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Feb 07, 2017 竜王戦挑戦者変更強要疑惑(補)〜人を疑うということ〜 
http://d.hatena.ne.jp/akisaito/20161226
http://d.hatena.ne.jp/akisaito/20161227
将棋スマホカンニング疑惑並びに竜王戦挑戦者変更強要疑惑(結)
http://d.hatena.ne.jp/akisaito/20161229
今回の竜王戦問題については,過去3回に渡って検討してきました.あれから1か月少々経ちまして,色々と状況は動いているのですが,結局疑問は何一つ解決していません.第三者とも言い難い第三者委員会の報告内容を盾に取り,このまま,何が問題であったのか総括することもなく,風化させるのを期待しているのかなと思うとやりきれない思いです.
そんな中,iRONNAに三浦九段のインタビューが掲載されました.
読んでみると,まだ明らかになっていないことどころか,疑問にもなっていなかった,さらに奥深い問題があったのではないかということが伺えます.特に,許せない相手として,今まで名前が一度も挙がっていなかった観戦記者の小暮克洋氏の名前が,唯一実名で挙がっている点は注目に値します.ここで実名を挙げる以上,三浦九段には訴訟も辞さない覚悟があると見えます.
http://ironna.jp/article/5686?p=5
今回は,今回の事件を通して,また,このインタビューを読んで特に強く思い出した,「プロが専門としていることについて,不正を疑われる屈辱」について書いてみたいと思います.
昨年末に書いた3本の記事で,特に渡辺竜王,久保九段,千田六段に対する処分については,慎重であって然るべきだという意見を書きました.また,連盟理事に対しては,その職に堪えないから自主的に辞めるべきだ以上のことは書いていません.その意見はいまでも基本的に変わりません.しかし,一将棋ファンの立場で言えば,これまで時間があればチェックしていた棋王戦のニコニコ生放送も一切見ていません.振り飛車党としていつも楽しみにしていた久保九段の王将戦の棋譜も一切見ていません.渡辺竜王の四間飛車破り居飛車穴熊編やひと目の手筋,青野九段の手筋辞典,久保九段の久保の石田流や久保の中飛車など全部焼き捨てて,買ってしまったことをなかったことにしたいと思っています*1.
それだけ腹に据えかねているのは,私自身がかつて感じた,不正を疑われた屈辱を思い出したからです.
もう4〜5年前になりますが,私はある査読論文を投稿しました.学会誌等々に掲載される論文は2種類に大別されます.1つが,特にチェックされることなく掲載される「査読なし論文」,もう1つが,他の専門家*2によって内容をチェックされ,有意義であるとみなされたもののみが受理・掲載される「査読論文」です.当然,査読論文の方が重要と見なされ,研究者の業績としても,査読の有無は明確に区別されます.
私の投稿した論文は,1人の査読者からは好意的に受け止められ,すんなりと受理されたのですが,もう1人からはかなり厳しいコメントを受けました.正直なところ,本筋とはあまり関係ない部分だったのですが,可能な限りコメントに応じてその査読者と修正のやり取りを繰り返しました.そのうちに,私が若干誤解を招く書き方をしてしまったこともあり,分析を間違っているのではないかという指摘を受けました.その間違えているんじゃないかと疑われた場所は,私の予想と査読者の予想が食い違っていて,分析結果は私の予想が正しかったことを裏付けるものでした.しかし,書き方がわかりづらかっただけで,分析を間違えていた訳でもない*3ので,その旨伝えて表記を修正したところ,査読者からデータを不正に操作しただろうと決めつけたコメントが返ってきました.
そのコメントのメールを受け取った瞬間,頭が真っ白というか,真っ赤というか,よくわからない状態になり,目の前のPCデスクを蹴飛ばして大荒れでした.それをすぐそばで見ていた妻*4が涙目になるのを見て我に返りましたが,とにかく屈辱的で,その査読者は,誰だかわからないのですが,4〜5年経った今でも許せません.誰だかわかったならば,その人物とは,それがどんな大物でも恩人でも二度と関わらないでしょう.
どうしてそれだけ腹が立ったのかですが,研究者は,どんなに下っ端であったとしても,学問の世界において曲がりなりにもプロであるというプライドが,私も含めて誰にだってあります.そりゃ,間違えることだってあります.知識が足りない部分も多くあります.しかし,学問の世界への否定とも言える研究不正にだけは絶対に手を染めないというのもまた,プロとしてのプライドなんです.つまり,お前なんか研究者じゃないと,プロとしての存在そのものを否定されたと,ひいては,自分という存在そのものを否定されたと,不正を疑われたときに感じたからこそそれほどに腹が立ったのです.だからこそ,逆に言えば実際に発生する研究不正は絶対に許せません*5.
いずれにせよ,私のような下っ端研究者であっても,不正を疑われた時にそれだけ屈辱に感じた訳です.三浦九段のようなトッププロが存在そのものを否定されるような扱いを受け,吊し上げに遭い,数か月間報道で叩かれ続けたならそれはどれほど屈辱的なのか,私の想像を遥かに超えています.
勿論,不正を疑ったときにそれを放置するのは正しくありません.しかし,疑われた本人を呼び出し,直接問い質して吊し上げるような行為がどれほど屈辱的であるかは,同じプロ棋士であれば誰だってわかる筈です.そうであるならば,調べるのは極限まで慎重であらねばならないし,証拠がない中での週刊誌記事での不正を決めつけるコメントなど,軽率というレベルではありません.
私が疑いを持たれた際,三浦九段と同様に完全にシロの証明は出来ませんでしたが,疑惑そのものが的外れであることを示すことは出来ました.しかし,査読者からの謝罪はありませんでした.今回の事件において,疑惑を持ち,直接行動に動いた人々の中で,不正はないという結果が出た際に筋を通した者は,私の見る限り一人もいません.私にとって彼らは,私の不正を疑った査読者と同じ人間です.だからこそ,決して許すことが出来ません.これは,理屈でも何でもありません.一人の不正を疑われた経験を持つ者として許せない.ただそれだけです.