言うべきことを言えない人」は相手にまったく“共感”してない

スクリプトドクターの三宅隆太さんと、直木賞作家の三浦しをんさんによる「創作お悩み」対談第3回。アマチュア脚本家たちの悩みにこたえるために『スクリプトドクターの脚本教室』シリーズを世に送り出している三宅さん。そんな三宅さんが、脚本学校の授業を聞いて驚くのが、「脚本家は現場に行ってはいけない」という教えがいたるところで伝授されていること。いったいなぜそんな「常識」がまかりとおっているのでしょうか?

ソフトストーリー派にこそプロになってほしい理由


三浦しをん(以下、しをん) 駆け出しの脚本家さんが、映画制作に必要な政治力や経済観念を身につけるのは大変ですよね。デビュー後にかなりの経験を積まないといけないのではないですか?

三宅隆太(以下、三宅) まったくその通りです。だからこそ、今回の『中級篇』では「アマチュアのソフトストーリー派」に向けた内容を書きました。「プロのソフトストーリー派」は活路を見いだして、きちんと食べていけている人たちなのでいいんです。でも、「アマチュアのソフトストーリー派」は道に迷うことが多くて大変なんですよね。
 ちなみに、「アマチュアのソフトストーリー派」というのはまたぼくの造語で、

・ストーリーから企画を発想するのが不得手で、明確なログライン(きっかけとなる出来事によって発生する主人公の変化・成長の工程や、クライマックスに至るまでの葛藤の構造を2行程度にまとめたあらすじ)を書こうとしない
・構成に対する苦手意識が強く、プロットを書きたがらない
・なんらかの会話シーンを立ち上げ、主人公が口にしそうなセリフをつかむと、いきなり脚本を書き始める

といった特徴を持つ人です。そうしたパターンの人は「日常的な出来事を扱った良質な短編脚本」を書くのはとても得意なんですが、才能がなかなか評価されず、ぼくはもったいないという思いを抱えていることが多い。

しをん うぐぐ、私もプロットを立てずに小説を書くときがありますね……。

三宅 まぁでも、小説の場合は、プロットがなくてもオッケーなケースもあると思いますし(笑)。ただ、脚本の場合、とくに中編や長編はプロットを書いたほうが良いとされています。特にプロになったら、プロットは絶対に求められてしまうので、アマチュアのうちに書けるようになっていたほうがいい。
 ちなみに、サボったり楽をしたりしたくてプロットから逃げちゃう脚本家志望者もいるんですが、「アマチュアのソフトストーリー派」は、本当に本気でプロを目指したいと思っているにもかかわらず、プロットを書いてから脚本を書くというようなことが「自分の特性」に合っていないと感じ、苦しんでいる人が多いですね。

しをん うぐぐぐ、身に覚えが……。えーと、「ソフトストーリー派」であることと、「映画制作における政治と経済」とに、どういう関係があるんですか?

三宅 僕は実は彼らは「政治と経済」が得意だと思うんですよ。

しをん え? 逆に思えますが。ソフトストーリー派っていうのはロジカルなことが苦手で、どちらかと言えば人物の感情とかを重視する人ってことですよね。「政治と経済」って、もっとロジカルなものなのでは?

三宅 映画の世界を外側から見てるとそう思うかもしれないけど、内側に入って実際に映画制作にかかわると、「政治と経済」を抱え込んでいるのは、プロデューサーだったり監督だったりチーフ助監督だったり制作部だったり……つまり「人」なんですよ。ソフトストーリー派って、その人たちの心と共鳴することは得意なはずなんです。
 だから、ぼくはソフトストーリー派が「いける」と思っているんです。

しをん ソフトストーリー派は、相手に寄り添って共感するあまり、言うべきことを言えないんじゃないかなって、心配なんですけど……。

三宅 あー、それね。まぁそう思いますよね。

しをん み、三宅さんが、悪い笑みを浮かべている……!?

