『君の名は。』はミュージカルである
大谷ノブ彦(以下、大谷) 『君の名は。』、本当にすごいことになりましたね。
柴那典(以下、柴) ね! 正直、公開当時には僕もここまでの現象になるとは思ってなかった。
大谷 作ってる側も予想外だったみたいですね。最初の目標は興行収入15億だったらしい。
柴 それがお正月までのロングラン上映が決まったらしいですし、興行収入も200億円を超えると言われている。
大谷 柴さんは『君の名は。』をどう観ました?
柴 僕はこの映画、ある種のミュージカルだと思うんです。
大谷 へえ! ミュージカルですか。
柴 物語と音楽が一体となってストーリーが進んでいくじゃないですか。
大谷 たしかに。「前前前世」とか「スパークル」とか、ここぞ!というシーンでRADWIMPSの曲がかかる。
柴 そうそう。その曲がかかることによって物語がドライブする。そういうところがミュージカルだなあと。
大谷 なるほどね。
柴 これだけヒットしてるのにもかかわらず、僕の周囲では『君の名は。』は賛否両論なんです。「全然楽しめなかった」という人もいる。そういう否定的な意見を言う人に「どこがよくなかったんですか?」と聞くと、大多数の人が「物語のツジツマがあってない」と言う。
柴 僕もそういう指摘はわからないでもない。でも僕は、音楽が“ツジツマ”の代わりになっていると思うんですよ。
大谷 なるほどね。以前、黒沢清監督とお話しした際に教えてもらったんですけど、監督が影響を受けた映画にテオ・アンゲロプロスの『旅芸人の記憶』という映画があるそうなんですね。その中で登場人物が楽器を演奏しながら歩いていたら、それが時空を超えていきなり何年後かになっているシーンがあるんです
柴 ほほう。
大谷 黒澤さんはその手法にすごく衝撃を受けたそうで。要するに時間軸のツジツマがあっていないんです。でも演出として飛躍させて観客に想像させる。そういうのもエンタメの要素の一つなんじゃないかって思いますね。
柴 まさにそうかもしれないですね。
それに『君の名は。』を時空を越えたミュージカルだと考えるならば、ミュージカルって、たった2年前に『アナと雪の女王』が大ヒットしたばかりじゃないかって思い出したんです。
大谷 そうか! アナ雪か!
柴 アナ雪の「Let it go 〜ありのままに〜」と『君の名は。』の「前前前世」は同じなのではないかと。
大谷 なるほどね。
柴 そう考えると、アニメーション映画と音楽の一つの黄金律がここ数年で更新されているなと思いました。それをディズニーと東宝がやっている、という。
プロデューサー川村元気の手腕
大谷 『君の名は。』に関しては、新海誠監督だけじゃなくて、プロデューサーの川村元気さんも本当にすごいですよね。
柴 そうそう。
大谷 今までの新海誠監督の作品は登場人物のモノローグが多くて、そこが好き嫌いが分かれているところだったのに、今回はそれがかなり少ない。それも川村元気さんが企画に参加したからだと言われている。
柴 監督もインタビューで語ってましたけれど、107分という時間が重要なキーになっていたそうなんですよ。その短い時間に物語をおさめて、いかにその中で観客が退屈させないようなスピード感をキープするかを考えたらしい。だからRADWIMPSの音楽が重要だった。
大谷 新海誠監督とRADWIMPSを結びつけたのも川村元気さんなんでしょ?
柴 そうなんですよ。もともと新海誠監督はRADWIMPSの大ファンだったんだけど、RADWIMPSの野田洋次郎さんと川村元気さんが仲が良くて。で、二人を結びつけて、脚本の初校の段階で「前前前世」ができた。で、その曲を使いながらビデオコンテというものを作っていった。
大谷 ビデオコンテ?
柴 絵コンテの映像版ですね。新海監督は今回その段階で曲や効果音やセリフまでいれて、音でストーリーのリズムを作ったそうなんです。
大谷 へー! しかもRADWIMPSにも「ああしてほしい、こうしてほしい」かなりリクエストをしたんでしょ? でも、それによってバンドの新しい扉が開かれたって本人たちも言っていましたね。
柴 そういう座組みを作れるのがプロデューサーとしての川村元気さんの手腕ですよね。しかもそれだけじゃなくて、『何者』では中田ヤスタカと米津玄師を結びつけた。劇伴を中田ヤスタカが手がけて、主題歌の『NANIMONO』は中田ヤスタカfeat.米津玄師としてリリースされている。
大谷 しかも『怒り』では坂本龍一と2CELLOSを結びつけたというね。
柴 そうそう。そして去年の『バクマン』で大根仁監督とサカナクションを結びつけたのも彼です。
大谷 なるほどねえ。
柴 やっぱり、ポイントは劇伴と主題歌を同じアーティストが作っていることだと思うんですよね。そうすると明らかに映画音楽と主題歌に一体感が生まれる。
これは川村元気さんがプロデューサーじゃないけど、『この世界の片隅に』もそうですよね。
大谷 出た! 『この世界の片隅に』、最高!
柴 のんさんの声と、あの絵柄と、コトリンゴさんの音楽が絶妙にマッチしている。
大谷 フォーククルセダーズの「悲しくてやりきれない」のカバーがオープニングなんですが、スッとその世界に入り込めるのいうかね。説得力が増すんですよね。実はこれ終わってすぐにサントラ買ったんです。『君の名は。』もそうだけど久しぶりですよ、サントラたくさん買ったのは。
柴 映画が終わってからエンドロールで主題歌が流れるのが普通でしたけれど、これらの作品は映画と音楽がより密接に関わり合って一つの体験を生み出している。それがデカいんじゃないかと思います。
高校生が初めて大音量で音楽を聴いたのは『君の名は。』だった
大谷 そういえば僕が『君の名は。』を観た時、たまたま夕方の回だったんですけどね、まわりが僕以外みんな高校生だったんですよ。そうしたら、「前前前世」が流れた瞬間、もう空気がぶわっと変わったのが分かって。
柴 へえ、どんな感じだったんですか?
大谷 僕の隣が男の子と女の子の二人組だったですけど、映画が終わった後にその二人が「ベースの音、ヤバかったね」って言っていて。たぶん、それまで大音量で音楽を聴いたことがない子たちなんですよ。
柴 そうか! それまではスマホかイヤホンでしか音楽を聴いたことがなくて、低音を身体で浴びること自体が初めてだった。
大谷 たぶんライブやフェスも行ったことないんじゃないかな。だから初めて大音量で音楽を聴いたのが『君の名は。』だった。
柴 なるほどなあ。それはすごくいい話だ。
大谷 その二人を見ながら、「いいぞ、いいぞ、これからおまえらフェス行くぜ、なんなら一緒に行っちゃえよ」みたいな余計なおせっかいな的なことを思ったりしてね。
柴 「おまえら、付き合っちゃえよ!」って(笑)。
大谷 そういうのも含めて『君の名は。』の映画体験だなって思うんです。作品論とかももちろん大事だけれども、その現場にある熱気とか、そこでしか感じられない奇跡的な体験も語られていってほしいなと思うんです。
柴 その通りですね。よく映画評論家の方が「この映画は劇場でぜひ観てほしい」と言うじゃないですか。それは劇場は音とか映像のクオリティが高いからということじゃなくて、そこに行かないと味わえないものがあるからだという意味で。
大谷 そうなんです。だから映画館で二人並んで座って映画を見て、感想を言い合いながら帰るみたいな体験そのものが超大事なんですよ。
構成:田中うた乃