偽ニュースが世界を動かす時代のメディアとのつき合い方

いい加減な情報のサイトの悪影響は、日本でも話題ですが、アメリカ大統領選にも少なくない影響を与えました。オックスフォード英語辞書が、事実に基づかない「ポスト真実(post-truth)」という言葉を、2016年の「今年の言葉」に選んだそうです。
アメリカ在住の作家・渡辺由佳里さんが、そんな「ポスト真実」時代のメディア・リテラシーを考えます。

年末から年始にかけて、アメリカやイギリスの政治の世界と関わりが深いPR、マーケティング、コミュニケーションの専門家たちと会う機会が何度かあった。マーガレット・サッチャー、ロナルド・レーガン、ヒラリー・クリントンといった政治家や著名なジャーナリストと直接仕事をしたことがあるベテランたちだ。

会話は自然にイギリスのブレクジット(Brexit)とトランプが勝利したアメリカの大統領選になる。みな、壊滅的なほどの衝撃を表す「devastating」という単語を使う。多用なクライアントと関わるために個人的な政治的見解をふだん表明しない人たちなのだが、これからの世界を想像すると身の毛がよだつというのだ。誰もが不安材料に挙げるのが「ポスト真実(post-truth)」の現状だ。

「ポスト真実(post-truth)」とは、概ね「事実に基づかない」という意味だ。
postはラテン語のpostscriptを由来にするposterior to(〜の後の)という意味を持つ接頭辞であり、post-truthは、「真実の後」→「脱真実」→「事実に基づかない」と転じたようだ。つまり、根拠がある事実よりも感情にアピールする情報のほうが重視され、世論がそれに左右される状況を表している。
2016年は、事実に基づかない偽情報がイギリス(とヨーロッパ)、アメリカの政治に大きな影響を与えた年であり、オックスフォード英語辞書は、「ポスト真実」を2016年の「今年の言葉」に選んだ。

保守だけでなく、自称リベラルたちまでもが「真実」を軽視したのが、2016年の大統領選挙の特異なところだった。

政治における発言の信憑性を監視する「ポリティファクト(PolitiFact)」の影響力が変わったのも今回の選挙の特徴だ。ピューリッツァー賞も受賞している有名な非営利団体で、政治家が嘘をついているかどうかを見極めるサイトとして重視されてきた。

ポリティファクトは、各候補の発言をチェックをし、「事実」「ほぼ事実」「半分本当」「ほぼ偽り」「嘘」「真っ赤な嘘」の6段階で評価する。
今回の大統領選では、共和党と民主党を含めた候補のなかで最も「正直」なのはヒラリーだった。そして、最も「嘘つき」だったのがトランプだ。ヒラリーの発言の7割は「事実、あるいはほぼ事実」で、トランプ発言のなんと7割以上が「嘘」の領域だった。
だが、トランプ支持者だけでなく、サンダースの熱心な支持者までもがポリティファクトの提供する「事実」を無視し、「ヒラリーは嘘つき。信用できない」と言い続けた。そして、そのイメージが世論で定着した。

マケドニアの少年らが100もの偽ニュースサイトを運営

2015年末から激戦州で有権者を取材し、ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアで反応を追ってきた私は、今年の大統領選がこれまでの選挙と異なると感じていた。有権者が伝統的な大手メディアを信用しなくなっていたのだ。特に、「革命」や「変化」を呼びかけるサンダースとトランプの情熱的な支持者の間でこの傾向が強かった。

取材では必ず「どんなメディアから情報を得ていますか?」と質問したのだが、これら2つのグループは、「CNNやニューヨーク・タイムズ紙のような大手メディアはヒラリーに買われているから信用できない。ネットで得る情報のほうが信頼できる」と答えることが多かった。また、それらのサイトはソーシャルメディアを通じて知り合った「信頼する仲間」からのシェアで知るという。自発的にグーグルで探すという人もいた。

ヒラリーに関する最も悪質な捏造ニュースは、ワシントンDCのピザ店が、ヒラリーとジョン・ポデスタ選挙対策委員長による児童性愛と児童買春の拠点になっているというものだった。

「ウィキリークスが流出したポデスタのEメールでわかった」ということになっているが、もちろん何の根拠もない嘘だ。だが、トランプ支持者だけでなく、「#BernieOrBust(バーニーでなければ破壊)」というサンダース支持者も真実と信じ込み、ツイッターやフェイスブックで活発に情報を拡散した。何の疑問も抱かず、そのまま広めた日本人もいた。

そして、ついに、「児童買春を自ら調査するため」に28歳の男性が攻撃用の銃を持って捏造ニュースの舞台として指摘されたピザ店に押し入る事件が起こった。偽情報の恐ろしい影響力を実感させる出来事だった。


大手メディアよりもネットに新しく誕生したニュースサイトの情報を信じるという有権者の傾向は、投票日が近づくにつれて強まってきた。

バズフィード・カナダの創刊編集長のクレイグ・シルバーマンの調査もそれを裏付けしている。フェイスブックで「エンゲージメント(共有、拡散、コメント)」された伝統的メディアのニュースは投票日が近づくにつれて減少し、代わりに偽ニュースのものが激増した。そして、選挙前には偽ニュースのエンゲージメントは870万になり、ついに伝統的なニュースの730万を超えた。

