こうした中、国は12月19日、返済の必要がない給付型奨学金を来年度以降、支給することを決めました。
親に頼れず、あるいは親に迷惑をかけずに学びたいと借りたはずの奨学金。なぜ、社会のスタートラインに立ったばかりの若者たちが「自己破産」という選択をせざるをえなくなったのか、取材しました。
奨学金に頼らざるえない若者の現実
仙台で保育士をしている美香さん(仮名・29歳)。今年、奨学金600万円(高校・大学)を返すめどが立たなくなり、破産申告しました。
「まさか奨学金で破産するなんて思いもしませんでした」とため息をつく美香さん。
子どもが大好きで、保育士になることを夢見てきた美香さん。しかし、高校時代に父親の事業が失敗し、大学進学どころか、日々の生活さえ困窮していきました。
将来の夢を諦め、自分が働いて家計を支えるしかないと考えていた美香さんに、高校の教師がさとしました。
「奨学金を借りれば進学も可能だよ」
美香さんは、夢を諦めなくてもいいんだと知って、奨学金を借りて保育士の資格をとれる大学に進学することを決めました。
美香さんは、家計を支えるため、昼は働いて、夜に大学に通うという生活を送りました。少しでもお金を節約しようと、成人式の時、友達がきれいな振り袖で着飾っていても、美香さんだけは一人ふだん着でした。
返したくても返せない…自己破産を決断
無事に保育士の資格をとり卒業できた美香さん。しかし、公立の保育園に就職できたが、非正規の枠で雇われたため、月給はおよそ14万円。家賃や光熱費などを支払うと、ほとんど手元には残りません。
そこに待ち構えていたのが、月々5万円という奨学金の返済。美香さんは奨学金の支払が猶予される制度を使って、支払いを延期していましたが、非正規の仕事を続けても年収は一向に上がりません。
「奨学金を返せるめどが立たない。返したくても、返せない」
美香さんは追い詰められていきました。当時、美香さんには結婚を約束した恋人がいましたが、このままでは多額の奨学金によって相手にまで迷惑をかけてしまうことを恐れ、婚約も破棄する決断をしました。卒業してから7年目のことでした。
自己破産をするしかないのか…。しかし、破産をすれば、クレジットカードを作ったり、家や車のローンを組んだりすることができなくなります。美香さんは、悩み抜いた末、破産という道を選ぶことにしました。29歳の春のことでした。
「借りたものは返すのが当たり前だというのはわかっています。私もずっと悩み続け、家族と何度も話しあいました。でも、これしか私には道がなかったのです」
本人の破産で終わらない 破産連鎖の衝撃
しかし、これで終わりではありませんでした。
美香さんが破産をすると、奨学金の連帯保証人となっている父親に、奨学金の支払いを求める請求が移ります。奨学金制度では、本人が破産をすると、連帯保証人や保証人になっている親や親戚に返済が求められる仕組みになっています。
一定の保険料の納付を続ければ、本人が破産すれば、いったん肩代わりしてもらえる機関保証の仕組みもあります。
しかし、奨学金の給付額が実質的に減ることや、制度自体を知らない学生も多く、利用している人は一部です。そもそも、奨学金は親の経済力に頼れないから借りるもので、美香さんの親も失業していました。その親に返済が移れば、破産は避けられません。
「父親を巻き込むことになるなんて…」
言葉を失う美香さん。しかし、それでも終わりにはならない――。父親が破産すれば、保証人をしている親戚の叔父へ、請求が届くことになります。
なぜ増える?奨学金破産
奨学金を借りても返せないという人が、今、増えています。奨学金を滞納している人は32万人に上り、増加の一途をたどっています。
奨学金の問題に取り組んできた労働者福祉中央協議会の事務局長、花井圭子さんは、背景には大学授業料高騰と非正規社員の増加があると指摘します。
「大学の授業料が高騰する一方、親の平均年収が減少し、仕送り額も減っています。そのため、奨学金を借りなければ授業料や生活費を工面できない若者が増えています。その一方で、卒業後、非正規の仕事に就く割合が4割に上り、奨学金を返還する余裕がなくなっています。結果的に、自己破産に追い込まれてしまう人が増えているのでしょう」
親の仕送り額から家賃を引いた「大学生の1日あたりの生活費」は、10年余り前まで2000円を超えていましたが、去年はわずか850円(私大教連調査)。アルバイトをするのは、お小遣い稼ぎのためではなく、生活費をまかなうのが目的になっています。
奨学金破産予備軍の急増
さらに深刻なのは、奨学金を借りても、卒業さえできないまま中退する人が急増していることです。
奨学金だけでは授業料や生活費がまかなえず、アルバイトで無理を重ねた結果、卒業単位をそろえることができないのです。中退すると、就職が難しくなる反面、奨学金の返済は残ってしまいます。
今年の夏、発表された「大学中退者調査」によると、“奨学金を借りた大学中退者”のうち、半数が年収200万円以下(調査・東京大学大学院の小林雅之教授他)。大学を中退すると、さらに奨学金破産のリスクが高まることが分かったのです。
奨学金破産のリスクに直面している1人、2年前、大学4年生の時、中退した貴史さん(仮名・24歳)を取材しました。
今の年収は200万円ほど。高校3年生の時、大学進学を目前に控えた時期に父親がリストラされ、貴史さんは、家計を支えなくてはならなりませんでした。
大学進学後は、奨学金を500万円ほど借りていたが、全く足りず、アルバイトをいくつも掛け持ちして、家計を支え続けました。試験期間もアルバイトを休まず働いたが、それでも授業料が払えなくなり、大学4年の秋、中退せざるをえませんでした。
中退後、毎月の手取りは18万円でボーナスはなし。そこから毎月10万円を親に生活費として渡しているため、奨学金を返済する余裕がありません。
しかし、奨学金の返還を求める通知は繰り返し届きます。当面、支払い猶予しているが、その期限も10年間。その間に返せなければ自己破産しかありません。
「なんで自分だけがこういう目にあうのかと、親を恨んだこともあります。でも、もう人のせいにするのはやめようと思いました。結局、自分で自分の尻をふくしかないんです。誰も助けてくれない」
そう言ったあと、貴史さんは達観したように言葉を継ぎました。
「奨学金の返済も大きな人生の勉強代だと思うようにしました」
夢をかなえようと奨学金を借りて進学した大学を中退――結局、就職のハンディと、さらに奨学金の返済という重い荷物を背負わされた、再出発――その過酷さを「人生勉強」と語った貴史さんは、もはや夢を語る気力も失われていました。
国は12月19日、返済の必要がない給付型奨学金を来年度以降、支給することを決めました。
給付の対象は低所得世帯の学生のうち、高校が推薦し、一定の成績を収めた学生など、およそ2万人。
新たな制度について、専門家は「大学の授業料は非常に高く、今回の制度では給付対象も金額も十分ではない。奨学金の充実を図るとともに、授業料の見直しも必要だ」と指摘しています。
このテーマについては、12月19日(月)夜7時30分放送の「クローズアップ現代+年末SP」でお伝えする予定です。
http://www.nhk.or.jp/gendai/
- 報道局社会番組部
- 高橋裕太 ディレクター