いま西川美和は後悔する、幸せな瞬間に幸せだと感じることは難しい、と。

子育て、家族の多様性、そして依存と自立。公開中の映画『永い言い訳』を巡り、芳麗さんが、西川美和さんが思う幸せを掘り下げます。過去作をすべて取材をしてきた芳麗さんだからこその“永い問いかけ”に、西川さんはどう答えるのでしょうか。最終回では西川美和さんに、子育てと家族、そして連載のテーマでもある幸せな瞬間についてお聞きします。
この道20年のベテラン女性誌ライター・作家の芳麗さんが贈る、“ありふれた女”たちのための幸福論です。

子育ては、免罪符なのか。

芳麗 西川さんの家族観についても伺いたいなと。今も、お一人ですか?

西川 はい。

芳麗 『蛇イチゴ』も家族がテーマでしたが、『永い言い訳』でも、「家族」について描かれています。子供や家族を持つ人、夫婦ではあるが家族にはなりきれない人、いろんな立場の視点や思いが描かれていますよね。
 拝見していて、「新しくて自由な家族の形があっていい」という監督の思いも現れているように感じられました。

西川 実際にそう思っています。結婚する・しないも、子供を持つ持たないも、「こうあるべき」という型にはめると苦しくなりますよね。だから、この映画では、私の1つの理想を描いていたのかなと。
 大宮一家のように家族を持つものと、幸夫のように1人でいるものが棲み分けられず、ほどよい距離感で関わり合えるのが理想です。自分の子供にこだわらず、他人の子供でも可愛がれるような社会だといいなと思うんです。

芳麗 そういえば、西川さん! 以前、「自分に時間と金銭に余裕があるなら、里子が欲しい」とおっしゃっていましたよね。劇中の幸夫と同じように、「自分の遺伝子が残るなんて恐ろしいから、子供はさほど欲しくない」とも(笑)。

西川 魂の叫びを幸夫に託しました(笑)。でも、そう思っている人って実は少なくないと思います。すでに子供を持っている人だって、「子供が自分にどんどん似てくるのが嫌だ。遺伝子が怖い!」って言ってたりするから(笑)。

芳麗 そのセリフどきどき聞きますよね(笑)。作中では、子供を持っている人と、持たない人の両方のエゴと身勝手さが描かれているのもおもしろかったです。「男にとって子育ては免罪符ですよね。自分が最低な人間だってことを、すべて忘れて帳消しにしてくれる気がする」というようなセリフがあって、すごいなぁって。子供を持たない私も、なるほどと思いましたけど。


子供を愛することって、これまで自分がやってきたどんな疾しいことだって夢みたいに忘れさせてくれるから。これは男たちが、父親になることで手にすることのできる、一つの大きなご褒美だ。

『永い言い訳』文庫版P196より

芳麗 一方、至近で子育て中の私の妹にその話したら、反発するどころか、「そうだよ。わたしにとっても子育ては免罪符ってところはあるよ」とあっさり(笑)。

西川 そうですか(笑)。

芳麗 だから、男も女も子供がいようといまいと孤独だし、人生のままならなさや成熟しきれない身勝手さはどっちもどっちなんだなと改めて思いました。

西川 そうですよね。以前は私、子育てをしたこともない自分が子育てについて描いていいものだろうかと思っていたんです。でも年齢と経験を重ねて、身近な同世代の友達が子育てしている話を聞いたり、私なりに子供に関わっているうちに描いてみたいなと。本当に子育ては綺麗事じゃないなと思います。仕事以上にシビアだし、生々しいですよね。本人の性格に関わらず、産後鬱にもなったりすると聞きますし。

芳麗 はい。だから、子育て中の女性を尊敬しているし。子供を持たない私でも共有できることもたくさんあるのではないかと思うんです。

西川 本当に。

芳麗 私、今作ですごく好きなシーンがあるんです。それは、幸夫と陽一と子供たちが海に行ったシーン。互いに妻を失った男2人と子供たちが海で遊んでいるだけなんですけど、陽一が「ああ、幸せだなぁ」っていう。それが本当に幸せそうで。あんな風に交れたらいいなと思います。


『永い言い訳』劇中より  ©2016「永い言い訳」製作委員会

女の幸せは、依存にも自立にもない?

