地元東京対談はなぜ炎上したのか?
おぐらりゅうじ(以下、おぐら) 今日はまず、「TOKYOWISE」というウェブマガジンで配信された『「地元東京」ガールズトーク』という記事について。
速水健朗(以下、速水) 東京出身の良家の子女二人が対談してたやつ。プチ炎上っぽくなってたね*。
* 酒井景都と多屋澄礼の 「地元東京」ガールズトーク東京出身と地方出身ココが違う!? REAL TOKYO GIRLS TALK - vol.11 TOKYO SYSTEM
おぐら 音楽ライターで翻訳家、DJとしても活動する多屋澄礼さんと、モデル・デザイナーの酒井景都さんが、地元としての東京の魅力を語る対談です。
速水 お二人の肩書がまぶしくて目に入らない(笑)。ちなみに酒井さんは対談の第一声から「私は広尾で生まれてからイギリスにしばらく行っていて、帰国してからは横浜の山手で育ちました。代官山に両親のお店があったので小さい頃はそのあたりで過ごした記憶が多いです」って。
おぐら もうルーツが完璧なんです。
速水 麻雀で言うと、配パイ時から手の内にクズ牌が一枚もなくて、初手から清一色でも四暗刻でも何でも狙える状態なのに、4枚来たドラ牌をカンしたらそれがWドラになった感じ。もうこうなったらリーチをかけて一飜上げても意味ないし品もないしね、みたいな経歴だね。
おぐら 説明として長過ぎです。一方の多屋さんのほうも、幼少期には両親と銀座によく行き、学生時代には西新宿のレコード屋や渋谷の「ZEST」に通っていたと。この「ZEST」は当時、渋谷系の発信地だった宇田川町のレコードショップで、のちに名物バイヤーが「エスカレーター・レコーズ」を立ち上げたり、カジヒデキが店員だったことでも知られていますね。
速水 それって18歳当時の俺が上京して真っ先にしたここと同じなんだけど、大学生でやるのか10代前半でやってたのかってとこが重要なんだろうね。ちなみに俺がその話をしたとして返ってくるのは「90年代の特権化うざい」って反応だと思うけど。
おぐら そこのツッコミ来ますか。
速水 来る来る。でも、なんでネットでは怒られるんだろうね。「東京出身者と地方出身者は、持って生まれた文化資本に差があるので、センスが根本的に違うのでは?」って趣旨なんだけど、その企画自体に問題があるとか?
おぐら 怒っているポイントは人によって違いがあるので、そこは分けて考えた方がいいと思います。ひとつは、もはや反射的と言ってもいいぐらいな、生まれながらにしてあまりに恵まれた環境であることに対するやっかみ。実際に多屋さんも、父親が東大出身のエリートで、「私は池袋にあったセゾン美術館とか、小さいころから展覧会で絵画を見たり、コンサート行ったり、いわゆる英才教育を受けていた」と、その特別な境遇は自覚しています。
速水 まぁでも、もう一人の酒井さんが「中1でオリーブのモデル」っていうのは最強だよね。中1でそろばん塾とは大違い。
おぐら そろばんとオリーブの間の超えられない壁はともかく、多屋さんがつっこまれてたのは、東京を離れて京都に住んでいたことがあって。『New Kyoto 京都おしゃれローカルガイド』という本を出したり、KBS京都で『多屋澄礼のNew Kyoto』というラジオ番組をやっていたんですが……。
速水 「京都は不便ではないけど、その日その日で生活している人が多くて、発展性がなく、物足りなく感じてしまう」って。京都はほめておいたほうが……。うーん、ちょっと東京へのリップサービスが過ぎたよね。
金持ちは性格がいいは本当か?
おぐら 対談の締めが「東京がおもしろいのは、地方からきて頑張っている人たちがいるからなんだね、きっと」っていうのも、本人に悪気はないにしても、結果的に目線が貴族っぽいというか。「別にお前のためにがんばってんじゃねえよ!」って思う人はいるでしょうね。
速水 とはいってもこれに怒ってるのは、主にがんばってない人たちだと思うけど。
おぐら それはあるかも。でも、東京と地方の格差って、広がってるんですか?
