織田裕二を見ると緊張する

ドラマ氷河期が叫ばれる中、視聴率二桁で好調を維持する『IQ246』。その主演を務めるのが今回のテーマ・織田裕二です。『東京ラブストーリー』の永尾完治役でブレイクしてから四半世紀、様々な人気ドラマで主役を張ってきた織田裕二ですが、テレビで見るたびに緊張を強いられるという武田砂鉄さん。その理由はいったいなんなんでしょうか。

「お約束のノリの良さ」を約束しない

織田裕二が主演しているドラマ『IQ246 華麗なる事件簿』(TBS系)は、『相棒』と『古畑任三郎』を足して3で割ったようなドラマなのだが、時折、足して2で割った感じに留まることもあるのでチャンネルを合わせている。織田は、群を抜いた頭脳で難事件を解決する法門寺沙羅駆を演じているのだが、貴族の末裔という役どころを意識した独特の抑揚をつけた喋り方がなかなか馴染まない。馴染まないことによって「今回、自分、結構、変わった演技をしています」と踏ん張っている織田裕二自身が前面に出てきてしまい、テレビの前で、その織田裕二濃度を意識せずに役に浸ろうと試みているうちに1時間が経過する。ベテラン俳優ともなれば、当たり役のイメージがいくつも重なっているので同様の現象が起きるはずなのだが、織田裕二はそれをほどくのに、とにかく時間がかかる。というか、自分は1時間費やしている。つまり、費やしっぱなしなのだ。

先週、NHK『あさイチ』に織田裕二が登場すると、『東京ラブストーリー』で織田が演じたカンチの恋人役・リカになりきった有働由美子アナウンサーが番組冒頭から「カンチ~!」「カンチの私を見る目が変わっちゃったんだよ! 変わっちゃったんだよ!」と本気の演技を見せたものの、織田は笑顔で無視。昨今、この手の展開になると「まさかやってくれるとは思わなかった!」と周囲に言わせるノリの良さがお約束になっているが(←それがイイとも思わないけど)、織田は少しも乗っからなかった。織田は、かねてから、特定の役が浸透することを「理想でもあるのだが、弊害でもある」(織田裕二『脱線者』)と語ってきた。「『織田裕二』としてコンサートをしているのに『カンチ~』と声がかかる」「だが、いまステージに立っているのは『織田裕二』だ」と牽制してきた。そんな記載を引っ張って考えると、有働を笑顔で無視した織田は、心底止めてほしいと思っていたはず。

「握手してほしいって顔してるから」握手する

思春期の織田は、自分が何かしらに選ばれてこなかったことがコンプレックスだった。唯一選ばれたのは、幼稚園の「日焼け大会」で優勝したくらいのもの。中学三年生の時にテニス部で副キャプテンを任されると、サボっている部員を見つけてサーブを打ち込むなどしていたというのだが、そういうくすぶりが今改めて語られることは少なく、各媒体のゲスト出演やインタビューでは、彼の人気を決定付けた作品、『東京ラブストーリー』のカンチ、『振り返れば奴がいる』の司馬江太郎、『踊る大捜査線』の青島俊作などの役の印象をほどくところから入る。役と彼がほぼ同一化しており、彼自身の背景や現在の心象に早い段階から行き着けないのだ。

その行き着けない感じに、私たちも付き合っている。付き合っているという言い方が傲慢ならば、馴染ませていただいている。木俣冬『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』に、織田に取材した時のエピソードが載っている。インタビューが終わり、カメラマン、編集者、ライターに握手をした後、織田は部屋を出ようとドアに向かって歩き始めたのだが、ふと振り返ってカメラマンアシスタントに手を差し出す。なぜか。その理由は「だって、(握手)してほしいって顔をしてるから(笑)」。会ったこともないのに、そうそう、いかにも織田裕二っぽい、とか言ってしまいそうなこの感じ。何も知らないのに「熟知してる?」と問われればひとまず頷いてしまう現況。

「笑って構わない」を感じさせない

たとえば藤岡弘、がテレビに出てくると、彼はいつも真剣で、その真剣っぷりをどこまで笑っていいものかの帳尻合わせを制作者と視聴者でおこなう。実際にテレビの中と外で対話などできないのだけれど、自分はテレビの中に向かって「笑っていいんですよね?」と投げかけてしまう。「いいですよ」と直接答えてはくれないが、番組の作りが「はい、どうぞ」と示してくれる。藤岡弘、が今日も真剣であるときに、もはやその真剣を崩そうとする人はいない。真剣でいてくれた方がいい。こっちはその真剣を笑う。慎重かつ大胆なコミュニケーションである。

織田裕二がドラマ以外のバラエティやトーク番組に出ている姿を見かけると、いつもテレビの前で緊張してしまう。その番組の作りなど構わず、とにかく変わらず真面目。どんな俳優でもその番組の作りに合わせてフランクに崩してくれるのが慣例化している昨今、視聴者もすっかりそれに慣れてしまい、崩さない相手に対面すると何で崩さないんだろうと警戒する。むしろそっちの方が無難な態度だったはずなのだが、今や「崩さない」は「融通が利かない」くらいの捉えられ方をしてしまう。一頃前、市原隼人の気合や男気が、「笑っても構わない」とコンセンサスを得た瞬間に大量放出された時期があったが、そういう市原的な、或いは藤岡的な「GOサイン」が織田の場合は少しも出ない。こちらはテレビの前で緊張した面持ちのまま。やっぱり今回もGOサインが出なかったか、と引き下がる。肩が凝る。稀有な事態である。

どうしても緊張が解けない

「いまの若い役者は一概に、欲がない。もっと、欲、出せよ」(前出『脱線者』より)。「はいっ、すみません」と答える。自分、役者じゃないのに。このように距離は近い。緊張する。リカ役で臨んだ有働アナを見て「それはさすがに失礼では……」と瞬時に思ってしまった自分は、そびえ立つ織田裕二がちっともこっちに歩み寄ってくれない存在だと知っている。そびえ立っている場所は近い。

山本高広の織田裕二のモノマネには「似てる!」以上の感覚、凝固したものが解きほぐされていく感覚があったのだけれども、あれは「真剣に受け止めなくても構わない織田裕二」という待望の選択肢を提示してくれたからなのか。面白い以上に、リラックス効果があった。他の大御所俳優やタレントのモノマネを堪能するのとは異なる解放感があった。今回、いつもの連載回以上に感覚的な話になってしまったが、この「織田裕二がドラマ以外の場面で出てくる時、こっちが背負わなければならない緊張感みたいなもの」について問うてみたかったのだ。共感を得たい、というより吐き出したかった。それでも緊張が解けない。肩が凝ったままだ。

(イラスト:ハセガワシオリ


『コンテクスト・オブ・ザ・デッド』(講談社)刊行記念
羽田圭介さん×武田砂鉄さんトーク&サイン会

開催日時:2016年11月19日(土)15:00スタート
開催場所:HMV&BOOKS TOKYO 6階イベントスペース
出演者:羽田圭介、武田砂鉄
イベント券配布店舗:HMV&BOOKS TOKYO 5Fレジカウンター
http://www.hmv.co.jp/st/event/26721/

祝・重版出来!『紋切型社会』の著者・武田砂鉄による新しい時代の芸能評論。

この連載について

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ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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コメント

maruhido 世界陸上の時だけは、少しだけ笑っても許されてる気がする。気のせいか。 約10時間前 replyretweetfavorite

yuichi0613 "あれは「真剣に受け止めなくても構わない 約12時間前 replyretweetfavorite