「俺の若い頃は・・・」の実情
例の過労・パワハラ自殺でいろいろ騒ぎになっているようですが、こういうときについつい出がちな「俺の若い頃は・・・」について、毎年明治大学労働講座で喋っているネタがあるので、そこだけ引用しておきますね。
先日、昭和女子大学で講演したときも使ったネタですが。
http://hamachan.on.coocan.jp/roujun1107.html
メンバーシップ型正社員の「収縮」と「濃縮」正社員は会社のメンバーとして一生懸命働きますと言いましたが、本当に24時間、365日ぶっ通しで働いたら間違いなく人間は死にますから、そんな馬鹿なことはありません。昔はどうだったかと言うと、やれと言われたらやるのですが、実際にはそんなに無茶苦茶をいつもやらされている状態ではなかったと思います。昔、クレイジーキャッツというお笑いグループの植木等が「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」と歌っていました。実際に、正社員自体が昔はけっこう気楽な稼業だったと思います。それが、だんだん気楽でなくなってきたのです。昔から確かにメンバーシップでしたが、そのメンバーシップが濃くなり、要求水準が高くなってきているのです。いまから20年ぐらい前、銀行に勤めていた人に話を聞いたことがあります。「近頃の銀行は夜中までみんな残って仕事をしているんだよな。俺たちのころは、大体3時にシャッターを閉めたらある程度仕事をし、その後、近所の子どもたちの野球のコーチをしていた」と言うのです。20年前に聞いた話ですが、昔の銀行員はそんなことができたのかと私は非常に驚きました。メンバーシップ型で忠誠を尽くせば一生面倒をみる約束だと言いましたが、そうは言っても平日に野球のコーチができる程度の忠誠であって、そんなに無茶なものではなかったのだと思います。なぜ濃くなってきたかといえば、とりわけこの20年間、1990年代から2000年代に間違いなくいえるのは、少数精鋭で頑張ってやるのだと、メンバーシップ型の正社員をだんだん収縮してきて少なくしてきたからです。科学の勉強ではないですが、一定量のものをぐっと収縮すると密度が濃くなります。おそらく昔の正社員と比べて、いまの正社員の義務の重さ、労働の質的、量的な負荷は大変高まってきていると思います。白紙の学生に即戦力を要求これの一つの表れが学生に即戦力を要求することです。これは実は矛盾している要求です。即戦力を要求するということは、まさにこの仕事をするのだから、こういう訓練を受けて能力を身に着けてこいと求めることです。示したことができるようになったから採用するということになるのなら即戦力を要求することは理解できます。しかし、面接においてサークル活動をどれだけやったかを一生懸命説明しなければいけないということは、仕事の能力としての即戦力を要求しないということです。正社員が少なくなり責任や労働の質的・量的な負荷が高くなってきて、白紙の学生に即戦力を要求するというおかしなことが起こっているのです。しかし、それでもこれはまともな企業での話です。 ・・・・・
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