オリコンランキングから消えた「本当の流行歌」

「CDは売れないがアーティストは生き残る」時代となった音楽シーンの現在。そんな10年代のヒットチャートを巡る状況はどうなっているのでしょうか? そこには異様な光景が広がっています。
音楽ジャーナリスト・柴那典さんがその実情と未来への指針を解き明かす新刊『ヒットの崩壊』(講談社現代新書)。11月15日の発売に先駆け、その内容を特別先行掲載します(平日毎日更新)。

異様な10年代の年間チャート

第一章では、「CDは売れないがアーティストは生き残る」時代となった音楽シーンの現在の状況を、マーケットの構造の変化、そして小室哲哉といきものがかり・水野良樹の発言から読み解いていった。

 音楽ソフト市場は低迷し、90年代のCDバブルの時代は完全に過去のものとなった。しかしその一方、ライブやコンサートの動員増が象徴するように、音楽を「体験すること」への興味と需要はいまだ大きい。

 マスメディアの影響力は小さくなったが、YouTubeとSNSがアーティストとファンがつながるためのプラットフォームとなった。DIYで長くキャリアを重ねることのできるアーティストは増えた。そういう音楽業界の状況は「厳しくなった」のではなく、むしろ「健全になった」と捉える方が正しいだろう。

 ただ、その一方で、10年代はヒット曲の生まれづらい時代となった。
 では、そんな10年代のヒットチャートを巡る状況はどうなったのか?

 まず、2011年から2015年にかけてのオリコンの年間シングルランキングTOP5は、次のようになっている。

 一目瞭然の結果だ。2013年のEXILE、2015年のSKE48を除き、すべての年の1位から5位までをAKB48が独占している。これは明らかに異様な状態だろう。
 よく知られているように、この結果は、一部のファンが同じCDを複数枚購入することによって実現したものだ。

 AKB48関連のグループのCDには、メンバーとの「握手会」に参加できる握手券や、選抜メンバーを決める「シングル選抜総選挙」の投票券が封入されている。それを求めてファンは複数枚のCDを購入し、そのことがセールスを押し上げる。コアなファンは何枚、何十枚、時には何百枚ものCDを買うようになった。
 こうした状況を揶揄する「AKB商法」という言葉も広まった。
 その詳細は、さやわか『AKB商法とは何だったのか』や、それに加筆した『僕たちとアイドルの時代』(星海社)に譲る。

 こうしたやり方には批判もあるが、そのこと自体の是非についてここでは論評しない。
 ただ、少なくとも言えるのは、10年代に入ってから「CDがたくさん売れること」と「曲が流行っていること」が必ずしもイコールではなくなった、ということだ。

オリコンランキングからは見えない「本当の流行歌」

 10年代に入ってからの数年間は、オリコン年間シングルランキングの上位はかなり極端な状況が続いている。では、他のチャートではどうか。
 日本におけるiTunes Storeでのダウンロード購入数の2015年の年間楽曲ランキングTOP5はこうなっている。

1位 「Dragon Night」SEKAI NO OWARI
2位 「R.Y.U.S.E.I.」三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE
3位 「Shake It Off」テイラー・スウィフト
4位 「I Really Like You」カーリー・レイ・ジェプセン
5位 「シュガーソングとビターステップ」UNISON SQUARE GARDEN

 こちらのチャートの結果はまったく様相が変わっている。ちなみに、同じく2014年の年間ランキングTOP5はこういう結果だ。

1位 「Let It Go〜ありのままで〜(日本語歌)」松たか子
2位 「ひまわりの約束」秦基博
3位 「Story of My Life」ワン・ダイレクション
4位 「Let It Go」イディナ・メンゼル
5位 「Happy」ファレル・ウィリアムス

 2014年の『アナ雪』フィーバーや、2015年の流行語「ドラゲナイ」など、音楽がブームを巻き起こした事例がチャートの結果につながっているという意味では、オリコンの年間シングルランキングよりも、iTunesの年間ランキングの方が流行の実感値に近い。

SEKAI NO OWARI(PHOTO: Getty Images)

 ただ、ジャニーズ系のグループなどiTunesへの配信を許諾していないアーティストの楽曲はそもそもランキングには登場しないので、これも「売れた曲」を正確に反映したチャートになっているとは言い切れない。

 そこで参考になるのが、ビルボードが発表しているランキングの「ジャパンHot 100」だ。こちらは2015年よりリニューアルされ、CDセールス、ダウンロード配信、動画サイトの再生回数、ラジオのオンエア数などを合算した総合チャートとなっている。
 2015年の年間ランキングTOP5はこういう結果だ。

1位 「R.Y.U.S.E.I.」三代目 J Soul Brothers from EXILE TRIBE
2位 「Sakura」嵐
3位 「愛を叫べ」嵐
4位 「青空の下、キミのとなり」嵐
5位 「Dragon Night」SEKAI NO OWARI

 三代目J Soul Brothersが1位となり、上位に嵐のシングル3曲とSEKAI NO OWARIがランクインしている。

 かつて、オリコン年間ランキングからは「その年のヒット曲」を振り返ることができた。80年代も90年代も、オリコン年間シングルランキングは、その年の流行歌を示す指標だった。そこからヒットソングの変遷を読み解くことができた。

 しかし10年代はそこから見えない風景が広がっている。さまざまなチャートを見比べることで、ようやく「その年のヒット曲」が浮かんでくる。

 複数枚購入が当たり前になったことで、オリコンのシングルランキングから「本当の流行歌」が見えなくなった。それが、10年代に起こっている現象なのである。

次回「オリコンはなぜ『権威』となり得たか」は明日更新!

いま「流行」はどこにあるのか?

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ヒットの崩壊

柴那典

「心のベストテン」でもおなじみ音楽ジャーナリスト・柴那典さん。新刊『ヒットの崩壊』では、アーティスト、プロデューサー、ヒットチャート、レーベル、プロダクション、テレビ、カラオケ……あらゆる角度から「激変する音楽業界」と「新しいヒットの...もっと読む

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