場と同時に隠れんぼをしていた諭高は、茶馬子に見つけてもらえず自分から姿を見せた。朝のゴミのシーンで司が言った「見つけてもらえない隠れんぼ」を描くことで、諭高が背負う悲しさ、むなしさが強調される。

そして司は諭高と茶馬子の復縁を祝い、84年モノのワイン「SALUT DAMOUR」を開ける。
茶馬子が襲来したときは武器としてすずめから司に渡されたワインオープナー。しかし諭高と茶馬子が(表面上は)仲直りしたことで、ワインオープナーは武器から一瞬でお祝いの道具へと化けた。
こういった演出も『カルテット』の妙技のひとつだろう。

「SALUT DAMOUR」というワイン=楽曲が持つメッセージ


本題からはずれるが、司が取り出した「SALUT DAMOUR」というワインについて解説したい。
エドワード・エルガーの作品で「SALUT DAMOUR(愛の挨拶)」という曲がある。エルガーはあの「威風堂々」を残した作曲家だ。

エドガーには8歳年上の恋人・キャロラインがおり、「SALUT DAMOUR(愛の挨拶)」はキャロラインへ贈った作品とされている。
当時のエドガーは現在のような名誉や地位もなく、財産もないただの音楽家。対してキャロラインは上流階級の娘で、ふたりは身分違いの恋をしていた。
この関係はそのまま諭高と茶馬子にも当てはまる。

諭高は定職に就いておらず、財産もない。対して茶馬子は御曹司と同棲中。どう見ても身分違いだ。

また、「愛の挨拶」と言いつつも諭高と茶馬子が実際はまったく仲直りしていない辺り、強烈な皮肉が効いている。
劇中にさらりと紛れこませるには、あまりに背景が濃すぎる小道具だ。

諭高と茶馬子はまたケンカ


他のカルテットメンバーがいなくなったところで、諭高と茶馬子の言い合いが始まる。昔の話を蒸し返し、広大が熱を出した時に病院に連れて行かなかっただのなんだの……
過去を細かく掘り返ってクドクドと言う茶馬子の様子は、冒頭でゴミ捨て問題に文句をつけていた司を想起させる。

茶馬子はまだ夫婦だった頃、諭高の態度に嫌気が差していた。そして「あの時6000万を引き換えていたら」のひとことで爆発。これが離婚の引き金になったことがわかる。
怒りを溜めに溜めて最後は爆発。まさにゴミを溜めすぎてブチギレた司と重なる。

楽器を壊そうとする諭高


茶馬子が半田から手切れ金をもらった直後、諭高は自分のヴィオラを壊そうとする。
「20代の男の夢は輝かせるけど、30代の男の夢はくすませる」という茶馬子のセリフを考えるなら、いつまでも夢を追う諭高のヴィオラは「子どもっぽさ」の象徴だ。
だが茶馬子は諭高が振り上げた手を止め「アンタは、そのままでええと思うよ」と告げる。単純なヴィオラを壊して子どもから大人へ!という成長物語にならない。というか、茶馬子がそれをさせない。

茶馬子の言う通り「そのまま」でいてはなおさら諭高が茶馬子とやり直すチャンスはない。茶馬子の「そのままでええ」は優しさでもあるし、諭高にとっては逃げ場を奪う残酷極まりない言葉でもある。

ヴィオラを振り上げた手も行き場を失い、諭高も逃げ場を失う。手を上げたままの諭高は虚ろな目で空中を見つめていた。

諭高編が終了――「フレール・ジャック」を演奏して別れ


諭高と茶馬子、そして広大の物語はレストラン・ノクターンでの演奏で終わりを迎える。
広大と諭高が共に弾くのはフランス民謡の「フレール・ジャック」だ。

この曲は日本で「グーチョキパーでなに作ろう」として知られる童謡。だが一方で、まったく同じ名前を持つ競走馬も存在する。

競走馬フレール・ジャックの毛色は「鹿毛(かげ)」という茶褐色。そして諭高の元妻の名前は「茶色い馬の子」と書いて茶馬子。加えて大阪弁でまくしたてるじゃじゃ馬娘でもある。

茶馬子役を演じた高橋メアリージュンさんの肌が褐色という点も踏まえると、茶馬子というネーミングは狙って付けられたと考えるべきだろう。

すると諭高&広大の「フレール・ジャック」演奏シーンに新たな“切なさ”が加わってくる。親子で「母」を称える曲を奏でつつも、茶馬子が「子を“かすがい”にしたら夫婦は終わり」と言ったようにふたりの復縁は絶望的。

しかしそんな現実を知らない広大は無邪気に「いつ離婚終わるの?」と期待している。広大は一貫してふたりの復縁を願っているのだ。

夫婦関係は弦楽器と違い、松ヤニを弓に塗ったくらいではすぐに滑らかにならない。

子どもっぽい大人、大人びた子ども


第4話では繰り返し広大(子ども)が大人っぽく、諭高たち(大人)が子どもっぽい描写が際立っていた。

第4話に出てくるに大人たちは特に子どもっぽい言動が多い。冒頭の「ゴミを出さない3人」はその象徴。それだけでなく、ゴミを司の部屋に隠そうとするイタズラ心まで見せた。
さらに半田の部下はヴィオラを見つけて嬉しそうに振り回すし、半田自身も薬を飲む時にアポロチョコを一緒に食べる。