三宅 いやいや、別に悪い笑みじゃなくて(笑)。ただ、いまの「共感するあまり、言うべきことが言えない問題」って、よく話題にあがることではあるんだけども……、ぼくは実は、それは常々逆だと思っているんですよ。
「言うべきことを言えない人」は相手にまったく共感してないんじゃないか、って。つまり、「相手に迷惑をかけないように」とか「相手を傷つけちゃうんじゃないか」とか「そんな大変なら、私がちょっと折れればいいんじゃないか」というような考え方は、そもそも「本当の意味での共感」ではない、と思うんです。

しをん あ、そうか! そんなの、ただの事なかれ主義ですよね。

三宅 そうなんです。もっと言えば、ただ単に自分を大事にしているだけなんじゃないか、と。「自分が失敗したらどうしよう」とか「自分さえ我慢すれば」というのは、一見すると遠慮深くて「相手のことを考えてる」ようだけど、実は自分を中心に据えた「利己的」な考えで、「利他的」ではない。それって単なるひとり相撲だから、相手を見てるんじゃなくて、自分を見てる。要するに自己凝視してるだけなんですよ。  
 だから本当の意味で「共感」できる人だったら、相手の望みと向きあうことができるはずで、言うべきこともきちんと言えるはずなんです。そういう意味で、アマチュアのソフトストーリー派は、実は「政治と経済」に強いし、向いてもいると思うんですけどね。

しをん うーん、非常に腑に落ちました。おっしゃるとおりですね。

2016年の脚本学校で教えられる「常識」

三宅 そういえば、ぼく、今でも脚本学校の講座なんかにもぐりこんでいるんですけど……。

しをん 何してるんですか。絶対にバレてるでしょ、それ(笑)。

三宅 いや、それがそうでもない(笑)。ともかく色んな脚本学校を見てみて、いつも衝撃を受けるのが、講師をしているベテラン脚本家の人たちが「デビューしてプロになってもなるべく撮影現場に行くな」って言ってることなんですよ。

しをん ああ、聞いたことあります。脚本家の方はあんまり撮影現場にはいらっしゃらないものだって。

三宅 たしかに「脚本家は撮影現場に行かないほうがいい論」って昔からずっとある意見なんですよ。僕もキャリアの浅いころに先輩の脚本家さんから言われたことがあります。なぜかというと、それは「現場のことを知り過ぎてしまうと、発想が貧困になる」という理由なんですよね。

しをん なんで!?

三宅 たとえば「ここはこういうシーンがいいと思ってるけど、そうすると現場がお金かかって大変だから、こういうふうに変えたほうがいいのかな……」とブレーキがかかっちゃうと。クリエイティビティを守るために現場には行くなって話なんですよ。

しをん はー、なるほど。

三宅 でも、少なくとも2016年現在にデビューする人はまったく逆だと思っている。

しをん 行ったほうがいいですか?

三宅 うん。絶対。現場に行くと、いろいろと気にしちゃうようになるという論旨そのものは、僕も否定しないけれど、「現場が大変」ということを知ったからといって遠慮して書けなくなっちゃうくらいなら、その人は脚本家に向いてないんじゃないかと思うんですよね。

しをん それもそうですね。

三宅 逆の発想をすればいいだけなんですよ。現場がいかに大変か、脚本家が書いたたった一行のト書きを表現するために、スタッフたちがどれだけがんばっているかを見たならば、じゃあ「彼らが徹夜をしてまでがんばってくれる価値があるモノ」を提供しなければならない、って切り替えるのが正しいんです。

 さっきの共感の話と同じで「撮るのが大変だから現場に負担が掛からないようにしよう……」というのは、一見すると優しそうだけど、実は本当の意味でスタッフたちを案じていることにはならない。単に自分のほうを向いて、逃げてるだけなんです。脚本家は個人芸術家じゃなくて、チームに貢献するための役職なんだ、ってことを「根っこの部分」で深く理解してないとアカン、というのがぼくの考えです。

徹夜しても書けないなら寝てるのと同じだから寝よう

三宅 あとね、脚本学校の生徒でよくいるんですよ、すごい目の下くまつくって、「昨夜は一睡もしないでがんばったけど書けなかった」って言ってくるの。

しをん 寝ろよ!(笑)

三宅 そう、寝ろよって言いたい! 家に独りでこもってパソコンとにらめっこして、その状態を2、3時間続けてもうまく書けないなら、それは無理なんですよね。無理、って言っても「その人には才能がない」とかそういう大袈裟な話じゃなくて、単にアイデアの練り方が間違ってる、って意味です。だから方法を変えないといけない。
 ようするに「アイデアを見つめる角度」を変えないといけないんだけど、そういう気付きって外から何かが飛んでこないとなかなかわからないもの。

しをん 書けないなら寝てるのと同じだから、体のためにも寝よう。寝てくれ、心配だから。

三宅 プロになる前のそういう学生にとって、「現場を知る」こと自体がスランプ脱出のきっかけになることすらあるはずなんですよね。

しをん 刺激を受けますものね。現場を知れば、得るものは多いはずだ、と。

三宅 そうですそうです。たとえば、30分くらいの深夜ドラマの依頼がきたと想定したとして、ホラーをやりたい脚本家志望者は「視聴者をできるだけ怖がらせたいから」って夜のシーンをたくさん書くんだけど、現実問題、ホラー番組は夏に作られることが多いから、現場のスタッフは困りますよね。夏は日照時間がすごく長いから、夜のシーンが撮れる時間なんてたかが知れているんですよ。

しをん あ~、なるほど!

