怒髪天、フラカン、コレクターズ…全盛期を更新する「遅咲きバンドマン」たち

「ダブルミリオン」や「トリプルミリオン」なる言葉も飛び交い、音楽産業が最も好景気を謳歌していたメガヒットの90年代。それから20年、音楽シーンに広がる新たな光景とは?
音楽ジャーナリスト・柴那典さんがその実情と未来への指針を解き明かす新刊『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)。その内容を特別掲載します(毎週火曜・木曜更新)。

「ブームはいつか終わるもの」だった90年代

 当たり前のことに思えるだろうか。
 しかし、90年代には決してそんなことはなかった。

 100万枚を超えるセールスを果たしたミリオンヒットの楽曲が連発され、「ダブルミリオン」や「トリプルミリオン」なる言葉も飛び交い、音楽産業が最も好景気を謳歌していたメガヒットの時代。それは、一方で、ミュージシャンにとっては明日の見えない時代でもあった。

 ロックバンド「筋肉少女帯」のボーカリストとして一世を風靡した大槻ケンヂの自伝的小説『リンダリンダラバーソール』には、その時代の空気が如実に描き出されている。80年代末から90年代初頭のバンドブームの狂騒を、その渦中にいた当事者の目線で描く一冊だ。フィクションではあるが、当時脚光を浴びたミュージシャンたちが実名で登場する。

 90年代、日本には空前のバンドブームが訪れていた。原宿駅前の歩行者天国(ホコ天)でのアマチュアバンドの演奏がテレビや雑誌で取り沙汰され、『三宅裕司のいかすバンド天国』(イカ天)という番組が人気に火をつけた。小さなライブハウスに立っていたバンドマンがある日突然スターとなり、訪れたブームに舞い上がり、翻弄される。そしてある日突然、波が引くようにそのブームが消滅する。

 武道館公演を成功させたばかりのバンドが、次のツアーを発表したところ、全会場で10分の1も券が売れず、ツアー総てが中止となる、などというような異常事態がアチコチで発生するようになった。  某バンドをホールに見に行ったところ、数千人入る会場に客は100人もいなくて、開き直ったメンバーにステージから〝出席〟を取られたこともあった。 (大槻ケンヂ『リンダリンダラバーソール』メディアファクトリー)

 同書には、当時のヒットが一過性の熱狂でしかなかったことが生々しく描かれている。
 バンドブームだけではない。90年代は、次々と社会現象的なヒットを生み出しては下火となっていくアーティストが、毎年かわるがわる現れるような時代だった。ドラマやCMとのタイアップから火がつき、カラオケでそれを歌うためにシングルCDが飛ぶように売れるものの、あっという間にその波は去っていく。

 人気はいつまでも続かない。それが当時の常識だった。

「遅咲きバンドマン」が武道館へ

 そこから20年あまりが過ぎ、バンドブームを巡る状況はどう変わったか。
 その変化を象徴するような存在が「人間椅子」だ。

 和嶋慎治(ボーカル/ギター)を中心に結成され、1990年にメジャーデビューした3人組ロックバンドの彼らは、前述のバンドブームの最盛期に『イカ天』に出演し一躍人気となった。特異なキャラクターもあいまって一気にブレイクを果たすが、その後人気は急降下。メジャーレーベルとの契約も失い、音楽だけでは食っていけない現実に直面する。

 しかし、そんな苦闘の時期が続いてきた人間椅子は、10年代に入り、結成25周年を経て再ブレイクを果たしている。長年鍛え上げてきた演奏とパフォーマンスが動画投稿サイトやソーシャルメディアで話題を呼んで徐々に動員を増やし、2015年にはデビュー以来23年ぶりとなる渋谷公会堂でのワンマンライブを実現させた。

 バンドブーム時代から交流のあった大槻と和嶋は、筆者の取材に対し、その変遷をこんな風に振り返っている。

和嶋 僕も30代は本当に苦しい時期でした。それが厄年まで続きました。一番大きな理由は売れなくて、バンドじゃ食えなかったこと。ちゃんと定期的にアルバムを作っていたんですが、それでは生活もできず、アルバイトを10年以上続けていて。でも末端の力仕事ぐらいしかないし、だんだんキツくなってくる。30代半ばで「もう就職したほうがいいのかな」って考えもよぎりました。
(中略)
大槻 (引用者注・今は)お互いにすごくいい流れのなかでやれていますよね。ほかにも今は50近いロックミュージシャンが頑張っているし。怒髪天も結成30周年で武道館をやったし、フラカンの武道館も決まった。オジさんがロックバンドで頑張っている姿が、ちょっとでも皆さんに明るい希望を与えられたらいいな、と。 (『SPA!』2015年4月14・21日合併号、取材は筆者)

 ここで大槻が挙げている二つのバンド「怒髪天」と「フラワーカンパニーズ」(通称フラカン)も、やはり90年代にデビューしたものの、ヒット曲に恵まれずメジャーレーベルとの契約を失ったバンドだ。

 怒髪天は北海道出身の4人組パンクバンド。1991年にメジャーデビューを果たしたが、大きなヒットを飛ばすことなく1996年に活動を休止する。
 しかし1999年にインディーズで活動を再開した彼らは2004年に再びメジャーレーベルに復帰。その後じわじわと支持を広げ、2014年には結成30周年を記念して「デビュー最遅」での武道館公演を成功させた。
 ボーカル/ギターの増子直純は様々なインタビューで「バンド全員がバイトを辞めて音楽一本で食えるようになったのは40歳を過ぎてから」と語っている。つまり00年代後半のことだ。

 フラワーカンパニーズは名古屋出身の4人組ロックバンド。1995年にメジャーデビューするも、やはりヒット曲には恵まれず2001年に契約終了となる。しかしその後彼らは全国各地のライブハウスを回り、ロックフェスへの出演を通して徐々に人気を増していった。そして2015年にはデビュー20周年を記念して初の武道館公演を実現させた。

 その流れはさらに続いている。2017年には、デビュー30周年を迎えるザ・コレクターズがやはりキャリア初の武道館公演を開催する。

 こうして、ヒットには無縁ながら徐々に動員を増やしてきた「40〜50代の遅咲きバンドマン」が武道館のステージに立てるようになった。

 90年代のメガヒットの時代、00年代の市場縮小期を経て、粘り強く活動してきたベテランバンドが全盛期を更新し、元気に活動している状況は、10年代の音楽シーンを象徴するもう一つの現象と言っていいだろう。

次回につづく!

2010年代の重要音楽トピックを総ざらい!

この連載について

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ヒットの崩壊

柴那典

「心のベストテン」でもおなじみ音楽ジャーナリスト・柴那典さん。新刊『ヒットの崩壊』では、アーティスト、プロデューサー、ヒットチャート、レーベル、プロダクション、テレビ、カラオケ……あらゆる角度から「激変する音楽業界」と「新しいヒットの...もっと読む

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コメント

swing_air_music ザ・コレクターズ30年だもんなあ・・(しみじみ)。。 約2時間前 replyretweetfavorite

consaba 柴那典「人気はいつまでも続かない。それが当時(90年代)の常識だった。」 約2時間前 replyretweetfavorite

poitan 怒髪、フラカンの前に人間椅子がでてくるから檀家さんは読んだ方がいいと思うよ 約3時間前 replyretweetfavorite