うかつに仕事を始めてはいけない! 集中するためのステップを踏もう

前回、究極の集中状態「フロー」に入るための前半のステップについて、予防医学研究者の石川善樹さんと研究パートナーの西本真寛さんに解説してもらいました。今回はいよいよ後半のステップです。
最後の「ルーティン」までたどり着けば、誰でもフローに入れる!? しかし、その前には「目標設定」という難題が待ち構えています。当たり前のようでいて、じつはやり方を習ったことがない「目標設定」。いったいどうすれば、適切な目標を設定できるのでしょうか。仕事に入る前に決めるべき、具体的な項目を教えてもらいました。(聞き手:加藤貞顕)

ちょっと上の目標設定が、集中をつくる

石川善樹(以下、石川) 前回は、フローへのステップの前半「強い感情を感じる」「一気にリラックスする」について解説しました。今回は、後半のステップです。


1.強い感情を感じる/ 2.一気にリラックスする /3.目標行動の実施をイメージ /4.動作に入る前のルーティン

西本真寛(以下、西本) 3「目標行動の実施をイメージ」、4「動作に入る前のルーティン」ですね。

—はい、よろしくお願いします!


左:西本真寛さん、右:石川善樹さん

西本 まず「目標行動の実施をイメージ」ですが、フローに入るには、なんとなくで行動を始めてはいけません。

—といいますと?

西本 つまり、これからやることが具体的にイメージできていることが重要です。それが「目標行動の実施をイメージする」ということです。

石川 まあ、目先の目標設定ということなんですが、これって意外と難しいんですよね。

西本 高い目標を立てて、そこからブレイクダウンしていくというようなことはよく言われるんですけど、それはいま目の前にある仕事をどうやるのかという目標設定ではないんです。スポーツでもそうですが、日々の練習はどうしても繰り返しになりがちです。しかしそこで工夫して、毎回の目標を自発的に考えられるかどうかが違いをうみます。そうでないと、だんだん上から言われたことを「こなしているだけ」という感覚になって、そのうち「自分は仕事をこなすために生きているんじゃない!」って思うようになるんですよ。

—なるほど。遠くの目標とは別に、目の前の仕事に対する「目標設定」なんですね。

西本 目の前のことに対する目標設定をするコツは、「ちょっと上の目標設定をすること」です。

—それだけ聞くと、なんだか、簡単なようにも聞こえるんですけれど。

石川 それが、この「ちょっと上」というのが意外にムズいんですよ。

—おぉ、なんだかいろいろな要素がありそうですね。

石川 すごく単純に言うと、下の図のようなイメージです。自分の熟達度に合わせて、「報酬のあり方を変える」ことが、ちょっと上の目標設定のコツなんです。

—おー、面白そうですね。どういうことでしょうか?

西本 上の図の縦軸が「報酬のあり方」になっています。上に行くほど「外的な報酬」、下に行くほど「内的な報酬」です。そして横軸は「熟達度」になっています。

—報酬が「外的」、「内的」っていうのはどういうことですか?

西本 外的な報酬は、テストでいい点を取るとか、サッカーで得点王になる、みたいに外から与えられる報酬のあり方です。一方、内的な報酬は、これを知りたいとか、サッカーがうまくなりたい、みたいな自分の内からの報酬のあり方です

—なるほど。「ちょっと上の目標設定」をするうえで、この「報酬のあり方」がどう関係してくるのですか?

西本 これはまだ「多分そうなんだろう」という仮説なのですが、フローに入るための目標設定は、どうも2つの段階がありそうなんです。図の真ん中から左側が1段階めで、右側が2段階めですね。

1段階めは、「楽しい!」から「評価」に向かっていく

石川 ざっくりいうと、熟達度がすごく低いときは、「この仕事は楽しい!」というような、内的報酬が大切になります。ゲームでも、はじめはまずやること自体が楽しくないと次に行かないですよね。

—ぼくが将棋を始めたときも、勝ち負けよりも将棋を指すこと自体が楽しかったです。

石川 そうですよね。でも段々、ただやるだけでは満足しなくなってきて、段位とか勝利のような「外的な報酬」が重要になってくるんです。

—あー、そうだ。将棋とか囲碁の段とか級の仕組みって、すごくよくできてますよね。ちょっと上達して、ちょっと級があがったりするの、すごくうれしいですよね。人に言ったり、履歴書に書いたりもできるし。

西本 そうなんです。まだ自分の熟練度が低い時期の目標設定では、「外的な物差し」をちょっとずつ上げていけば、ぐんぐんフローに入っていけます。

—なるほど!

石川 でも、あるときから外的な報酬をあげるだけでは、限界が訪れるようになります。今やってる仕事に慣れてくるタイミングなどがその良い例です。

次の段階にするべきことは、自分と向き合うこと

西本 そこまでくると次に大切になってくるのは、これまでの自分のやりかたに「ゆさぶり」をかけられるかどうかです。つまり、それまでの「外的な報酬」から「内的な報酬」にチェンジしていけるかどうかということです。

—なるほど。「ゆさぶり」っていうのは具体的には、どういうことですか?

西本 たとえば、日々の仕事でいうと、「いつも大変お世話になっております」という定型文でメールを書くのではなく、「あの人を笑わせるにはどういう出だしがいいだろうか?」というように、自分の中で「ゆらがせる」ような目標設定をしていくことがあげられます。

—一度立ち止まって考えなおすわけですね。でも、これまでのやりかたに慣れてしまった状態だと、そこから考え方を変えるのってけっこう難しいですよね。「ゆさぶり」ってどうしたら自分で自分にかけられるものなんですか?

