人を嫌いにならない唯一のコミュニケーション術

コミュニケーションの心得について、本を書いたアナウンサーの吉田尚記さんと文筆家の芳麗さん。実はコミュニケーションが昔は苦手だったそうですが、今は言葉を生業にしています。そんなお二人が、上手に話せるようになるための心構えを語ります。
第3回はお二人の今までの来歴について。お二人が仕事上の会話で大切にしていることとは?

「書きたい」と「話したい」は同じ欲望

吉田 ところで芳麗さんは、子供の頃はコミュニケーションが苦手だったと言いながら、なぜインタビュアーやライターの仕事についたのですか?

芳麗 子供の頃は内気で会話も苦手だったんです。でも実は、ライターになる前にごく短い期間ですが、NHK山形放送局の契約キャスターもやっていたんですけど……。

吉田 あっ、はい。プロフィール拝見しました。

芳麗 キャスターに応募したのは、ある日、親戚がテレビで募集していたのを見たらしく、勧められて。なんだか楽しそうな世界だなと思ったから(笑)。
 一方、容姿も含めて、自分のコミュニケーション力に強いコンプレックスがあったから、これに挑戦したら克服できるかもという邪道な目論見もありました。まあ、平たく言うと異性に限らず、人類全般にもっと「モテ」たかったんでしょうね。

吉田 わかるなぁ。僕もそんな感じです。僕はアナウンサーですが、アナウンサーになりたい人の気持ちが今ひとつ分からないんです。運転が好きだからバスの運転手さんになりたいとか、自分を表現したいからアーティストになりたいという欲望はわかる。でも、自分の意見ではなく、世の情報を伝えたいからアナウンサーになりたいっていう欲望がわからない(笑)。それに、なんだか、ずるい仕事なんですよね。

芳麗 ずるいですか?

吉田 表に出る仕事の恩恵を受けられるわりに、アイドルや芸人さんのようなリスクは少ないじゃないですか。だから、「得はしたいけど、汚れはやりたくない」みたいな心持ちになりがちな職業だなと(笑)。

芳麗 あはははっ! じゃあ、今の吉田さんはなんなんですか?

吉田 はっきり言いますけど、僕は目立ちたいからアナウンサーやっているんです。大学も落研でしたしね。だから、そこは自覚しているし、汚れもリスクもとりますよ。請われれば、裸にもなります(笑)。

芳麗 そういえば、ラジオのリポートで裸になっていらしたこともありましたね(笑)。

吉田 はい(笑)。それはさておき、芳麗さんは、アナウンサーの仕事に早々に見切りをつけて、ライターになったんですよね。

芳麗 はい。やっぱり、子供の頃から書くことが一番好きで、書くことを仕事にしたいなって思いもどこかにあって。当時、「コスモポリタン」っていう「婦人公論」のおしゃれ版みたいな雑誌があって。そこに、アナウンサーの仕事のかたわら、コラムを投稿して採用されたのがライターになったきっかけです。

吉田 そうだったんですね。

芳麗 でも、次第にインタビューとか対談の仕事も増えて。テレビやラジオで話すお仕事も時々頂くから、けっこうしゃべっている(笑)。結局、「書きたい」のは、伝えたい欲望が強いってことだから、「話したい」とほぼ一緒。
 以前、「おしゃべりライター」ってアダ名を旧知の俳優さんから拝命されたこともあるぐらい(笑)。

吉田 あははは。

芳麗 もともと、すごく話したかったのに、思うように話せないだけだったんだなと。

オタクこそ、コミュニケーション強者だと思う理由

吉田 じゃあ、インタビューとかコミュニケーションに関しては、経験をつんで、だんだん得意になっていったんですか?

芳麗 今も別に得意だとは思わないけど、経験を積むほど「コミュニケーションは慣れだ!」と思うようになりましたね。

吉田 経験は大事ですよね。

芳麗 今ではどんどん楽しくなっている感じです。

吉田 いつ頃から楽しいって思えました?

芳麗 わりとライターの初期からですね。私、最初にインタビューした芸能人は、窪塚洋介さんだったんです。「GTO」で出てきたばかりの頃。相手も新人だから、お互いに緊張はしつつも、当時から、ずば抜けておもしろい人ではあったから、話を聞いていてすごく楽しかったんです。

吉田 へえ、デビュー当時の窪塚さんかあ。楽しそう。

芳麗 ええ。それで味をしめて、インタビューだったら、人見知りでもなんでも聞けるし、楽しいなと。吉田さんは?