三宅 だから、ある程度経験のある人間が夏のホラーを書くときは、ナイトシーンをいかに少なくするかを考えるんですよね。しかも深夜ドラマだとキャストが若いアイドルとかの場合も多いから、年齢もかかわってくるし。

しをん そっか、そういうことも考えて書かなきゃいけないのか。18歳未満だと夜の撮影ができませんものね。

三宅 そうなんです。労働基準法上の問題があって、その子が18歳になっていたら22時まで撮影ができるんだけど、それ以下だったら20時になっちゃう。

しをん 夏なんて19時半くらいにならないと辺りが暗くならないから、キャストが18歳未満だったら、ほとんど夜のシーンが撮れないことになる。

三宅 そう。一方でキャストの年齢が高いとしても、そんなに日没が遅いのに夜暗くなるのを待つというのも不毛なわけで。でも、どうしてもナイトシーンを出したい、と。だったら、たとえば最初から舞台をひとつの建物のなかにした脚本を書けばいいんです。

しをん ほう?

三宅 そうするとね、窓に暗幕をはって太陽光の明るさを調整できるんですよ。朝から暗幕をはっておいてナイトシーンを撮り、ある程度の時間になったら暗幕を外して日中のシーンを撮る。で、それを撮り終えるころには、今度は実際に日が落ちてるから、ナイトシーンの続きが撮れるんです。

しをん すごい!

三宅 あと、映画やドラマの制作で一番時間かかるのはロケ場所の移動なんですよね。移動してそこで機材広げてセッティングしてまた片付けて次へ行く、という一連の流れだけで2時間は使っちゃうので、撮影時間が減ってもったいない。一カ所を舞台にしていれば、その問題も解消できる。

しをん は~、なるほどなあ。

三宅 「舞台を限定する」とか「暗幕を使う」という選択は、一見すると脚本家の発想を狭める「縛り」のようで不自由に感じるかもしれないけれど、実はクリエイティビティそのものです。 
 でも、脚本学校によっては、アマチュア時代に「撮影条件の縛り」を考えるのは生徒の発想の自由度を下げるから良くない、「自由な条件から生まれるものこそ美しいのである」論みたいなものもあって……。まぁ、独立した論調としては分からないでもないけど、いかんせん現実味がない。実際、いざデビューしてからの現実とあまりにもかけ離れてるから、対応できないでつぶれちゃう人が多いんです。とくにデビューしたての新人は予算的にも条件の厳しいプロジェクトに参加することがほとんどなので、「縛り」をプラスに活かす発想を学んだほうが絶対にいいと思いますけどね。

次回「『水戸黄門』をなめては『マルホランド・ドライブ』は作れない」は9/23(木)更新予定。

構成:平松梨沙


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脚本のお医者さんと罠にハマる原作者?—三宅隆太×三浦しをん対談

三浦しをん / 三宅隆太

ストーリー作りとは「自分探し」である! 心理カウンセラーとしての資格をもち、脚本のお医者さん=スクリプトドクターとして活躍する三宅隆太さんが、創作者が自らの「心の枷」をはずしながらシナリオが書けるようになる実践的な脚本術をつづった『ス...もっと読む

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consaba 三浦しをん+三宅隆太「「本当の意味で「共感」できる人だったら、相手の望みと向きあうことができるはずで、言うべきこともきちんと言えるはずなんです。」 約1時間前 replyretweetfavorite

chiruko_t2 ”徹夜しても書けないなら寝てるのと同じだから寝よう”至言。  約4時間前 replyretweetfavorite

chiruko_t ギクッ。  約4時間前 replyretweetfavorite

sarirahira こちらも更新 ——三宅隆太×三浦しをん対談 https://t.co/jVLH3KEgXk 約8時間前 replyretweetfavorite