ITと自然 境目溶かす
デジタル操る『現代の魔法使い』
筑波大学助教 落合陽一さん(29)
メディアアーティストの落合陽一さん(29)は、奇想天外な作品を次々と送り出す「現代の魔法使い」だ。視線の先にあるのは、自身が提唱する「デジタルネイチャー」の時代。人や自然とコンピューターの境目がなくなる世界がくると信じ、魔法のタネを追い求める気鋭の研究者でもある。
木目に浮かび上がる文字、シャボン玉の膜に現れる鮮やかなチョウ――。動画サイトで落合さんの作品を鑑賞すると、誰もが目を疑う。
白い粉末がひとりでに宙を舞い、空中で模様を描く動画は2014年、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)で世界中の話題となり、再生回数が300万を超えた。
トリック(ごまかし)は一切ない。「シャボン玉のチョウ」では、超音波で膜を波立て、透明なシャボン玉をスクリーンに仕立てた。「動く粉末」では、スピーカーが出す超音波を制御して粉末を自在に操った。

独創的な研究が評価され、15年から筑波大学助教として「デジタルネイチャー研究室」を主宰する。実力は海外でも折り紙つき。世界をリードする研究者に与えられる「ワールド・テクノロジー・アワード(ITハードウエア部門)」を15年に受賞した。
この賞にはインテル創業者のゴードン・ムーア氏が選ばれたことがある。日本人では青色発光ダイオードでノーベル物理学賞を授与された中村修二さん(米国籍)に続く2人目の快挙だ。
今はコンピューターで現実に似せた空間をつくる仮想現実(VR)、現実に仮想の世界を重ねる拡張現実(AR)が先端の技術。だが落合さんは「2040年ころ、自然と同じようにコンピューターが日常の生活に溶け込む時代になる」と、さらに先を展望する。
会話の相手が人工知能(AI)なのに気付かない。スマートフォンやパソコンがないのにインターネットが使える。そんなコンピューターの存在が意識されない未来に必要だが、今は存在しない機器や装置を片っ端からつくる。「見たことのないものを見てみたい」欲求が研究・創作活動のエンジンになっている。
8歳のころ、米マイクロソフトの基本ソフト「ウィンドウズ95」を祖父に買ってもらい、パソコンで自己流に遊んだ。中学・高校生時代は理科が得意。「医者になりたかった。人間は将来みなロボットになり、サイボーグ手術ができるから」。

開成高校から進んだ筑波大での生活は、「とっぴなことを考えている人をすごいとみなす環境が快適だった」。発想を思い切り飛躍させ、そこから遡って研究テーマを決める思考が養われた。
魔法使いよろしく服装は常に黒ずくめ。何を聞かれてもよどみなく話し、「研究しながら食べやすいので主食はグミ」といった逸話も数知れず。華やかな研究実績や創作活動とのギャップが面白いのか、テレビ番組や講演会に引っ張りだこ。将来に不安を持つ若者の道しるべになるようで、講演会場は盛況だ。
「メンローパークの魔法使い」と称されたのは発明王エジソン。電球など数々の発明品は今では当たり前のものになり、生活を豊かにした。
では「デジタルネイチャー」が実現したら、世の中はどう変わるのか。人間はコンピューターに操られ、息苦しくなってしまわないか。
落合さんは「いや、人間は楽しいはずですよ」と断言した。「人間にしかできないことに専念できるのだから」
(福井環)[日本経済新聞朝刊2016年11月7日付、「18歳プラス」面から転載]





