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大学生と大学のミスマッチ-いまどきの大学生と2つのミスマッチ(萩谷 順さんコラム-第1回)

コラム

萩谷 順(はぎたに じゅん)

4月になると、大学生たちは明暗に分かれるように見える。受験から解放されて、4年間の自由を謳歌しようというカラフルないでたちの1年生。画一的なリクルートスーツでオフィス街をさまよう4年生。新聞記者から大学教員に転じて満10年。毎年この対比を見るたびに私は暗い気持ちに襲われる。将来を担うべき若者たちは、4年の間に、その資質を十分に花開かせているのだろうか、と。

萩谷 順(はぎたに じゅん)

文部科学省「平成26年度学校基本調査」によると、大学は781校、大学生は285万人余。大学進学率は51.5%で過去最高になった。20世紀はじめの高等教育就学率はわずか0.5%程度。大学生はほんの一握りのエリート予備軍だった。しかし、進学率が50%を超えた現在、大学生というステータスは希少な価値ではない。

この若者たちはどういう目的を持って、大学に入ってくるのか?日本私立大学連盟の2011年版「私立大学学生白書」によると、進学理由として最も多かったのは、「大学卒の学歴が必要だと思ったから」で56.6%だ。学歴重視というよりも、とにかく職を得るために大学卒業資格が必要だという考え方のようだ。

一方、保護者にとって、大学に子どもを送る経済的負担は軽いものではない。それでも、子どもを大学に入れる保護者の目的は何か?つまるところ、大事な子どもが、経済的に自立すること。そのための一番わかり易い道は、“よい就職”をすることに尽きる。大学進学者とその保護者が、重い経済負担と引き換えに大学に求めるものは、“よい就職”というのが多数派だろう。

大学は教育の面で、そうした多数派の大学生と、その保護者が求めるものに十分応えているのだろうか?学生、保護者が求めるものと大学が提供しているものの間には、決して見過ごせないミスマッチがあるのではないか。

「近ごろの大学生は勉強しない」「大学生の学力低下は目を覆うばかりだ」という嘆きが聞かれるようになって久しい。大学進学率の上昇の結果として片付けてしまえば簡単だが、大学での教育内容にもその責任はありそうだ。

全国一律の教科内容で、「正解は一つ」の教育が行われる高校までの課程と異なり、大学では、さまざまな答えのある問題に取り組み、答えだけではなく、答えを見つけ出す方法を学ぶことに価値がある。それは、個々の問題解決にとどまらず、その集積が幅広い教養の裾野になっていく。しかし、それが十分に機能していないからこそ、「大学生の学力低下」が問題となる。

専門分野の中、自らの方法論を見つけ、成果を積み重ねてきた教員たちの20年、30年にわたる成果を講義のかたちで見せられるだけでは、人生経験の浅い学生たちは、高い絶壁の前に立たされ、「お前たちに登れるか!」といわれているような絶望感にとらわれてしまう。

教員たちは、学問の入り口に立ったとき、さまざまな悩みや苦労を乗り越えて、「どう考えるか?」を身につけてきたはずだ。彼らが学問を志すきっかけになった「これはおもしろい」という驚き、そして、「なぜ」という疑問をどう得たのかという「考える原点」が伝えられていれば、学生たちの、学びに対する姿勢も変わってくるだろう。

大学教育を終えた若者の次のステップは就職である。しかし、中学教員が生徒の高校進学の成果に、高校教員が生徒の大学進学の成果に一喜一憂するほどには、大学教員は学生の就活の成果に一喜一憂はしていないようだ。大学教員にとって学生の就活のプライオリティは高くない。大学教員の多くが「いわゆる就活」を経験していない、あるいは「就活の勝ち組」ではないということも影響していそうだ。

もちろん、大学教育には、学識を得、人格を陶冶(とうや)するという崇高な目的がある。また、就活生は立派な成人である以上、就活は自己責任だと考えるのもひとつの考え方ではある。たしかに、大学進学者が少数のエリートであったころ、学生たちの就職は、彼らだけで解決できる、また解決すべきことだった。かつては、それが可能だった。しかし、大学進学率が50%を超えたいまどきの大学生の多くにそうした余裕はない。

いまや国立大学を含め、多くの大学が、キャリアセンターあるいは就職課を設けて、教員でない専門の職員を置いて就職指導に力を入れている。さらには、学生募集のときのセールスポイントにしている大学さえある。また、外部の営利企業が、就活指導を新しいビジネスとして開発しようとしていることをみれば、旧来の大学教育が、学生と保護者の需要を十分に満たしているとはいえないだろう。

大学の就活指導が学生募集のセールスポイントにもなるということの裏を返せば、就職指導をしない大学は、場合によっては存続が危うくなるかもしれないということだ。もちろん、大学が就職の予備校になればよいということではないが、学生と保護者の需要と大学が供給するもののミスマッチを埋めるために、まず改革の努力が求められるのは大学の方だろう。

※このコラムは、保険市場コラム「一聴一積」内に、2015年5月13日に掲載されたものです。

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PROFILE

萩谷 順(はぎたに じゅん)

萩谷 順(はぎたに じゅん)

法政大学法学部教授、ジャーナリスト、TVコメンテーター

1948年東京都生まれ。1971年 東京大学法学部卒業後、朝日新聞記者として、国内政治担当を経て、ドイツのメディアで記者、キャスターを経験。1988年からは、朝日新聞海外特派員として、中東、欧州に駐在し、国際報道を行ってきた。現在は、法政大学教授として教鞭をとるとともに、「スーパーJチャンネル」「モーニングバード!」「ワイド!スクランブル」「ビートたけしのTVタックル」などにコメンテーターとして出演。また、クイズ番組「Qさま!!」「ミラクル9」にも出演。

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