西本 その質問を待ってました!(笑)いつもの自分のやりかたを「ゆさぶる」ためには、「自分にとってそもそも仕事とは何か?」「人生で何を達成したいのか?」ということを自問してみるといいんです。

—おぉ、自分の生き方に向き合うんですね。

西本 そうです。自分の人生の目的は何かということにきちんと向かい合うことで日々の仕事の質が大きく「ゆらぎ」、そこからは外的な報酬ではなく内的な報酬が上がっていくんです。目標設定のこの2段階めに到達することが、フローに入るための条件と考えられます。専門的には「ジョブ・クラフティング」といいます。

石川 「ちょっと上の目標設定」については、もっとお話ししたいことがいっぱいあるんですが、今回はこのあたりにしておいて、フローに入るための最後のステップに進みましょう。

机が脳にとって「遊ぶ場所」になってしまうと手遅れ

西本 ちょっと上の日々の目標設定ができれば、最後のステップ「動作に入る前のルーティン」です。スポーツ選手の例がわかりやすいと思うのですが、野球のイチロー選手が打つ前にやる一連の動作や、ラグビーの五郎丸歩選手がキックする前にやる動作、あれがルーティンです。

石川 オフィスで働く人にとっての仕事を始める前のルーティンは、ヤフーニュースやFacebookを見ることだったりしますよね(笑)。

—ああ(笑)。そしてそのまま時間がたつのはよくありますよね。

石川 そういう状況になってしまったら、一度席を立って自分の行動を仕切り直したほうがいいくらいです。私もよくやってしまうのですが、「うかつに仕事を始める」とそうなっちゃいますよね。

—「うかつに仕事を始める」ってすごい言葉だな。いや、だいたいうかつに始めてますよ。

西本 仕事で実際の作業をするというのは、野球選手で言えばバッターボックスに立つようなもの。だから、作業をするときには、そのための場所で、自分のコンディションと環境を整えて、ルーティンを決めて、やったほうがいいんです。たとえば、デスクの上をウェットティッシュで拭くとか、深呼吸を数回してからパソコンを開くとか。本当はそれ相応の準備をした上で、臨むべきなんですよね。

—言われてみれば、たしかにその通りですね。

西本 そもそも、仕事をする机でSNSを見たり動画見たりしてると、脳が混乱します。その場所で、仕事モードでいればいいのか、遊ぶモードでいればいいのかわからなくなってしまうんです。

—なるほど! 仕事をする場所で他のことをすると、脳が混乱するのか。ぼく、机で仕事もしますけど、どうでもいいネットの記事を読んだり、ご飯食べたりしてました…。

石川 さらに言えば、企画書をつくるときはこの場所、メールを返すときはこの場所、と別の場所でやったほうがより集中できます。仕事の種類によって使うPCを変える人もいるくらいです。

—なるほどなあ。それはよさそうですね。

西本 これは不眠の治療とも共通してるんです。不眠治療では、お医者さんに眠れない時はベッドから出るように言われます。それは、ずっとベッドで眠れない状態が続くと、ベッドが「眠れなくてつらい場所」として認識されてしまうからです。机が「仕事に集中できない場所」として認識されてしまうと、なかなかそこから抜けられません。

—おー、そうなんですね。なるほどなあ。

石川 ふー、ここまで1「強い感情を感じる」2「一気にリラックスする」3「目標行動の実施をイメージ」4「動作に入る前のルーティン」のポイントを一通りお話しさせていただきました。実はまだ細かいポイントがたくさんあるのですが、それはまた機会を改めてお話しさせてください!

—はい。ぜひぜひです。ちなみに、強いフローって、どのくらいの頻度で入れるものなんですか? 月に1回とか?

石川 残念ながらまだ、そのような研究は出てないのですが、音楽家などのトップパフォーマーの研究によれば、一日のうち超集中できるのはマックス4時間までだそうです。そしてそのような状態は負荷がかかるので、4時間集中したら、4時間休むことが大事になります。

—よしきさんはどうされていますか?

石川 僕はまだまだ甘いですが、集中するためのステップは明確にわかっているので、気を付けています。例えば、論文を読むにしても、うかつに読まないです。今本当にそれを読みたいのか、自分の感情を観察する。そして、「読まなきゃ」とか「理解しなきゃ」くらいにしか思っていなかったら、いったん置くんです。そして、自分はどうしてこれを読むのかということを、書き出してみる。

—目標行動の実施をイメージする、のステップですね。

石川 そのときは、「そもそも自分は人生で何がしたいんだっけ」ということまで、遡って考えます。

—なんとなく仕事を始めるのと、人生で何がしたいのかを明確にしてから仕事を始めるのでは、集中力の度合いがかなり変わりますね。これから意識してやってみます。本日はありがとうございました!


構成:崎谷実穂

(シリーズ第2弾「集中力編」おわり)


この連載について

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石川善樹

予防医学研究者であり、論文を読むのが趣味という石川善樹さんは、cakesを運営するピースオブケイクに遊びにくると、最新科学のさまざまなトピックについて熱く語ってくれます。その話があまりにも面白いので、いっそのこと連載にしようということ...もっと読む

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