『宇宙兄弟』グッズの制作で、ファンに生計を立ててほしい
加藤貞顕(以下、加藤) 今回は、「メディアビジネスの未来」というメディアとコンテンツビジネスの行く末を探る連載企画で、お話をうかがえればと思います。というのも、今回は、「cork(コルク)」とフリマアプリの「メルカリ」が手を組んで、おもしろい取り組みを始めると聞きまして。
佐渡島庸平(以下、佐渡島) はい。「『宇宙兄弟』のファンに、グッズを自由に作ってもらって、メルカリで販売できるようにする」プロジェクトですね。
加藤 というわけで今日は、メルカリの小泉さんにもご登場いただきました。
小泉文明(以下、小泉) よろしくお願いします。
加藤 小泉さんは、ミクシィのCFOなどをご経験された後、メルカリには設立した2013年から参画されて、取締役をなさっています。
今回の『宇宙兄弟』とメルカリのコラボレーションはどういったきっかけで始まったんですか?
小泉 最初は、今年6月にナイアンティック社と提携して『ポケモンGO』の前身ともいえる位置情報ゲーム『Ingress』の二次創作物を販売をできるようにしたんです。
もともとIngressでは強いファン同士のコミュニティがあって、自分で作ったグッズを交換できるファンイベントが開かれていたらしいんです。ただ、二次創作のグッズという性質上、どうしてもリアルな場でしか交換ができなくて。
加藤 なるほど。
小泉 ファンは日本中にいるわけだし、どうせならグッズのクリエイターにも利益を還元できる仕組みが作りたいとナイアンティック社の担当者も望んでいたみたいなんです。
そして、「みんなが安心・安全な環境で二次創作物を販売・購入できる方法」を考えた結果、交流があった当社にお声をかけていただいて、お互いにメリットが大きいと思って提携を決めたわけです。
加藤 反響はどうでしたか?
小泉 とても好評でした。といっても、メルカリ上でIngressグッズの出品数が膨大に増えたわけじゃありません。でも、購買率はかなり高い。だいたいどれもソールドアウトする勢いです。
さらに、こうやってコルクの佐渡島さんが興味を持ってくれたのは予想外の収穫でしたね。
佐渡島 Ingressとの提携リリースを見た瞬間、「うちもやりたい!」と思って、すぐに連絡したんです。それで『宇宙兄弟』とメルカリのコラボが実現しました。2017年の1月23日から、『宇宙兄弟』の素材を使って制作したファンアートをメルカリに出品できるようなります。
加藤 具体的にはどんな素材でグッズを作れるんですか?
佐渡島 マンガでも使われたシーンやイラストを数十点ダウンロードできるようにしてあります。また、公式認定ロゴを商品に添付すれば、オリジナルのぬいぐるみやアクセサリーを出品することもできます。
加藤 おお、これはファンの方たちは、よろこびそうですね。
佐渡島 そうなんです。なぜ僕がこんな取り組みを始めたかと言うと、あるファンとの出会いがきっかけだったんですよ。その人は、コヤチュー部(『宇宙兄弟』作者の小山宙哉さんのファンクラブ)でイベントがある度に、いつも素敵な自作の人形を持ってきてくれて。小山さんもそれを大事に事務所に飾っています。
佐渡島 で、僕もその人とFacebookでつながるようになって。ある日、「宇宙兄弟のグッズをつくって生計を立てられたら幸せなのに。せっかく時間をかけてつくっても、(かってに売ったりして)小山さんに迷惑をかけたくないし、ずるいことはしたくないから無償で知人にプレゼントしかできない」というような投稿を見かけたんです。
加藤 なるほど。
佐渡島 そう。そんな熱意のあるファンが、『宇宙兄弟』のグッズを作って生活できたら、めちゃくちゃ幸せじゃないですか。それを実現したいと思っていた矢先、Ingressとメルカリの取り組みを知ったわけです。これは弊社でもできるなと。
メルカリの役割は、権利者やファンの利害調整
加藤 佐渡島さんは、メルカリを通じて、市井のクリエイターを支援する方法を発見したわけですね。
佐渡島 そうなんです。
小泉 僕らの会社はインターネットが大好きなんですよね。そのポジティブな可能性をもっと追求していきたいと考えています。
小泉 僕自身は、「インターネットの可能性=個人のエンパワーメントの最大化」だと思っていて。
加藤 ひとりでもできることを、ネットをつかうとさらに強化できるってことですね。まさにメルカリのお陰で、いつでも誰でも自由にフリーマーケットができるようになった。
小泉 ええ。ただし、個人の創作物が自由になりすぎると、一方で、元々の権利者の立場や利益が弱くなる部分があります。エンパワーメントをうまくやるために、そこの利害調整を行うのが僕らの役割なんじゃないかと。
加藤 なるほど。僕らピースオブケイクも、才能のあるクリエイターが、最大限に活躍できる仕組みづくりの一環として、「cakes」や「note」といったサービスを運営しているので、すごく共感します。
あえて、すこし意地悪な質問をさせてもらうと、オリジナルのコピーといった不正商品が流通する可能性もあるじゃないですか。昔のYouTubeが動画や音楽の権利者をちゃんと守らなかったように。そこはどうお考えですか?