これらの偽ニュースサイトは、トランプ支持者が作っているとは限らない。

バズフィードのシルバーマンとローレンス・アレクサンダーは、バルカン半島にある小国マケドニアのとある町の十代の少年たちが100ものトランプ寄りの偽ニュースサイトを運営していたことをつきとめた。

彼らは特にトランプ支持者というわけではなく、初期にはサンダース寄りの偽情報を載せたサイトも作った。だが、収入につながるのはトランプ支持者だとわかり、トランプ専門に切り替えたという。取材に答えた少年が本当のことを言っているなら、フェイスブックでヒットして1日に3000ドル(約30万円)稼いだ者もいることになる。

3種類の偽ニュース

ところで、「偽ニュース」にも下記の3つの異なるカテゴリがある。

①偽/捏造ニュースサイト(Fake/Hoax News site)
まったくの創作なのだが、風刺やジョークのようにおもしろくないもの。本物のニュースを読み慣れていない人が真実と信じて広めてしまうことが多い。

②風刺サイト(Satire Website)
The Onionなど、明らかに虚構でユーモアがあるジョークのニュース。日本の『虚構新聞』はここに属する。

③クリックベイトサイト(Clickbait website)
事実を少し使い、プロパガンダや陰謀説のために詳細を捏造する。真実が混じっているので①よりも危険なことがある。

しかしながら、本物のニュースと偽ニュースを見分けられないネットユーザーは、これらを見分けることもできない。そこで、親切にリストアップしてくれているfacenewswatch.comというサイトがある。

長年政治を追っている人たちは、「なぜこれほど多くの人が明らかな嘘に騙されるのか?」、「なぜ、労働者は、自分たちの首を絞めるような政策を推す政治家を選ぶのか?」と首を傾げるが、多くの有権者の心を動かすのは、客観的な事実ではない。
「この人は、自分のことをわかってくれる」、「自分を代弁してくれる」という感情なのだ。客観的な証拠よりも、「自分の感情に近い」ことが信頼のバロメーターになる。

自分の感情を重視する人は、自分の信念にあった情報を選択的に取り入れ、それに合わないものは切り捨てる。そして、自分の信念に同意し、強化してくれる仲間とだけ繋がる。インターネットは、その行為を容易にしてくれる。それが「ポスト真実」時代の有権者の姿だ。

視聴率を追った大手メディアの罪

だが、「ポスト真実」の時代をもたらしたのには、大手メディアの罪も深い。

特に24時間ニュースを流すCNNのようなニュース専門放送局だ。
私の周囲では「24時間ニュース専門放送局を見るのをやめた」という人が増えている。しかも、PR、マーケティング、コミュニケーションといった情報の専門家たちなのだ。その理由は次のようなものだ。

ライバル局が次々に現れた現状では、事実だけを報道していると視聴率を取れない。そこで、競争に勝つために、視聴者の好奇心をかきたてる「ドラマ」を作り上げる必要がある。選挙を盛り上げておもしろくするために、ある候補の「nonstory(ニュースにするほどの内容や重要性がない情報)」を大げさに盛り上げる。そして、重要な政策の違いやそれらの国内外への影響は、視聴者が退屈するので取り上げない。

そんな状況を嘆く私に、ある著名人が、「そんなニュース専門放送局の番組を観ていてもフラストレーションをおぼえるだけだから、思い切って観るのをやめた。そしたら、毎日の幸福感が上がった」とアドバイスしてくれた。

だからといって、彼らが情報に背を向けたわけではない。
彼らは、ニュース番組を観るかわりに、ニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙、ボストン・グローブ紙、ウォール・ストリート・ジャーナル紙、フィナンシャル・タイムズ紙、アトランティック誌、エコノミスト誌、マザー・ジョーンズ誌などの新聞や雑誌を購読している。

2015年にアカデミー賞の作品賞を受賞した『スポットライト 世紀のスクープ』を観た人なら、権力と戦うために地道に取材を続ける記者を応援する重要性をわかってくれるだろう。

ボストン・グローブ紙の「スポットライト」チームがカトリック教会に蔓延していた小児の性虐待を暴露した経緯を描く映画だ。ボストンではカトリック教会の力が強く、すべての組織に影響力を持っている。2002年当時にボストン・グローブ紙でこの記事を読んだ私は、「ボストンでこんな記事を書くなんて、どれほどの敵を作ったことか。すごいガッツだ!」と驚き、尊敬の念を抱いたものだった。

「ポスト真実」時代の読者は、捏造ニュースを嗅ぎ分けたり、センセーショナリズムに走るニュース番組を批判したりするだけではいけない。良質のメディアを積極的に守るのも、読者としての責務だと私は思っている。

予備選からはじまる長い選挙と、この一大イベントから見えてくるリアル・アメリカの最新レポート。

この連載について

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アメリカはいつも夢見ている

渡辺由佳里

「アメリカンドリーム」という言葉、最近聞かなくなったと感じる人も多いのではないでしょうか。本連載では、アメリカ在住で幅広い分野で活動されている渡辺由佳里さんが、そんなアメリカンドリームが現在どんなかたちで実現しているのか、を始めとした...もっと読む

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s_katsuki 良質のメディアを積極的に守るのも、読者としての責務だ 約3時間前 replyretweetfavorite