ファンクなJ-POPの新しい流れ
柴那典(以下、柴) そろそろ2016年を振り返る時期になったと思うんですけど、やっぱり星野源さんの活躍は欠かせないと思うんです。
大谷ノブ彦(以下、大谷) まさに! 前に「J-FUNK」の話をしましたけど、それだって、明らかに去年に出た星野源さんの『YELLOW DANCER』から発展したシーンですからね。
柴 そうですね。ファンクやディスコをもとにしたJ-POPの新しい流れが生まれたのが2016年だった。
大谷 柴さん知ってます? それもあって、ここ最近UNCHAINの人気がぐんぐん上がってきてるんです。
柴 へえ。もともと玄人好みのソウルフルなバンドでしたよね。
大谷 それが、今、10代とか20代の若いファンがどんどん増えてるんですよ。そういう子に「どこから好きになったの?」って聞いたら、全員が「椎名林檎のカバー」って言っていて。
柴 へえ! 椎名林檎がきっかけなんだ。
大谷 UNCHAINは3年前くらいに『Love & Groove Delivery』ってカバーアルバムを出してるんですけど、そこに入ってる「丸の内サディステイック」のカバーが素晴らしいんですよ。
大谷 去年に出た第3弾では「本能」をやってるんですけど、これがまたいい。
柴 いいなあ。こうして聴くとまさにソウル・ミュージックですね。
大谷 世界的にも、ここ数年、ファレル・ウィリアムスとかブルーノ・マーズとか、ファンクやディスコのリバイバルが続いてきましたよね。それがちゃんとJ-POPとつながって若い子に届いてる。
柴 ブルーノ・マーズも新作『24 K・マジック』がきましたね。
大谷 いやあ、もう最高よ、これ! 柴さん、見ました? 着物来たおばあちゃんがこの曲をノリノリで踊ってるの。
柴 うわ! これはヤバいですね。キレキレだ。
大谷 そういう2016年の日本のムードを生み出したのが星野源さんの『YELLOW DANCER』だったわけですよ。でも、秋に出た「恋」を聴いたら、「あれ? 全然違うやん!」ってなって。
柴 そうそう、ディスコとかファンクとか、そういうテイストとは全然違う。
大谷 あの曲、BPMがめっちゃ速いんですよ。測ってみたらBPM165くらいある。
柴 速いですよね。しかもそのことにちゃんと自覚的で。星野源さんがインタビューで言ってたんですけど、もともとのデモはBPM130くらいだったんですって。でもそれがしっくりこなくて、試しにテンポを上げてみたらこうなったって。
大谷 でも星野源さん、これまで、ことあるごとに「ダンス・ミュージックというのはみんながそろって踊るってことじゃない」と言ってきましたよね? 「自由に踊る」ということを根付かせたいって。でも、この曲、バッチリ振り付けじゃないですか!(笑)
柴 ははははは!
大谷 しかも「恋ダンス」、ガッキーも踊ってめちゃくちゃバズってるやん!
柴 こないだは藤井隆も踊ったし、合計再生回数4000万回超ですって。
大谷 星野源、どれだけ天才か!って話ですよ(笑)。
柴 「恋ダンス」はMIKIKOさんの振り付けも大きいですよね。
大谷 Perfumeのコレオグラファーをやっている方ね。実は星野源さん、アルバム『YELLOW DANCER』のツアーの最後にやってた曲が「時よ」だったんですよ。あれも振り付けのダンスがある曲で、やっぱり振りつけがMIKIKOさん。
柴 ちゃんとそこからもつながっている。
大谷 しかも一曲ごとにどんどん進化してるっていうね。本当にすごいですよ!
柴 実際、星野源さん、インタビューで言ってましたからね。去年の『YELLOW DANCER』でやったことでシーンが切り替わった。それはうれしいし、誇らしいけれど、自分はさっさと次に行こうって。
師・細野晴臣の想いを繋ぐ星野源
大谷 もともと星野源さんが細野晴臣さんのことをリスペクトしてるのは有名な話ですけど、「恋」には細野さんがソロ時代にやっていたオリエンタルな感じも入ってますよね。
柴 そうそう。細野さんは70年代に『トロピカル・ダンディ』『泰安洋行』『はらいそ』の「トロピカル三部作」というのを作っているんですけれど、あれはマーティン・デニーという1950年代のアメリカのミュージシャンがやっていた「エキゾチカ」という音楽に影響を受けたもので。そして、星野源さんのルーツをたどっていくと、実はやっぱりそこに突き当たる。
大谷 最初にやってた「SAKEROCK」というバンドの名前だって、マーティン・デニーの曲名から来てるって話ですもんね。
柴 だから、細野晴臣さんと星野源さんって、同じマーティン・デニーに影響を受けた師匠と弟子みたいなところもあるわけなんです。
大谷 しかも今年は一緒にライブをやったんでしょう?
柴 そうそう。その『泰安洋行』が出た76年以来40年ぶりに横浜の中華街で細野さんがライブをやったんですけれど、そこにゲスト出演して。その時に細野さんが星野さんに一言「未来をよろしく」と言ったらしい。
大谷 くぅー! いい話だなあ。
柴 しかも、それを受けて、星野さんもちゃんと「Continues」というアンサーソングを作るんですよ。〈君の想いを繋ぐ〉と歌ってる。
大谷 いやあ、最高!