速水 昔より今の方が少ないよ。でも、かつては集団就職とか大学進学とか、上京は当たり前だったし、選択可能なものだった。それが今は地元を離れる選択肢を選べない人たちがいるって感じでしょう。格差って、選択不可能かつ固定ということだから、今の方が格差にあてはまるのかも。自分がやってるラジオとかで東京と地方の話をしても、すぐに「地方切り捨てだ!」って怒られるよ。
おぐら そういう現状もあるんですね。いや、僕がこの対談が炎上しているのを見て最初に思ったのは、大学時代にこういう衝突をよく見たなぁって。
速水 お坊ちゃん大学だとそうかもしれない。
おぐら 僕は小中高と埼玉の公立に通って、大学から青山学院に入ったんです。そこで初めて、幼稚舎から青学に通う内部生も含め、東京のガチなお金持ちの存在を目の当たりにして。そりゃあもうカルチャーショックでした。雨が降るとタクシー通学とか、ビニール傘を持ったことがないとか、ルイヴィトンのレインコートとか、雨の日エピソードだけでもいっぱいあるんですけど。
おぐら なかでも印象的なのは、地方出身の男の友人が、東京のお金持ちの女の子に恋をして、何気なく「その指輪いくらするの?」って聞いたら「60万円くらい」と言われてひっくり返って。そいつは奨学金とバイト生活だったんですけど、そこはめげずに駅前で3千円くらいの指輪を買ってプレゼントして、無事に付き合うことになったんです。でもしばらくして、その女の子の実家に呼ばれて行ったら、高級住宅街にあるでっかい庭付きの豪邸で、帰り道に「やっぱり無理だ……身分が違う」って諦めたっていう。
速水 大学時代にそういう光景を何度も見ていたら、あの対談くらいじゃなんとも思わないのか。
おぐら だから『花より男子』の設定は全然ギャグじゃなくて、実際あるところにはあるんですよ。で、強調しておきたいのは、そういう天然のお金持ちの人たちは、みんな決まって性格がいい。妬まないし、マウンティングとかもしないし、鼻にかけたりもしない。その女の子も、プレゼントされた3千円の指輪をすごく喜んでましたから。男の方が勝手に怖気づいて諦めただけで。
速水 俺が通ってた大学は、川崎の町工場のボンボンでシーマで通ってきてたえげつない成金とかがいたので、性格が良くない金持ちをよく見たけどね。モデルの女の子に現ナマ配るパーティーとかやってたり(笑)。
おぐら 成金と伝統的な良家では、同じお金持ちでもメンタルが全然違うんですよね。
東京と地方の根深いカルチャー格差問題
速水 いろいろ言ってきたけど、批判すべきは掲載された媒体の「TOKYOWISE=東京的」の方じゃない?
おぐら ホームページにある説明文には、「プラグマティックな意味でのライフテクノロジーを見つける作業」「真にインディペンデントなWEBメディアのカタチ」「インディペンダントなスタンス」とか書いてあって、浮ついてる感は否めません。
速水 この短い説明の中で「インディペンデント」と「インディペンダント」を使い分けてるんだけど、違いがわからない(笑)。でも、こういった東京持ち上げメディアって増えてない? 何かが背後で動いているとしか思えない。
おぐら 「TOKYOWISE」も、スターバックスジャパンの一社スポンサーです。
速水 そっか。単にお金があるんだな。で、ツッコミどころは、記事のリード文。冒頭いきなり「私には1歳半になる娘がいるのだが」ではじまってるけど、この「私」がまったく誰なのかわからないよ。
おぐら 何かしら本文に関係あると思って読み進めても、対談している二人に子供はいないようだし、子育ての話も出てこないんですよね。
速水 だから最初は、この「私」って「東京」が一人称でしゃべってんの?って思った。
おぐら まさかの東京の擬人化!
速水 まあ、この対談をまとめているライターがいるわけなんだけど、そいつの思想が前面に出てる感じがする。ナチュラル系の記事なんかを書いている旅ライター系の人。
おぐら なんか、悪意含んでます?
