『アイドルマスター シンデレラガールズ ビューイングレボリューション』2,296円(税抜)Playstation VR専用
©BANDAI NAMCO Entertainment Inc
■P仲間達とともに
「イェェエエ! ヴォイッ! ヴォイッ!」
ワシは叫んでいた。
ここがバンダイナムコエンターテインメントの本社であることなど忘れていた。ここは舞浜アンフィシアターで、ワシは彼女達のライブを見守っている。振り返れば、そこには仲間達もいた。無数のP達が、声を張り上げ、思い思いにコンサートライトを振っている。ライブ中に座席の変更もできるという。確かに最前近くで、アイドルの姿をしっかりと見る、作り込まれた精緻なモデリングを堪能する、その楽しみはあった。しかしワシはこの時、自分を取り囲むP仲間達の姿があることの方に安堵した。
「お願い! シンデレラ」
「蘭子ちゃああ!」
アイドルの一人、神崎蘭子がこちらを見て笑ったような気がした。幻覚だと笑う者もいるだろう。ワシもそう思う。
続けてプレイしたのは「Star!!」。飛び跳ねるみりあちゃん、楽しげに前に出るみくにゃん。ところ狭しと動き回る彼女達。翻るステージ衣装、あえて完璧な同期をさせないというステップ。ライトを浴びて踊る彼女達の姿はゲーム画面であるはずなのに質感を伴い、音響も見る時の席によって立体的に感じられる。まさしくアイドル達が、本当にそこにいるように思えた。
「Star!!」
■光の向こう側へ
曲が終わり、再び世界が暗転する。モニターに映るのは三村かな子の優しい笑顔。ここは収録された3曲に出演するアイドルの中からランダムに登場するのだという。
「次は新曲の『Yes! Party Time!!』をプレイしましょう」
その声もどこか遠くに感じられる。現実とVR空間が一続きになっている、この不思議な感覚には未だに慣れないでいる。
白状すれば、この時点でワシは涙で前が見えなかった。汗かもしれないが、とにかく目元に熱い雫が溜まっていた。せっかくの新曲だというのに、新しい衣装だというのに、視界がかすんで見ることができない。ワシだけの問題ではない、PS VRのモニターが湿気で曇っている。他ならぬソニーが想定した使用限界を、1人の男の熱気が凌駕したのだ。
「Yes! Party Time!!」
前が見えないままに音楽が流れ始める。明るく活気に溢れた曲。見渡せば、周囲の影が黄色いコンサートライトを振り始めている。
「FuFuFuFu! Fuuuu!」
それでもワシはコールを合わせる。初めて聞いた曲でさえ十全のコールを遂げる。それがPの矜持なればこそ。ワシは一心不乱にコンサートライトを振っている。一面に広がる、黄色い光の海の中、ワシは座席を後方に移し、会場全体を眺められるポジションに陣取った。やがて巻き起こる光のウェーブ。観客達がタイミングを合わせ、頭上に光を掲げて歓声を送っている。思わずワシも立ち上がりそうになるが、直前に大音声でバンダイナムコエンターテインメントに迷惑をかけた身である、ここはPの礼儀を重んじ、静かにコンサートライトを振るのに留めよう。
「イェエエエエエ」
嘘だった。声を抑えても叫んでいた。
曇った視界の中で光が瞬いている。無数のP達の影が、綺羅星の如くコンサートライトを輝かせている。暗いライブ会場で、互いの顔など解らない。手元にあるコンサートライトの光だけが、彼らを存在させる儚いよすがだ。
ここは日常の中から接続できる、非日常の場なのだ。
非日常の祭りにあって、人間は個人を識別しない。身分も個性も関係なく、ただ場に接続する人間だけが立ち現れる。炎を囲む原始の祝祭、精霊を依り降ろした舞台、仮面劇、個人は輪郭を失い、影だけになる。ならば今、P達の姿が見えないことになんの違いがあるだろうか。我々は同じものを見ている、アイドル達を見ている。
「柴田さん、終わりましたよ」
ワシは泣いていた。曲が終わり、ヘッドセットを外される直前に見た最後の光景は、天井に広がる舞浜アンフィシアターの照明の輝きだった。
「なぜ、こっちに帰ってきてしまったんだ」
できるのなら、ワシはこのまま向こうに行ってしまいたかった。菜々さんを、城ヶ崎姉妹を、新田美波を見ていたかった。小日向美穂ちゃんのはにかんだ笑顔をもっと見たかった。緒方智絵里ちゃんに緑のコンサートライトを振ってあげたかった。モニターに映るアーニャに別れを惜しんで視線を送る。
時刻は昼の12時。体験終了の約束の時間だった。シンデレラの鐘とするには半日分の差があるが、終わりとするにはこの上ない時でもあった。ガラスの靴のように、ワシはヘッドセットを残してブースを立ち去る。だが自分がシンデレラになろうとは思わない。P達こそが魔法使いだ。普通の少女達に魔法をかけ、輝けるステージへ導く星の光。ヘッドセットに残されたワシの汗と涙の輝きは、当然の如く、ウェットティッシュで拭われた。
■VRのもたらす未来
バンダイナムコエンターテインメントを去る時、確かな実感があった。それはVRのもたらす未来。コンサートライトを振っている時、自分はそこに存在し、また存在しなかった。ワシは舞浜アンフィシアターの中にいた。あの時、あの場にいなかったはずの自分の思い出が、今回の体験と静かに溶け合っていくのを感じていた。これは言い過ぎだとしても、やがて現実と仮想空間の体験が等価になる時代が来る。今はまだVR世界は聖別された空間だが、これが日常と代わる日が来たのなら、現実の意義も変わるだろうか。それともアイドルのライブという現象だけは、いつまでも祝祭の場たりえるだろうか。
その日の夜、ワシは星空に願う。
成宮由愛ちゃんが、いつかVRにも登場しますように、と。
(完)
発売中のSFマガジン12月号には本コラム「星の光の向こう側」を全篇収録のほか、柴田氏による民俗学SF短篇「雲南省スー族におけるVR技術の使用例」も掲載しています。