原作者・大塚英志さんとの出会い
—— そもそも田島さんが『多重人格探偵サイコ』(以下、『サイコ』)の原作者である大塚英志さんと初めてお会いしたのっていつ頃なんですか?
田島昭宇(以下、田島) 俺がデビュー前に初めて持ち込みした時の、最初の担当が大塚さんだったんです。二十代のはじめごろかな。
—— 田島さんがデビュー前となると、お二人はかれこれ30年近くの付き合いということになりますね。
田島 ねえ、長いですよねえ。でも、ここ10年ぐらい会ってないですよ。この間すごく久々に、偶然会ったのは京都で。サイン会の時に京都駅前のビジネスホテルに泊まったんですけど、次の日の朝、俺と担当さんで朝飯食いに行こうって歩いてたら交差点で大塚さんとバッタリ会いました。
—— その時は何かお話はされたんですか?
田島 子供生まれたんだろって言われて、軽い話を少しだけしましたね。大人の話というか当たり障りのないようなことを。漫画のことは全然話してない(笑)。
—— おお、そうなんですね。出会われた当初の大塚さんの印象って覚えてますか?
田島 う〜ん、フリーの編集者ってこんな感じなんだっていうか。大塚さんはたしか白夜書房と徳間書店ともう一社でフリー編集者をやってたんですよ。
—— 持ち込みはどの出版社にされたんですか?
田島 最初は白夜書房に持ち込みに行きました。そこで大塚さんに会って初めての担当編集者になって、それから大塚さんに呼ばれるようにして徳間書店の方に行くようになったんです。
—— 最初に白夜書房に持ち込みをしたのはどうしてだったんですか?
田島 俺は専門学校辞めてすぐだったんだけど、その頃、白夜書房ですごくマイナーなコミックがあって、すぐに仕事もらえるかなって思って。
—— そこからお二人の関係性が始まっていったんですね。『サイコ』は『魍魎戦記MADARA』(以下、摩陀羅)同様に、大塚さんが原作で作画が田島さんでクレジットされています。
19年同じ漫画を描き続けてこられたお二人の名前が並んでいると、なんか歴史みたいなものを感じます。
田島 すごいねえ。でも、微妙な気持ちもあったりして。愛憎関係っていうんでしょうか。しょうがないです。複雑というか、この長い時間の中でいろいろありましたから。
—— 一概に原作者、編集者と漫画家とは括れない関係ということでしょうか?
田島 たくさんお世話になっていて感謝してるのはもちろんあるんだけど、漫画のことで原作者と漫画家として何度も衝突したりとか、長く付き合っていくと避けられない人間同士のぶつかり合いだったりはあったので。やっぱり、愛憎関係ってのが一番しっくりきますね。
物語が分離していった先で
—— 『サイコ』は読んでいてすごいスピード感がありました。物語が進んでいく時間の流れは全編を通してかなり起伏があると思うのですが、どう意識されてましたか?
田島 時間の流れですか。十何巻からは大塚さんの書いていたシナリオから外れていったんです。そこからだと時間で見ると数日のことだったりします。そこから十巻ぐらい引っ張った感じになりました。
—— 野球漫画の1試合が何巻もあるというような。
田島 そうそうそう、本当そんな感じになっていきました。本当は映画みたいにコンパクトにまとめたかったけど、長く続いたので連続ドラマみたいな感じになっていきましたね。
—— 物語が大塚さんの原作から離れて、田島さん独自の筋になっていったのは、具体的にどのあたりからでしょうか?
田島 11巻か12巻辺りからですね。
—— では、11巻『デッドマン☆ギャラクシー☆デイズ』の過去編あたりからですか。
田島 その辺りですね。その次の巻の1話ぐらいからは完全に大塚さんの書かれていたシナリオとは分離していきました。でも、話の流れはもうまったく違うんだけど、大塚さんの書いてくれたシナリオの使える部分やパーツを少しずつ変えたりして、分離した話の中にハメていって物語を進めていきました。
—— 途中、『摩陀羅』を彷彿させるキャラクターが出てきましたが、それは大塚さんのシナリオにあったものだったんですか?
