トランプは、これまでどんな嘘をついても、暴言を吐いても、予備選で圧勝し、本選でもヒラリーと接戦を繰り広げてきた。トランプを支援したくないことが明らかな共和議員でさえも、トランプ支援者からの攻撃を恐れ、堂々と彼を批判することができずにいた。
その状況は、本人が「(マンハッタンの)5番街のど真ん中に立って人を撃っても、支持者は失わない」とスピーチで自慢するほどで、トランプは無敵だと見られていた。どんなスキャンダルも跳ね返す防弾チョッキを着ているような感じだ。
ところが、10月7日に、由緒ある大手メディアのワシントン・ポスト紙がネットに掲載したスクープ記事は、初めてこの防弾チョッキを貫き、トランプに大きな痛手を与えたのだ。
スクープは、11年前の2005年に録画されたNBCの非公開ビデオだ。
当時のトランプは59歳。『アプレンティス』というNBCの人気番組のスターとして有名で、三番目で現在の妻のメラニアと結婚したばかりだった。
このビデオは、トランプがソープオペラ(アメリカ版昼メロ)にゲスト出演するのを、芸能ゴシップ番組の「アクセスハリウッド」がレポートするときのものだ。だが、トランプと「アクセスハリウッド」の司会者ビリー・ブッシュ(43代ブッシュ大統領の従弟)は、マイクがONになって録音されていたことを知らなかったのか、バスの中で露骨な雑談を交わしている。映像はバスの外のもので、二人の姿は見えない。
以下の内容は、とも卑猥で下品だ(要注意)。
(テープが始まるまで、二人が知っているある女性のことを話していた様子)
ブッシュ 彼女はものすごく美人だったよね。今でもきれいだけれど。
トランプ じつは迫ったことがあるんだぜ。彼女、パームビーチにいたことがあるだろ。誘惑したんだけどね、失敗した。それは認める。
ブッシュ わお。
トランプ ファックしようとしたんだけど。彼女は結婚していたけどね。
ブッシュ それって、すごくでかいニュースじゃないですか!
トランプ いやいや、ナンシー。それはね……
ブッシュ (嬉しそうに笑う)
トランプ そこで、猛烈に迫ったんだ。家具のショッピングにも連れて行った。家具を欲しがっていたから。それで、『いい家具を売っているところを知ってるから連れて行ってやろう』とね。メス犬みたいに頑張ったんだけれど、そこまで行きつかなかった。結婚していたしね。ある日、突然再会したんだ。そしたら、でっかい偽物のおっぱいつけて、すっかり見た目が変わっていた。
(ここで、番組で共演する女優が彼らをエスコートするために外で待ち受けているのをバスの中から見つけた様子)
ブッシュ しーっ。今日あなたにあてがわれた女の子、紫色のドレス着て、めちゃくちゃセクシーじゃないですか。
トランプ うおーっ。(感嘆の声)
ブッシュ やったーっ。(それを励ますように手をたたく)
トランプ うおーっ。(繰り返す)
ブッシュ やったーっ。トランプの得点!さすが。
(バス到着。複数の声が混じって誰の発言だかはっきりしない)
トランプ 違う女じゃないのか?
ブッシュ 広報担当じゃないといいけど。いや、彼女だ。
トランプ そうだな、彼女だ。金髪の。ティックタック(口臭を抑えるキャンディ)を使わなくちゃ。(キャンディをケースから出す音)彼女にキスしたときのためにね。美人を見ると自動的に魅了されちゃうんだ。すぐキスしはじめちゃう。磁石みたいなもんだね。キスだけだけど。待ったりはしない。スターだと何でもやらせてくれるんだよ。何をやってもかまわない
ブッシュ やりたいことなら何でもね。
トランプ P…y(女性器の通称)をつかむんだ。何でもできる。
このニュースは、“Grab them by the p---y. You can do anything”というトランプの発言とともにソーシャルメディアであっという間に広まった。ソーシャルメディアをしない層も、友人にEメールをする形で山火事のように広がっていった。
じつは、このテープを見つけたのはNBCだった。
トランプの卑猥な会話を録音したものがあるのを覚えていた者がいて、それを探し出し、NBCの「アクセスハリウッド」で公開する予定でいたのだ。
だが、NBCでは弁護士が違法性がないかどうかをチェックするのにもたつき、数日もかかっていた。その間に、ワシントン・ポスト紙がすっぱ抜いたのだ。ワシントン・ポスト紙では弁護士のチェックには数時間しかかからず、NBCはせっかくのスクープのチャンスを失ったことになる。ワシントン・ポスト紙がどのような経緯でこのテープを入手したのかはわかっていないが、しびれを切らしたNBCの社員が送ったとみられている。
テープの中のトランプの会話の下品さと女性蔑視が、女性たちを怒らせることはわかっていた。だが、共和党の男性議員たちまでもが、次々に共和党の指名候補であるトランプの支援を取り下げ、「候補を降りろ」と要求するようになったのは意外な影響だった。
「メキシコ人はレイプ魔」と差別発言をし、ロシアにアメリカ政府機関のハッキングを促し、日本に核兵器の所持を薦めるというトランプの言動をこれまで見逃してきた共和党議員たちが、「こんな者を大統領にしたら、自分の妻や娘に対して言い訳ができない」と支援を取り下げ始めたのは、なんとも皮肉なことだった。
彼らは絶対に認めないが、トランプの卑猥な会話の対象が白人女性だったのは重要な要素だ。ようやく彼らは、トランプの犠牲者の中に「自分の妻や娘」が含まれることが想像できるようになったのだ。
偽善的だが、それでも、これまで弱虫だった共和党議員たちが勇気を持って立ち上がったのは歓迎するべきことだ。