吉田 僕もやっているうちに、どんどん楽しくなっていったクチです。でも、アナウンサーになった当初は、ほんとうにひどいもんでしたよ。目立ちたいのに下手くそだから、空回りが半端なかった(笑)。

芳麗 コミックエッセイに書いてありましたよね。会話の展開をチャート式にして予習していったものの、想定通りに行かずにパニックになったとか(笑)。私も、あるあるです。でも、数々の失敗を重ねても、結局、吉田さんは、人気アナウンサーになられた。

コミュ障は治らなくても大丈夫 コミックエッセイでわかるマイナスからの会話力 (メディアファクトリーのコミックエッセイ)
『コミュ障は治らなくても大丈夫』

吉田 いや、まだまだこれからです(笑)!

芳麗 しかも、吉田さんの場合、自分を変えていない。コミュ障の原因だった“内気なオタクであること”が、のちに武器にもなって、人気が出た。オタクの人って、実は良いコミュニケーションを取れるポテンシャルを秘めていると思います。ものすごく好きなものを持っている人の話って、聞いていておもしろいです。ラノベとか地下アイドルとか、私とは興味が異なる分野でも、本気で好きなものを相手に説明しながら語れる力があるオタクはおもしろいなって。

吉田 うまい前置きもなくダラダラと話すと、迷惑な顔されますけどね(笑)。

「マイブームはなんですか?」とは死んでも聞かない。

芳麗 私と吉田さんの共通点の一つは、もともとコミュ障だったはずなのに、ラジオパーソナリティーとかインタビュアーという仕事を通じて、コミュニケーションを楽しめるようになったところですよね。

吉田 そうですね。

芳麗 ラジオパーソナリティーとして大切にしていることはなんですか?

吉田 ずばり「なんかいい感じ」になるのか、ならないのかは大切だなと思っていますよね。

芳麗 会話の中身より、空気が大切ってことですか?

吉田 そうです。僕の場合、生放送だからというのもあるけど、ラジオってその場の空気ごとリスナーに届くんですよ。その空気を作るのって、結局は会話や質問ですから、ゆるいことはできない。たとえば、パーソナリティーとしては、死んでも「マイブームはなんですか?」と考えなしに雑な質問はしたくありません!

芳麗 え、それが空気を悪くするんですか?

吉田 だって飽きてませんか? マイブームという言葉が、世の中に長らく浸透していて、アーティストも百万回聞かれて飽きているし、リスナーも「またその質問か」と思うはず。どんな質問するのかなって思ってもらえないと、リスナーも毎日聞いてくれないです。だから、よくある質問はしたくないです。

芳麗 それはすごくわかります。私も「タイトルに込めた思いは?」みたいな定番の質問は、できるだけ最初にしないようにしますね。そもそも、資料に書いてあったりするから(笑)。いずれにしろ、ラジオは台本よりアドリブ重視なんですね?

吉田 普段の会話と一緒ですよ。台本なんて持って話してる人なんていないですよね。芳麗さんはどうですか?

芳麗 事前に相手のことについて入念に調べて、質問項目を考えはするけど、本番では台本を持たないのは一緒です。用意したものをあえて捨てる。

吉田 へー。

芳麗 原稿を書くときは、帰ってきて1人でいる時間もずっと相手とのコミュニケーションが続いている感覚があります。

吉田 どういうことですか?

芳麗 会話の音源を聞き起こして、文字にしていく段階で、相手のことについて再度、考えるんですよ。あの日のことを、自分がどう解釈して、選択・構築したら、相手の魅力や話のおもしろさが読者に伝わるんだろうって。インタビュー相手や読者に手紙を書いているような感覚に近いかな。そこまで含めてコミュニケーションだと思っています。

吉田 へぇ! 僕は自分の番組を聴き返すの大嫌いですけど(笑)。たぶん、ラジオのコミュニケーションは料理で例えると、炒め物しか作らないってことなんでしょうねー。炒め始めたら、最後まで行くしかない。途中でやばい、塩がないと気づいても、あるものでどうにかするしかない。
 一方、文字にするインタビューや対談は煮込み料理なんですかね? じっくり熟成させることもできるという点で。

芳麗 それは言えますね。その場ではピンとこなかった相手の言葉や思考も、じっくり煮込んでいると、自分なりに理解が深まってどんどん美味しくなってくる。例えば、SNS上では苦手な人も、実際に会って話してみて、自分なりに考えを深めると、だいたいの人がおもしろく感じられるし、嫌いにならなくなりますね。

吉田 相手と深く通じて、好きになる。それって素敵ですねえ。

次回へつづく

写真・構成:中島洋一


リアル世界での人間関係に悩み、とまどい、苦しむ不器用な人たちへ。
のべ3000人以上のインタビューを行ってきた芳麗さんがコミュニケーションの心得をアドバイス!

3000人にインタビューして気づいた! 相手も、自分も気持ちよく話せる秘訣
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なぜ、この人と話をすると楽になるのか
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モテとコミュ障のあいだで—吉田尚記×芳麗

芳麗 / 吉田尚記

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