小泉 2013年の創業当時からコンテンツホルダーに対して、「権利者保護プログラム」を用意しています。それに登録してもらえば、知的財産権を侵害する商品などは通報してもらえれば無条件に削除しています。現在は、500以上の団体が加入してます。
そこを怠ってしまうと、みんなが有象無象に出品してしまい、メルカリがコミュニティとして「健全に育たない」と危惧したので。
佐渡島 それを言うなら、noteにも作品の勝手なコピーや二次創作が起こるリスクがあるけど、そこはどうしているんですか?
加藤 弊社としてコンテンツのパトロールをして随時対処もしているし、そして権利者や閲覧者からの通報があれば、すぐに対処もしています。メルカリは、具体的にどうしてるんですか?
小泉 うちは1日の出品数は100万品を超えますからね。カスタマーサポートを200人以上いれてパトロールやユーザーからの問い合わせ対応などやってますね。
加藤 200人! すごいですね。ちなみに、今後クリエイターや会社による一次創作のグッズを展開したりはしないんですか?
小泉 メルカリはあくまでもフリーマーケットなので。オフィシャルな出展があると、どうしても一般ユーザーの居心地が悪くなってしまうんじゃないかなと考えています。だから、そこは明確に分けたほうがいいと思っていて、企業やプロの出品は遠慮していただいています。
加藤 なるほど。
佐渡島 逆に、ファンアートですごく話題になったものに対しては、オフィシャルなグッズとして一般販売する形もアリだと思います。僕らはできればそこまでやりたい。
小泉 ある種のコンテストみたいな感じですよね。
ファンたちの善意を信じている
加藤 コンテンツのオフィシャルグッズを作るときって、これまでのやりかたでいうと、制作会社が企画を出してきて、そして原作者やコンテンツの管理会社が試作品を監修して商品化するという形が一般的ですよね。今回の佐渡島さんたちの取り組みでは、それはできないわけですよね。
佐渡島 はい。
加藤 つまり、クオリティのコントロールができない可能性がある。そこはどうお考えですか?
佐渡島 ファンアートはファン同士が楽しむものだから、『宇宙兄弟』らしさが足りなかったり、原作へのリスペクトがなければ、売れないだろうし、値段も安くなると考えています。そこはファンの人たちの気持ちを信じていて、最終的には、質も自動的にどんどん良くなっていくと思います。
僕はインターネットのコミュニティは、初めから完璧なものを求めないものだと思っていて。つたない商品を出品したとしても、それが売れたらうれしいから、次はもっといい物を作ろうと考える。そういったファンの善意による、自浄作用が働く気がするんです。
加藤 なるほど。あえてしつこく聞きますけど、中には、原作者や権利者にとって不本意になりかねないグッズもありますよね。たとえば、原作にはない人間関係を持ち込んだ同人誌とか。でも、ファンはそれを楽しんで作っている場合もある。そういうケースはどうですか?
佐渡島 ルールとして、物語の改変は認めていないから問題ありません。今回の取り組みでは、二次創作物はグッズのみに絞っています。
小泉 そうなんです。事前のレギュレーションの設計が肝心ですよね。今回はコルクさんと一緒に相当しっかり作っています。グッズの作り手たちも迷わないし、みんなが幸せになれるような落とし所でレギュレーションを作っている。
佐渡島 だから、同人誌はダメだけど、例えば、僕らが編集として携わって、スピンアウトという形で小山さんのサイトに掲載するのはアリだと思う。
僕らが編集と監修をしてOKを出したものが世に出れば、小山さんのもとからまた新しい作家が発掘できる可能性もあるじゃないですか。
加藤 なるほど。
佐渡島 うまく介入することで、作者もファンもみんながハッピーになれる新しい仕組みが作れるんじゃないかと期待はしています。
小泉 そうなれば最高ですよね。
加藤 この後に、『宇宙兄弟』以外の作品とコラボする予定はあるんですか?
小泉 まだ具体的に言えるものはありません。ただ、「コンテンツをすごくオープンにして、みんなに活用してほしい」と思っている方も多いので、いずれまたほかの作品と手を組む可能性はあります。
次回『コルク佐渡島「キュレーションメディアの問題は利益を還元しなかったこと」』は1/26更新予定
小泉文明(こいずみ・ふみあき)
1980年生まれ。早稲田大学卒業後、大和証券SMBC株式会社に入社。投資銀行部門にて、DeNAをはじめとする数多くのネット企業のIPOを担当。2007年に株式会社ミクシィに入社し、社長室長、経営管理本部長を歴任し取締役執行役員CFOに就任。2012年に同職を退任後、IT系ベンチャーやスタートアップ企業の取締役、監査役などの経営サポートを務める。2013年に株式会社メルカリに入社後、取締役に就任。