「みんなで踊る」がブームになった時代
音楽に「参加する」というのは、何もライブの現場だけで行われていることではない。曲に合わせて「みんなで踊る」ことがムーブメントを巻き起こし、そのダンス動画がYouTubeに投稿されることで長く愛されるヒット曲が生まれたというのも、10年代の音楽シーンの大きな特徴の一つである。
その代表例はAKB48「恋するフォーチュンクッキー」だろう。2013年の選抜総選挙で初めて1位になった指原莉乃がセンターをつとめたこの曲は、CDの売り上げ枚数では上回る他の数々の楽曲を差し置いてカラオケ年間チャートで上位に入るなど、グループ屈指の人気曲となっている。
その原動力になったのがダンス動画だった。きっかけは、通常のミュージックビデオに加えて、裏方のスタッフが様々な場所でダンスを踊る「STAFF Ver.」の動画がYouTubeの公式チャンネルに投稿されたこと。
パパイヤ鈴木の手によるキュートでわかりやすい振り付けが受け、ファンがそれを真似した動画を次々と投稿した。企業や自治体の職員がそれぞれの持ち場で踊るオリジナルバージョンも制作され、それがAKB48の公式チャンネルで配信されたことで、ブームはさらに拡大した。
同じく2013年には、やはりダンス動画をきっかけにした世界規模のヒット曲が生まれている。それがファレル・ウィリアムスの「ハッピー」だ。映画『怪盗グルーのミニオン危機一発』のサウンドトラックのために作られたこの曲は、ミュージックビデオの公開直後から、本人の予想すら大きく上回る社会現象を巻き起こした。世界中の様々な場所の人々がこの曲に合わせて思い思いにダンスを踊る動画が大量にYouTubeに投稿され、それが日本にも伝播した。
2014年に入ってもブームは続き、彼のソロアルバム『ガール』のヒットに結びついている。
2014年から2015年にかけて大きく広まった三代目J Soul Brothersの代表曲「R.Y.U.S.E.I.」も、やはり火がついたきっかけはダンスだった。メンバーたちが曲中で披露している「ランニングマン」というステップが話題になり、これを真似する動画が各地で投稿された。
ヒット曲が「みんなで踊る」現象から生まれていることも、音楽が参加型のエンタテインメントになっていることの一つの証左と言える。
時間と空間を共有する
音楽に「参加する」というのは、曲に合わせて一緒に歌ったり踊ったりするようなことだけを指すわけではない。
ライブやコンサートの動員が拡大した背景にあるもう一つの重要なポイントは、それが「時間と空間を共有する」体験である、ということだ。
ミュージックビデオがYouTubeに公開されていれば、好きなときに好きな場所でそれを観ることができる。いつでも、どこでも、無料でそれを楽しむことができる。そういうタイプの「コンテンツ」の供給が爆発的に増えたことで、逆に、その時間、その場所でしか体験できない「コミュニケーション」の価値が上がった。それが10年代の趨勢だ。
そして、音楽は本来「コンテンツ」ではなく「コミュニケーション」だ。ライブやコンサートの現場に訪れると、そのことを強く実感する。デジタルメディアを媒介して届けられる情報ではなく、目の前の空気を震わせて伝わる音に、その本質がある。
ツアーであれば公演自体は各地で開催されるが、それぞれの場所で行われるのは、アーティストとオーディエンスとの、1回限りのコミュニケーションだ。だからこそ、生身の人間が目の前に立っていること自体に大きな意味がある。ライブやコンサートが映像パッケージになれば、ステージ上で繰り広げられた歌や演奏自体は後から追体験できる。
しかし、リアルタイムでその熱気を共有することは「その時間、その場所」でなければ行えない。そういう体験の価値が高まっている。
SNSの普及もその趨勢を後押ししている。
たとえばライブやコンサートの終演後には、看板や入り口の前で記念撮影をしているグループをよく見かける。フェスでも、会場の様々な場所にモニュメントが設置され、一緒に訪れた友達同士がその前で写真を撮るのが当たり前の光景になっている。そしてその写真は、ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのSNSを通じて、その場に行かなかった人にも伝わる。
歌や演奏、楽曲そのものだけでなく、そこに付随する様々な要素が、ライブという現場の魅力となっているわけだ。
次回につづく!