茶馬子の現在の夫はイイ年して小説家を夢見る御曹司。茶馬子自身は雪のなかでもサンダル。これは真冬でも半袖半ズボンのガキ大将をイメージさせる。
極めつけは諭高自身だ。アジフライはソースじゃないと食べられず、自室の机には子どもっぽいアイテムの代表・チョコが置いてある。茶馬子が別荘にやってきた時は隠れんぼを始めた。自分でも「毎日子どもに戻りたいと思っていた」という。

大人たちを子どもっぽく描くことで、子どもの大人びた様子が浮き彫りになる。
第4話で唯一の子ども・広大はアジフライを醤油でもソースでも食べられるし、おやすみの時は電気を消して眠れる。子どもは親が思っているよりよっぽど成長していたのだ。

そして広大が大人だからこそ、両親の亀裂が取り返しのつかないレベルに達していることに気づかない純粋無垢さにアクセントが生まれる。

いくら広大が復縁を願っても、タクシーのドアが諭高をシャットアウトする。たった一枚のドアが、諭高と茶馬子&広大を隔てるまさにとして立ちはだかる。

この時に諭高が見せた涙にはふたつの意味があるだろう。ひとつは茶馬子たちとやり直せない悲しみ。もうひとつは広大の希望を叶えてやれない自分への不甲斐なさだ。

目が笑ってない有朱ちゃん


諭高を中心とする物語に決着がついたところで、『カルテット』はその性質をガラリと変える。

スーパーですずめと密談を交わす巻鏡子(もたいまさこ)。ふたりの会話を盗み聞きし、すずめから金をゆすろうとする有朱(吉岡里帆)。

有朱の盗み聞きがわかるまでのカメラワークとBGMは、完全にホラー映画のそれだ。これまで散々言われた「目が笑っていない」の伏線も完全に回収。有朱の本性も明るみに出る。

目だけが笑わず、直接的な脅迫もなく金を巻き上げる元地下アイドル。有朱役・吉岡里帆さんの演技に背筋が凍った視聴者も多いのではないだろうか。

巻の夫と諭高の関係、突然本性を見せる司


練りこまれた演出と脚本で観る者をうならせておいて、最後の最後でサスペンスフルな“引き”を持たせるのが『カルテット』のいつもの手口。

諭高が階段から落ちて入院していたとき、真紀の夫も同じ病院に入院していた。
そこで諭高は真紀の夫から「妻に突き落とされた」と打ち明けられたという。

一方で司のメッキも徐々にはがれ、内に眠る狂気が明かされていく。
突然真紀に「今頃夫さんは別の女性といる」「夫さんはベッドでどこからキスするんですか」と言葉で殴るような質問。
極めつけは「靴下と三角関係はイヤだ」という心情だ。この男、おふざけでなく本気で靴下との三角関係を嫌がっている。靴下の擬人化。

冒頭で司がゴミを捨てたがっていたシーンがここにつながる。司にとって真紀の夫は早く捨てられて欲しい存在(ゴミ)だ。
茶馬子が別荘を訪れたシーンでも司は「生きてる生き物の話をしましょう」と言った。ここでのゴミとは真紀の夫の靴下を意味し、失踪した真紀の夫を「生きていないもの」として扱っている。

朝食の際カルテットメンバーに言った「このコ(ゴミ)たちと暮らしてください」という“擬人化セリフ”の伏線もここにつながる。朝のゴミのやり取りを「様子がおかしい司くん」で済ませていた真紀の顔にも焦りと戸惑いが表れる。

しかしそんな司の思惑とは裏腹に、真紀は夫の帰りを諦めていないように見える。行き場をなくした司の想いは暴走寸前まで追い詰められていた。

司は真紀を何かから奪えるのか


最後の最後で司が言った「僕は一体何からあなたを奪えばいいんですか」は第4話を総括するセリフと考えたい。
真紀から何を奪うか、ではなく「何から真紀を奪えばいいのか」と苦悩するのがポイントだ。

例えば半田は、茶馬子の居場所を聞き出すために諭高から楽器を奪った。
その諭高は、家族を再生するために茶馬子から息子を奪った。

目的と、それを成し遂げるための手段があまりにも明確で具体的。どちらの例も「形のあるもの」を「実在する相手」から奪う。
だが司は「形のないもの(真紀の気持ち)」「実在するかしないかわからない相手(失踪した夫)」から奪おうというのだ。

これでは司が真紀への気持ちを屈折させるのも無理はない。

そして司と真紀の間に絶大な緊張をもたらしたところで、物語は急展開の新章へとなだれこんでいく。

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(2017.2.8 ついラン編集部:ココロヨい)

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