前回は、電通の新入社員の方の自殺が労災認定された件について書きました。
東大を卒業して電通に入社した高橋まつりさんは、入社後にインターネット広告を担当するデジタル・アカウント部に配属されましたが、月の残業時間が105時間を超え、昨年12月のクリスマスの日に会社の寮から投身自殺してしまいます。
ところで、英語圏でも、日本の広告業界の様に、人間の限界を越えた激務を要求するブラックな職場というのはあります。
有名なのは投資銀行で、イギリスでも、限界を超えた働き方をしたインターン生が自殺するという事件が起きています。
Bank of America Merrill Lynch でサマーインターンしていた21歳の大学生Moritz Erhardtさんは、3日と21時間連続で働いた後に、シャワーで倒れて死亡しているのを発見されました。
A year on from intern Moritz Erhardt's death, has banking industry changed its ways?
経験主義で実力主義のイギリスは、新卒が仕事を得るにはインターンを経て実績を示す必要があります。これはアメリカとかカナダやオーストなリアなど、イギリスの旧植民地の英語圏はだいたい同じです。
新卒一括採用の枠というのが小さいので、採用されるのは特別優秀な人で、それ以外の人でも学生のうちにインターンをやって、職場とコネを作ってやっと採用してもらうという仕組みです。
稼げないやつはイラネ、ポテンシャル採用なんてやらねえよ、仕事できるか見てから雇ってやる、という厳しい世界です。その代わり経験者採用当たり前、中途当たり前なので、仕事の流動性は高いです。
メディア、金融、ファッションなど高給が保証されている業界、人気業界はインターンから採用、というのが特に顕著です。業界によっては新卒採用の半分以上がインターンからです。(ただこういう業界で働く人というのは、全体からしたら少数派です。)
投資銀行業界はその競争が特に熾烈で、例えばGoldman Sachsの場合は350の新卒雇用枠に1万人が応募し、UBSの場合は、120の枠に5,000人以上が応募します。
運良くインターンに採用されたら、自分の優秀さを示すために、数週間の間激烈に働きます。これは採用されてからも同じで、下っ端の頃は日本のブラック企業真っ青の働き方です。
労働に耐えられない人はどんどん脱落していきます。なにせ優秀者が集まる職場なので、その競争も熾烈です。足の引っ張りあい、落とし穴を掘る、嫌がらせ、も当たり前。
ある日本人の知人が勤めていた米系の投資銀行は、気に入らない人のPCの前には「死ね!」「辞めちまえ」と書いたメモが貼ってありました。毎日毎日です。紙のメモだからメールやウェブのようにログで誰かを鑑定することができません。監視カメラの死角になっているところだから、誰がやったかわからない。でも、誰か自分を嫌っている人がいる、死ねといっている。
頭のいい人たちはイジメのやり方も陰湿で狡猾です。わからないように、徐々に心理的に追い詰める。
そういうプレッシャーにさらされて、貼られていた人は自殺しました。ビルから飛び降りてしまった。家族もいました。
こういうイジメもある上に、仕事の業績評価も厳しいです。別の投資銀行は、マーケット部門だけではなく、ITや人事などでも、毎月毎月下から5%の人が首になるという仕組みになっていました。どの業務も数値で表せるわけではないので、会社の中に敵がいると、自分の評価が下がってしまう。
いつクビになるかわからないというプレッシャーで、ドラッグに頼る人、大酒を飲む人、精神的に病んでしまう人もいました。
自己啓発本やビジネス本で「グローバル」「先進的」ともてはやされている企業の中身は、不幸な人だらけの地獄です。
お金もステータスもあるけど誰も幸せではなく、他人を攻撃すること、上司にゴマをすること、自分を正当化することに多大な時間を費やす。人格も変わってきてしまいます。
こんな組織にいる人達がなぜ辞められないのか?
それは、世間一般からしたら高給で、人から羨ましがられるステータスがあるからです。社名をいえば驚かれ、合コンに呼ばれ、家族は職場の名前を自慢する。会社は豪華なオフィスやタクシーを用意してくれるし、経費も豊富。黄金の首輪をはめられてた犬のようなものです。
長時間労働で他の会社や業界のことを知る暇もないので、凄まじい競争や足の引っ張りあい、性差別的な文化も当たり前なのだと思うようになります。閉鎖空間なので、同調圧力が凄まじく、異様な環境に洗脳されてしまうのです。さらに、仕事があまりにも厳しいので、転職先を探そうという思考力もなくなってきます。
こういう職場は、同僚も上司も高学歴のハイアチーバー(高い成果を出す人)です。何でもできて当たり前、成果を出すのが当たり前。仕事もスポーツも楽器演奏も習字も完璧にこなす。そこまでの成果を出せる人は、若い人でも大変な努力をしています。仕事を辞める、競争から降りるということは、人生の落伍者になるということです。給料やステータスの低い職場で働くことは耐えられないのです。
Erhardtさんがインターンを辞めるという選択をしなかったもの、ハイアチーバーにとっては、「降りる」という選択肢は、人生の終わりと同等だからです。
電通新入社員の高橋さんが辞めるという選択肢を選べなかったのも、仕事があまりにも熾烈で辞めるということを思いつかなかったのもあるでしょうし、「降りる」ことは「負ける」と同等だったからでしょう。真面目で優秀な人だからこそです。
「適当な人」だと、嫌なことはすぐ辞めてしまうし、継続すること、我慢することも嫌いです。だから勉強でも仕事でも、「すごい人」にはならないかもしれません。
でもハイアチーバーに比べたら、人生は楽しいかもしれませんし、多分長生きなのです。
ストレスは少ないし、労働時間も短いですから。
「適当な人」の仕事は、給料はそこそこで、地方の地味な職場で、 同僚や上司と、お茶を飲みながら、まったりと世間話をして、五時前には家に帰ります。競争とは無縁の職場です。仕事は手抜きもするし、失敗もあるけど、何億円の取引という話ではないので、罵倒されることはありません。通勤は自転車や軽トラです。
そして、気がつくと年を取っていて、楽しみは、孫の成長と、庭のツツジの成長です。投資銀行のオフィスや海外出張とは無縁の生活でしたが、同僚や元上司には家庭菜園の野菜を上げる仲だし、元部下の子供の結婚式に呼ばれることもあります。
キラキラしたキャリアは、 華やかで高い報酬が得られますが、それは良い人生だとはいえないのかもしれません。