こんなドラマを作るアニメだとは思っていなかった。
TVアニメ『亜人ちゃんは語りたい』は普通の人間と異なる、ちょっと変わった体質を持つ「亜人」の過ごしている世界を描いた作品。「亜人ちゃん」(デミちゃん)特有の悩みや葛藤を生物教師であり、亜人に強い興味を持つ高橋鉄男が聞き、手探りながらも共に考えていくという物語だ。
第4話「高橋鉄男は守りたい」はこれまでになく踏み込んだ内容だった。亜人ちゃんのひとりである雪女の日下部雪が同級生の女子から陰口を言われ、傷ついているところからスタートする。それに伴ってか、演出もドラマ仕立てでついつい「語りたく」なってしまう。
冒頭から雰囲気は重苦しい。いつ泣きだしてもおかしくない不穏な曇り空のファーストカット。つづいて映されるのは負のイメージの連鎖だろう、コツンと音を立てる傘の石突。地面スレスレのカメラが嫌な気配を残す、「人を傷つけられるもの」という巧妙な陰口のメタファーだ。ことの深刻さをさり気なく煽っている。
場面はすぐ校内へと移り、張り裂けそうな思いを抱え、生物準備室にやってきた日下部雪の不安を切り取る。このシーンの主役は雨音。カメラは準備室の中に入っているのに降り出した雨音は大きく、「外」の音がする。不在の生物準備室、つまり頼るべき人間のいない心許なさ、ひとり外に放り出された心境を表しているのだろう。カットが切り替わり、雪の放つ冷気に気づいた高橋が近寄ると雨音は屋内のものになるが、「わたしが亜人(デミ)だからですかね!」と雪が叫ぶと、一瞬音が止み、カメラも拒絶されるように外へと出され、ふたたび激しい雨音が耳を打つ。精緻にコントロールされた音の心情演出だ。
そして一旦落ち着き、高橋とサキュバスの数学教師・佐藤早紀絵が食堂で話す場面へ。ここで重要な役目を果たすのは、雨と馴染み深い色とりどりの紫陽花。
「七変化」と呼ばれるほど花色の変わる紫陽花は、土の酸度によっても色が変化し、花言葉も色によってさまざま。映像表現の定番として、おそらく紫陽花の色が4人のヒロインに対応し、花言葉も合わせてあるのだと思われる。加えて、亜人が陰口を言われてしまう現在の状況や亜人をとりまく社会環境のアレゴリーを紫陽花の性質に掛けているのかもしれない。大きな胸で高橋に迫る早紀絵のコミカルな一幕もあるが、鋭い茎の切り口からはわずかに悪意が滲み出る。
閉塞感のある流れを打ち破るのはバンパイアの少女・小鳥遊ひかりだ。高橋の入れない女子トイレで陰口を言った同級生2人に直接ぶつかる。ここでもまだ雨音のSEが小さく入っているのがポイント。感情が昂ぶり、ひかりの涙がこぼれるとき、雨音は止むのだ。その涙を受けて止めていたのは妹の小鳥遊ひまり。心に降る雨を受け止める傘、というモンタージュが雨上がりの空と共に浮かび上がる。清々しい作劇だ。
そこから傘を差していたひまりへとフォーカスを移す構成も自然でいい。後半はいつもの調子に戻ってコメディ色が強くなるが、『僕だけがいない街』風シネスコサイズの画面が登場するなど、演出家の遊びに微笑ましくなるシーンもある。
第4話の絵コンテ/演出を担当したのは、新鋭・石井俊匡。サスペンスフルなドラマの運び、したたかにしのばせるメタファー、定式的な「悲しみの雨」に浸からない演出の数々。ドラマティックなムード作りは精彩に富む。そろそろさすが、と付けて呼んでもいい頃合だろう。さすがは石井俊匡。さらなる飛躍に期待大。