速水 僕は旅ライターと相性悪いんで。
おぐら 知りませんよ。でもそもそも、こういう圧倒的な文化資本の話だったり、恵まれた境遇を語ること自体が、階層を固定しがちなネットと相性が悪すぎます。「TOKYOWISE」のターゲットって、どこかしら東京に憧れを持っている地方出身者ですよね。もともと最先端にいる東京人は、「TOKYOWISE」なんていう名前のウェブマガジンは読まないでしょうから。
速水 確かにね。地方出身だの東京出身という話題は、ジェーン・スーも「アンタッチャブルな話題」って指摘してる*。
* 第2回 ネットは“第2の建前”を増やしただけだった<ジェーン・スー『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』×東浩紀『弱いつながり』刊行記念対談>ジェーン・スー/東浩紀 - 幻冬舎plus
おぐら そういう意味では、仕組まれた炎上商法にはめられたと言えなくもないのかなって。さっき話した青学で知り合ったセレブたちは、ツイッターもインスタもやってないんですよ。自分の生活を外に向けて発信したり、ましてや自慢したいっていう発想自体がない。自宅の豪邸の写真とか、「雨の日はタクシーで通学してました」「ビニール傘持ったことありません」とかでいちいち炎上してたらキリないし。つまりネットの世界では、現実には存在する生粋の上流階級があまり表に出てこないので、今回の対談も悪目立ちしちゃったんだと思います。
速水 一度インスタグラムとかでセレブな写真を上げている人たちの出身地も調べてみたいね。東京出身者と地方出身者の間にある、根深いカルチャー格差の問題は、マキタスポーツが東京ポッド許可局で話していた「TBSラジオフリーメイソン論」でも指摘しているよね。
おぐら 概要としては、テレビが話の通じないマスに向けたメディアであるのとは対照的に、ラジオは話の通じる相手に向けたメディア=同人的であり、なかでもTBSラジオは「東京村のローカル放送局」で「サブカルチャーおよび、教養・文化度が高い人たちが聴く」と。
速水 マキタさんは、山梨出身だってのもあるね。実際、TBSラジオのパーソナリティーを見てみると、先代には小沢昭一、永六輔、大沢悠里がいて、今は伊集院光、ジェーン・スー、宇多丸。見事に東京出身者しかいない。TBSラジオの朝の顔である毒蝮三太夫も、生まれてすぐ東京なので、東京っ子。
おぐら 言ってみりゃ、選民的な人選じゃないかと。
速水 そう思うと、ジェーン・スーが朝のラジオでロジャニコかけたあとに毒蝮三太夫と絡んだりしているのは、アンバランスなように聞こえたけど、実はとても自然でアーバンなコミュニケーションなんだよね。
おぐら 『ジェーン・スー 生活は踊る』は、音楽ジャーナリストの高橋芳朗さんが選曲を担当していて、かかる曲が抜群に良い! 高橋さんは、もともとタワレコのフリーペーパー『bounce』や、ヒップホップ/R&B専門誌『BLAST』の編集部にいた人で、選曲家の仕事としては藤原ヒロシや橋本徹の後継者だと思います。
速水 90年代にはクラブやカフェでかかっていたフリーソウルが、今はTBSラジオの朝の情報番組でかかってるんだ。
おぐら しかも、そのTBSがラジオの世界では、数字的にも勝っている! まあ、マキタスポーツさんも、このクールからは「TOKYO JUKEBOX」の一員としてTBSのラジオの新しい顔に抜擢されてます。
速水 TBSラジオは、聴取率でこの春の大規模リニューアル以降もこのサブカル路線を突き詰めてそれで尚、断トツトップ。TBSラジオ=サブカルなんて言われてたけど、もはや彼らはサブじゃない。
おぐら そうか、やっぱり東京の時代なのかも。cakesも「Tokyo cakes」とかにした方がいいんじゃないですか。僕らの連載名にも「東京」を付けましょうよ。
速水 「東京は賞味期限切れである」
おぐら うわっ!
<お知らせ>
今回のテーマである、東京生まれで何不自由なく育ったお金持ち階層の女子を描いた、山内マリコさんの小説『あのこは貴族』が、cakesで読むことができます。地方出身の山内さんが頑張って取材した長編小説なので、ぜひ。(おぐら)
(構成協力:山本隆太郎)