田島 そうですね。でも、最初に大塚さんが「犬山犬彦」っていう『摩陀羅』を連想させる名前を出してきた時は、この名前じゃなくてもいいんじゃないですかとは言いました。
—— ファンとしては「犬山犬彦」という名前が出てくるってことは『摩陀羅』シリーズとつながるのかなと期待してしまいました。
田島 うん、やっぱり期待しちゃうよね。だから、『サイコ』っていう作品のクオリティが下がってしまうような気がしたから、俺はこういうスターシステム※みたいなことはやらないほうがいいと思った。
※スターシステム:作家が生み出したキャラクターを複数の作品に起用することで、作品世界がつながっていることを示唆する仕掛け
—— 『サイコ』が『摩陀羅』サーガの一つになってしまうという懸念のような?
田島 そうですね。
—— 『サイコ』は『摩陀羅』の枝葉ではなく、独立した作品として田島さんは描きたかったということですか?
田島 はい。それは大塚さんに直接聞いて、『摩陀羅』の続きっていうつもりはないっていうことはちゃんと言ってもらったので、そこである程度納得して、遊びとしてこの名前でいこうってことになりました。
一つの漫画ができる過程における可能性
—— 大塚さんのシナリオのパーツを、田島さんが描いていく物語にハメていったと先ほどおっしゃいましたが、大塚さんの書かれていたシナリオの方に寄せていくことは考えなかったですか?
田島 分離していった展開で描いていると、俺の方のイメージが膨らみ過ぎちゃった部分があって、その流れ以外に描けなくなっていくというか、描いていて楽しくなくなるというか。となるとこう進んでいくのがベストだろうって自分が判断して描いていくようになるので、それは難しかったですね。
—— なるほど。その時にはもう田島さんの中には、描かれている作品の世界観が完全に芽吹いていて、キャラクターがきちんと存在しているわけですよね。こいつだったらこの台詞は言わないなとか、こうは動かないとか。
田島 そうですね。だいたい俺の中のバランスがあって、起承転結の結に向けて必要なパーツをハメながらいくとどうしても固まっていくので。
『サイコ』は「雨宮一彦」を保管するという判断を俺がして、大塚さんのシナリオとは分離していってしまったから、自分の生理やバランスを中心に展開させていくしかなかったです。
—— 先ほど笹山徹がひと事件解決する終わりだったと言われていたのですが、その部分のパーツは使われていませんでしたね。
大塚さんの意図はいつも傍観者でしかない笹山に当事者になって、物語にカタをつけさせたかったのかなと思うのですが。
田島 そこは物語の枝葉が完全に分かれたので使えなかったですね。
—— たとえば4巻での渡久地菊夫の都庁ジャックにおけるテロの生同時配信だとかは、現在のネット社会を予見しているようでした。
田島 ありましたね。
—— 美和がハイジャックした飛行機を船にぶつけようとする際に、犯人の一人が原発にぶっこめばいいじゃんっていう台詞なんかも。
田島 当時はそうでしたね。飛行機のハイジャックは後追いで現実でも起こったんで、偶然というか。世田谷一家殺人事件モチーフはこっちが現実をトレースするような感じで追いかけた形になりました。
ちょっと神がかったような作品とか、周りですごいって言われている作品って、だいたい後追いでリアルの方が追いかけてくるってのはありますね。
—— 読み返すとこれって今のマイナンバーのことじゃないかっていう台詞とかも出てきていました。10年前だとそんなことあるわけないじゃんって思うようなことが現在だと起きつつあったりします。
田島 その辺りはやっぱり大塚さんのシナリオとかにあった部分です。そういうものがあると物語に説得力が出てくるので助かりましたね。
原作者と漫画家という2つのオリジナル
—— 一般的には、原作を書いている人が作品の設定や世界観を作っていっている認識があると思います。ただ、漫画というジャンル、こと『サイコ』という作品においては田島さんが描く絵でなかったら僕らが読んでいる『サイコ』ではありえませんでした。
本当に原作者と漫画家というオリジナルが二つあったという。この作品はオリジナルとコピーを巡る物語ですが、オリジナルが二つあったままではいられなかったという感じがします。
田島 そうかもしれないですね。『サイコ』という作品において、原作者の大塚さんの人格と俺の漫画家としての人格があったという感じですね。手前味噌かもしれないけど実際に俺が描かないとここまで続かなかったと思います。
—— 田島さんは原作と作画、どちらが主導権を握るべきだと思いますか?