芳麗 “女の幸せ”について考えさせられた作品が『夢売るふたり』です。里子は、ずっと夫に尽くして人生を捧げながらも、そんな女性の生き方を否定するようなセリフを言うじゃないですか。「他人の人生にのっからないほうがいい。自分の足で道を作らないと人生は卑怯なことになるわよ」と。あれは、西川さん自身の人生の中で感じたことですか?

西川 自分の人生においてというよりは、いろんな女性の生き方を見ていて思いついた言葉だったと思います。女性もいろんな不満を抱えているし、言い訳もするし、うまくいかないと他人や環境のせいにして、ねたみや攻撃性が強くなったりもしていくでしょう。そして思えば男性より、女性の方が夫やパートナーのせいにしがちなのかなと。

芳麗 たしかに、依存心が強い女性は少なくないですよね。別れる時に「私の人生を返して!」とか、安っぽいドラマみたいなセリフを言う女性も現実にいますし(笑)。

西川 考えてみれば、男性から「かみさんのせいで俺の人生はめちゃくちゃだ」なんて話はあんまり聞かないですね(笑)。でもね、自分の不幸を他人のせいにしている時の女性はすごく悲しそうだから、そういう被害者意識は持たないほうがいいんだろうなと思います。

芳麗 そのためには、自分の幸せを他人におもねらないことですよね。やはり、自立心って大事なんですかね?

西川 そこはわからないな。でも、自分でなんでもやろう、体裁を綺麗に保とうと思いすぎると、それこそ、他者との関わりが減っていくと思うんです。だから、あんまり自立、自立って言いすぎないほうがいいのかなと、年齢を重ねて思うようになりました(笑)。

芳麗 西川さんは、傍目には、完璧に自立している強い女性に見えますけどね。

西川 そうでもないですよ。監督業はあらゆる人と関わらないとできない仕事ですからね。若い時は肩肘張っていたと思います。迷惑をかけたり、できない人間だと思われたらおしまいだと思って強くあろうとしていたけれど。それを続けても、自己完結してしまうだけ。
 最近は、できることだけできればいい、わからないことはわからないままで置いておこうかなと。その方が、人と出会って関わることが楽しくなる気がします。

芳麗 この対談の最初に「努力を怠って、手に入る大切なものはない」とおっしゃっていましたが、西川さんは、映画作りにおいては圧倒的に努力していますよね。スポンサーとかいろんな事情ににおもねらず、自分のやりたいことには絶対に妥協しない人だと聞きますし、作品を拝見していても感じます。

西川 そこは、努力じゃないです。譲れないだけ。好きなことを好きなようにしかやれない。苦手なことを頼まれても、できませんと断っているだけです。

芳麗 断るのも勇気がいりますよね。

西川 でも、自分が得意ではないことを引き受けて、相手の要望に応えられないほうがキツいですよ。断っているうちに、仕事がなくなくなったらそれまでです。

芳麗 かっこいいなぁ。

西川 いやいや(笑)。やっぱり、仕事がなくなるのはとても恐ろしいですよ。頼まれごとを断っている分、自分で仕事の種を生み続けなければ、生きていけないという焦りは常にあります。それこそ、人それぞれ、どちらを選ぶのが幸せかですよね。

いつも幸せに気づくのに少しだけ遅れる。

芳麗 以前、西川さんが、「その人の『性質』が人生を決める」とおっしゃっていたのを思い出しました。物語を作る時、「人間はこんな経験をしたから、こういう性格になったのではない。この人は生まれながらの性質がこれだったから、あんな出来事が起こった」という風に考えていると。

