ヘリコプターマネー、日銀の金利操作が種となり財政拡張で芽吹きも
- 世界中のアナリストが日本の財政規律の行方を懸念
- バーナンキ氏は長短金利操作には「米国の先例がある」と指摘
政府の財政支出を中央銀行が紙幣増刷で賄う「ヘリコプターマネー」。長期金利も誘導目標にするとした日本銀行の金融緩和政策が、その実現を将来的に支える可能性があるとの見方が出ている。
日銀は先月導入した「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」で、日銀当座預金の一部にマイナス0.1%の付利を課す従来の短期金利の誘導に加え、10年物国債利回りがゼロ%程度で推移するよう長期国債の買い入れを行う。現在は、イールドカーブをおおむね現状程度の水準に保つため、超長期債を中心に買い入れを減らしている。だが、財政への信認低下などで金利上昇圧力が強まれば、逆に購入額を増やさざるを得ない可能性があると前米連邦準備制度理事会(FRB)議長のベン・バーナンキ氏らは言う。
バーナンキ氏は日銀が新たな枠組み導入直後に自身のブログで、10年債利回りを誘導目標にした点が「最も驚きで、興味深い」と述べ、政府の借り入れコストをゼロ%に抑える政策には財政ファイナンスの要素があり、年限がさらに長い国債に誘導目標を設け始めれば、類似性はさらに明らかになると指摘した。同氏は、日銀は財政政策との協調を明言しないが、金融緩和との相乗効果に満足していると推測している。
こうした潜在的なリスクを指摘するのは「ヘリコプター・ベン」の異名を取る前FRB議長だけではない。みずほ証券から北欧最大手銀行のノルデア銀行(ストックホルム)に至るまで、世界中のアナリストが日本の財政規律の行方や将来的な円相場の急落とインフレ加速の恐れに触れ、今回導入した枠組みが無力化する可能性などに言及している。
みずほ証券の丹治倫敦シニア債券ストラテジストは、日銀の新たな枠組みは「将来的な財政面でのリスク要因としても注目すべきだ。ヘリコプターマネーへのハードルは一段階下がった」と指摘。「金利上昇に対しては事実上のキャップ制なので、財政拡張が続いて金利が上がれば日銀は抑えにかかり、自動的にヘリコプターマネー的になる。あとは財政次第になった」とみている。
ヘリコプターマネーは、ノーベル経済学賞受賞者のミルトン・フリードマン氏が景気刺激策を1969年に比喩的表現したことで知られる。財の量に対して通貨供給量が増え過ぎるとインフレが発生するという同氏の理論は、ポール・ボルカー氏、アラン・グリーンスパン氏、ベン・バーナンキ氏ら1979年からの歴代FRB議長に影響を与えたとされる。世界に広がる低成長・低インフレの長期化で、20カ国・地域(G20)が金融緩和のみに頼った景気支援効果の限界を認識する中、ヘリコプターマネーに関する話題は尽きない。
世界経済の長期停滞論を唱えるサマーズ元米財務長官は9月末に都内で開かれた日銀関連の討論会に出席し、各国は金融・財政政策のさらなる一体的な推進に努めるべきだと述べた。日銀の長短金利操作は長期金利を低水準に抑えることで、より拡張的な財政政策が可能となるため、建設的な措置になり得るとした。
バーナンキ氏によれば、日銀が導入した新たな枠組みには米国の先例がある。実際、FRBは1942年から51年まで、長めの米国債の利回りが2.5%以下になるよう買い支える事実上の金利ペッグ制を実施し、米政府の借り入れコストを抑え、第2次世界大戦の戦費調達を支えた。
BNPパリバ証券の白石洋シニアエコノミストは、日銀の金融緩和策をヨットの航海に例え、「まだ岸までかなりの距離がある中で、だんだん燃費が悪化し、残りの燃料も少なくなってきたので、エンジンの回転数を下げて追い風を待つ作戦に転じた」と指摘。世界経済の回復や安倍内閣の構造改革で自然利子率が高まるのが「良い追い風」だが、財政拡張の長期化を背景としたインフレ高進に陥れば「悪い追い風」になると話した。