『コンビニ人間』はハッピーエンドか?
—— 村田さんが他に『あげくの果てのカノン』で印象に残っているシーンはありますか?
村田沙耶香(以下、村田) 私、泣いちゃったのは4話ですね。
—— 友達に「この人どう?」って男友達に会わされたかのんが、先輩に対するストーカーぶりを笑われるという。
米代恭(以下、米代) 4話は描いてる私も苦しかったです。これ、半分くらい実話なので……。雑誌ではあまりにも重苦しいトーンで描きすぎてしまって、担当編集者に「単行本ではもうすこし柔らかくしましょう」と言われて直したくらい。
村田 そこまでは人間を「修繕」して戦わせている世界のグロテスクさについて考えていたんだけど、あんなに好きな人がいるかのんに「この人と付き合うのはどう?」って言えてしまう周囲の存在ほどグロテスクなものはないなと絶望しました。
『あげくの果てのカノン』146-147ページより
米代 はい。
村田 だから、あそこでかのんがテーブルをひっくりかえして「勝手に先輩の気持ちを代弁しないでよ!」と叫んだことに、驚きました。ゼリーと戦っている先輩と周囲と戦っているかのんが交互に描かれて、かのんが立ち上がって外に出ると、ゼリーが倒されて空が晴れて心地良い風がふいている。あそこでいつもジーンとしてしまいます。本当に良いシーンなんですよ。
米代 自分が普通だと思っていることを周りに笑われて、「え、なんで笑うの」って驚いていると、驚いていること自体も周りに笑われるというのは、本当につらいんですよ。
私自身は、そこでやっぱり自分自身が間違っているんだと思ってそのまま黙って帰るんですけど……担当編集者に「かのんは主人公だからここで怒ることができるんだ」と言ってもらって、このかたちになりました。
村田 私も風に吹かれているかのんを見ながら、「かのんの恋は正しいんだ」と思いました。今話してても泣きそうなくらい好きなシーンです。救いがあった。
米代 私は私で村田さんの『コンビニ人間』を読んで、救われた気になりましたよ。
村田 ありがとうございます。
米代 『コンビニ人間』の恵子がラストにした選択って、本当に勇気がいることだったと思うんですよね。社会から見て間違っているように見えても私の世界はここなんだと宣言することは本当に大変で、でも村田さんの作品ではそういう選択をしてくれるキャラが多い。それが素晴らしいと思います。
村田 私は、あれは主人公にとってハッピーエンドだと思っています。受け取り手によってはすごくグロテスクに見えるかもしれないけれどあのシーンが書けて幸福でした。なので米代さんにそう言っていただけてうれしい。ありがとうございます。
恋愛は「救い」となりうる
米代 村田さんの作品だと、私は『しろいろの街の、その骨の体温の』がめちゃくちゃ好きなんですよ。あの世界って、主人公の結佳を取り巻く現実が地獄みたいじゃないですか。よくあんなの書くなって。半分読んだ時点で「え、まだ半分なの!?」って思うくらいつらくて。
村田 あはは(笑)。
米代 その地獄のなかで恋愛が救いになっている話じゃないですか。ああいう関係性が現実にあるかというとわからないけれど、こういうフィクションがあるからこそ、地獄みたいな学校生活を現実で生きている人にとっても救いになるんじゃないかなと本当に思ったんです。すごく、すごく好きです。
村田 もったいないお言葉をありがとうございます。かのんにとっても、恋愛が救いだという側面はありますか?
米代 それはそうですね。ただ、現時点でのかのんは、やはり先輩そのものと恋愛できていない。自分の中に形成された偶像への崇拝がかのんを生かしていて、自分の中の偶像とずれている先輩は見たくない。でも、現に先輩は「修繕」によって変わっていっているので、そこで生まれるひずみを描きたいという気持ちはあります。
醜い感情を書いていると、人間がどんどん好きになる
米代 村田さんの作品は、メインストーリーも好きなんですけど、ディテールに確実なリアリティがあるのがすごいと思っています。村田さんは、人間のどういうところをおもしろいと思って小説に書いているんですか?
村田 私はイヤな人を書くのがすごく好きなんです。どの作品でもいちばんイヤな人間を書いている瞬間が一番楽しい。人間の醜い感情を書いていると、なぜか人間のことを好きになっていくんですよね。私、人を嫌うという感情があまりないんです。考えているとその感情がわからなくなります。
米代 わかります! 私、人と話しててイラッとしたことがあると、そのことについてずーっと掘り下げていくのが好きです。それでイラッとした理由がわかると、相手のことがすごく愛しくなる。
村田 そうそう! 反射的に嫌いだなと思っても、どうして嫌いなのか考えているうちにその感情が消滅するんです。
米代 ずーっと考え続けて、ある瞬間に何が引っかかってたのかわかる瞬間のカタルシスといったらないですよね。
村田 この話で共感してくれる人と初めて出会いました!
—— ものすごく意気投合してますね(笑)。村田さんは、好きな人のことはあまり考えないんですか?
村田 考えるんですが、「好き」には結論がないことが多いです。「好き」って理由がないじゃないですか? 「なんでこんな嫌味ないい方を思いつくのかな~」とは考えるけど、「この人、なんでこんなに感じいいんだろう~」とはあまり疑問に思わない。だから、考えている時間で言うと、イヤな人について考えている時間のほうが長い気がします。
悩みは「イヤな人が描けない」こと
—— 『あげくの果てのカノン』には、村田さんの作品ほどはっきりイヤな人は出てきませんよね。
米代 イヤな人のことを考えるのが好きと言っておいて、実は私の場合、すごくムカつく! というような人がかけないんですよね。描いているうちに愛しくなっちゃうから……。
逆に、普通の友達やなんの悪意もないキャラクターを書いているのに、すごく説教くさくなっちゃったりする。
村田 そうですよね。「カノン」を読んでいても、友達やいい人に見える人たちのほうが、かのんにとって残酷なことをしていたりする。先ほど話した4話のように。
米代 私のなかに、悪意のない人のほうがこわいという気持ちはあります。私に明確に悪意を向けてくる人の場合、やっぱりその前に私が相手の大切なものを踏みにじっていた、なんていう事情があることも多いんですよ。何も悪意のないけどずかずかこちらの大切な領域に侵入してくる人には、理由がないからこわい。
村田 うんうん。
米代 だから『コンビニ人間』でも、最悪の人間である白羽よりも、主人公の妹やまわりの友達の言動のほうがつらいんですよね。
次回「世界の常識で他人を裁くことのグロテスクさ」は9/2(金)更新予定
構成:平松梨沙 会場:B&B