西川 そうですね。

芳麗 そう考えると、何が幸せかもその人の性質が決まるのかもしれないなと。西川さんは不器用で譲れない性質だからこそ、つくれる作品や手に入る幸せがあるんだろうなと。私も臆病なのに人への興味が強いから、この仕事にたどり着いて、そこで得られている私なりの幸せがある。

西川 なるほど。

芳麗 だから、幸夫の性質なりの幸せもあるのかなと。幼稚で自己愛が強いから、1人になってしまったけれど。今は他人の子供をかわいがって、ひと時の幸せを得ている。幸夫の性質で、自分の子供を持てれば幸せだったかというと、そうとも限らないなと。

西川 それもそうですし。あの年齢になって妻を失う経験をしたからこそ、他者の子供が愛しく思えたにすぎないかもしれない。若くて何も起こらないうちに、突然、大宮家の子供たちを紹介されても疎ましく思った可能性は高い。幸せの形も人それぞれだけど、幸せの感じ方もその人の置かれた状況やコンディションによるなと思います。

芳麗 おっしゃる通りですね。

西川 人間っていつも気づくのがちょっと遅れるんですよ。幸せな瞬間に幸せだなと感じることはすごく難しい。
 私も現場ではワンカットごとに目の前のことだけに集中しているから、すべてが終わるまで見えないものも多くて。後々、メイキング映像を見て気づくんです。

芳麗 具体的にはどういうシーンですか?

西川 今回も、あるカットで本木さんの前髪が揺れるシーンがあるんですけど、私の合図で美術部の女の子が必死でうちわであおいでいるんですね。なかなかうまくいかないところを、何度も粘って必死であおいでくれている。客観的に見れば、微笑ましいい光景ですし、みんなに力を貸してもらえる自分はなんと幸せなことだろうと。でも、その時の自分は本木さんの前髪しか見えてないわけです(笑)。

芳麗 なるほど。幸せとは、その瞬間には味わえないもの。

西川 そう、そんなもんだなと。でも、カットがかかった瞬間に、どうして彼女にありがとうと一言ことばをかけなかったのかと。毎回、後悔するんですよね(笑)。

芳麗 でも、それは幸せな後悔ですね(笑)。

(おわり)

西川美和(にしかわ・みわ)
1974年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。在学中から映画製作の現場に入り、是枝裕和監督などの作品にスタッフとして参加。2002年脚本・監督デビュー作『蛇イチゴ』で数々の賞を受賞し、06年『ゆれる』で毎日映画コンクール日本映画大賞など様々の国内映画賞を受賞。09年公開の長編第三作『ディア・ドクター』が日本アカデミー賞最優秀脚本賞、芸術選奨新人賞に選ばれ、国内外で絶賛される。

構成:芳麗 撮影:喜多村みか


映画『永い言い訳』本日、10月14日(金)より全国ロードショー!

出演:本木雅弘/竹原ピストル 藤田健心 白鳥玉季 堀内敬子/池松壮亮 黒木華 山田真歩/深津絵里
原作・脚本・監督:西川美和

©2016「永い言い訳」製作委員会 配給:アスミック・エース

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芳麗

cakesでも「雑誌が切り取る私たち。」でお馴染み、この道20年のベテラン女性誌ライターであり作家の芳麗さんが贈る“...もっと読む

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コメント

abgk この対談毎週読んでたい。 約3時間前 replyretweetfavorite

sac_ring 映画の内容はもちろん、新しくて自由な家族のあり方についてはほんとうに共感した。 約4時間前 replyretweetfavorite

asimasik わかる、でもそのことに気づいたら気づいた瞬間に幸せになれるよね 西川「人間っていつも気づくのがちょっと遅れるんですよ。幸せな瞬間に幸せだなと感じることはすごく難しい」 芳麗 @yoshirei0702 | 約5時間前 replyretweetfavorite

32416 「男にとって子育ては免罪符ですよね。自分が最低な人間だってことを、すべて忘れて帳消しにしてくれる気がする」って台詞凄いな…。 約6時間前 replyretweetfavorite