柴 「恋」は歌詞もポイントなんですよね。そこから語るべきことがたくさんある。まずサビに〈夫婦を超えてゆけ〉というキラーフレーズがあって。
大谷 そう! このフレーズはヤバいよね!
柴 星野さん自身、〈夫婦を超えてゆけ〉ってフレーズが思い浮かんだ瞬間に「これだ!」って思ったらしいです。というのも、もともとこの曲は『逃げるは恥だが役に立つ』というドラマの主題歌として書いた曲なわけですよね。契約関係として夫婦を始める、そういうドラマのストーリーに合わせたものである。
大谷 だから〈夫婦を超えてゆけ〉ってね。
柴 だけど、このフレーズって、今の時代のラブソングを書くために必要な言葉でもあるんですよ。夫婦じゃなくてもいい、カップルじゃなくてもいい、どんなあり方でも恋は成立するっていう。つまり、宇多田ヒカルさんが「ともだち」で同性愛をモチーフにした曲を書いたことにもつながる。
大谷 なるほど。結婚とか男女同士とか、そういう形式を超えろってことだ。
柴 そういう意味で、多様な恋愛の形を歌っている曲とも言えるわけです。
大谷 こないだフランク・オーシャンの『blonde』の話をしたじゃないですか。今年の洋楽のベスト3に入るって。
柴 しましたねえ。宇多田ヒカルさんの『Fantôme』の話にもつながってる。
大谷 彼って、2012年に自分がゲイであることをカミングアウトしたじゃないですか。
柴 してましたね。
大谷 それまで、ヒップホップとかR&Bの界隈では、自分がゲイであることをカミングアウトするなんて、最大のタブーだったわけですよ。でも、あのあたりからアメリカ全体が変わりはじめた。NBAとかのスポーツ選手もカミングアウトするようになったり、レディ・ガガがLGBTの権利拡大を訴えてオバマ大統領に会ったり、マックルモア&ライアン・ルイスのグラミー賞の授賞式で同性同士の結婚セレモニーが行われたり。そういう意味でも、フランク・オーシャンの果たした役割は大きかったと思うんです。
柴 まさにそうですね。ここ数年アメリカの社会って大きく動いていて。一方にはレディ・ガガが象徴するような、LGBTも含めてすべての人が自由に、多様に生きていくべきだという考え方がある。ミレニアル世代の多くの人はこっちを支持している。
大谷 ここ数年でまさにそうなってきたと思います。
柴 でも一方で、トランプとティーパーティーが象徴するような「反ポリティカル・コレクトネス」の動きがある。そういう政治的な正しさなんて、もううんざりだ、という。それもすごく力を増してきている。2016年の大統領選はそういう二つの価値観のぶつかり合いだった。僕はこの一年、アメリカは内戦状態だったと思ってるんです。
大谷 最後まで二つが拮抗してましたよね。ヒラリーさんも、なんと言うか、もうちょっといい人がいたんじゃないかなって思うけど。
柴 でも、僕は最終的にミレニアル世代が勝つと思ってますよ。自由な生き方を求める若い世代が、将来的には力を持つようになっていくと思います。
大谷 そうそう、星野源さんの「恋」に話が戻るんですけど、あれだけ〈夫婦を超えてゆけ〉って歌ってるのに、最後は〈二人を超えてゆけ〉〈一人を超えてゆけ〉になってる。そこもすごいですよね。
柴 そこが星野源の天才たるゆえんですよ。これもインタビューで言ってたんですけど、〈一人を超えてゆけ〉って言うのは、相手が二次元のキャラクターでもいいじゃないか、恋の対象が人間以外でもいいじゃないかっていうことらしい。そこまで多様性を許容している。
大谷 なるほど! それもアリなんだ!
柴 オタクでも腐女子でも別にいいじゃん、ってことですよね。
大谷 二次元キャラに「俺の嫁」とか言ってる人なんてたくさんいますもんね。そういうのを変だと言ってる時代じゃない、と。
柴 なぜなら、ちゃんと歌詞に〈虚構にも 愛が生まれる〉と歌っている。
大谷 形とか枠組みより、恋をしているドキドキ感の方が大事なんだ!ってことですよね。ほんとそう思うな。今はテレビで見せてる「いい家族像」なんて一つしかないけど、これからの時代は家族にもいろんな形があるっていうのを見せていかないといけないと思う。
柴 しかも「恋」は別に説教くさくないですからね。多様性を認めていくのは僕も超大事だと思うんですけど、さっき言ったみたいに「反ポリティカル・コレクトネス」のムードが生まれちゃうのはなぜかって言うと、そこに上から目線の押しつけがましさがあるからだと思っていて。それに比べると、星野源のやっていることは、そういうのが一切ない。楽しさしかない。
大谷 そうなの! 楽しいのが最強なのよ!
柴 そういう意味でも、トランプよりもクリントンよりも、星野源が最強だなって。
大谷 たまんないね! それに星野源さん、この「心のベストテン」見てくれてますもん。夏フェスの時にわざわざ楽屋まで来てくれて。「大谷さん、柴さんとの心のベストテン、見ましたよ! 僕のことをあんなに的確に語ってくれてありがとうございます!」って。
柴 やった! うれしいなあ。
大谷 どんだけいい男なんだよ、っていうね。
構成:柴那典