田島 うーん、漫画に関して言えばですけど、原作が文章の場合は漫画家の方が主導権を取らざるをえないです。
でも、今はネーム原作っていうのがあるのでその場合はフィフティーになったり、ネーム原稿の方に重きや比重がいったりすることはあると思います。
—— ネームやコマ割りがあるとないのではまったく比重が違いますか?
田島 やっぱり漫画なのでそうなりますね。めちゃくちゃいい原作があってもそれを進歩させちゃうのも漫画家だし、ダメにしちゃうのも漫画家なんです。
—— いかに素晴らしい原作のシナリオが書かれてきたとしても。
田島 原作がどれだけ素晴らしくても、漫画を描く人がダメだと、本当にダメな作品になってしまうでしょうね。
—— なるほど。漫画というパッケージの繊細さも感じつつ、多様な可能性も感じるお話ですね。
田島 今日ここまでぶっちゃけて話すのも、漫画制作のコラボレーションとして、『サイコ』みたいなやり方や、結果もあるということを漫画家になりたい子とかに、知ってもらいたいという気持ちもあります。
—— 今回のインタビューのお願いをした時におっしゃっていましたね。
田島 一つの漫画ができる過程において、いろんな筋道や可能性があるということですね。だから、大塚さんの俺が採用しなかったシナリオとかもみんなに見てもらいたいという気持ちもありますね。それはそれだと思うので。
—— そういう意味では、この作品も物語として生きのびる上で、必然の選択の積み重ねだったとも言える気がします。
田島 これが成功なのか失敗なのかはわからないけど、必然ではあったと思いますね。
これからの漫画家・田島昭宇の活動について
—— 今月から「スペースカイマン」でカラー原画展がありますが、その後の漫画を描く予定とかお仕事とかで決まっていることはありますか?
© Sho-u TAJIMA,OTSUKA Eiji Jimusyo
田島 『サイコ』のカラー画集が角川書店から出て、今回の原画展があります。そのあとは来年、『摩陀羅』が30周年なので、以前出ていた『摩陀羅』の画集を再構成した新しい画集とコミックの愛蔵版が出る予定です。
そのあとになると思いますが、『サイコ』の愛蔵版も出します。『摩陀羅』愛蔵版の装丁とかも同じような感じにして統一するかもしれないですね。
—— 新しい漫画も始める予定はあったりされますか?
田島 その準備も少しずつしています。あとは今まで色々と描いてきた装丁イラストとかカバーとか別々のイラストをまとめた画集も出す予定もあります。
—— 来年は新しい形になった本を読者に届けるという感じですね。
田島 本当は今年だったんだけど、いっぱいいっぱいでダメでしたね。
—— それは『サイコ』が終わったからですか?
田島 はい。『サイコ』の愛蔵版とかは一巻ごとに10ページ以上は描き下ろしも、追加シーンも入れたりしたい、それを目標にしたいですね。
最初の巻は書き足しや書き直しですごいページ数になると思います。それを10年ぐらい前からやっているんですけど。
—— もう始めてたんですか!
田島 そうなんですよ。10年ぐらい前にちょっとずつやってたのがずっと止まっていて、そこから10年経った今、さらにそれに加筆しているっていう(笑)。
—— 愛蔵版で書き足したりしたら物語を変えたくなったりはしないですか?
田島 そんなことをやりだしたらヤバイじゃないですか、あと10年ぐらい終わらない(笑)。
(おわり)
聞き手:中島洋一・碇本学 構成:碇本学
好評開催中!
田島昭宇カラー原画展 -LOVE GOD MURDER-
2016年11月12日(土)~11月28日(月)
『多重人格探偵サイコ』のカラーイラストを1冊にまとめた豪華画集