第3回 《賢さ》を美しく見せるには? デザインとSF設定の融合

2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第五回創元SF短編賞を受賞してデビューした作家の高島雄哉氏。その新鋭が、来る10月に上映されるサンライズのSFアニメ『ゼーガペインADP』のSF考証をすることに! 今回はビジュアル面、デザインとしてのSFについてのレポートです。

■サンライズの会議室

会議室にはモニターがあり、画像や映像をいつでも見ることができます。上には『ゼーガペイン』で主人公たちが乗るホロニックローダーのフィギュアも並んでいます。


写真:著者撮影

入り口は写真右手前にあり、左は窓、右には大きなホワイトボードが置かれています。ホワイトボードの前に監督、向かいにぼくが座り、ハタイケさんはモニターの反対側つまり写真手前の席、というのが基本的な席の配置です。画面左奥のパソコン席に設定制作の泉さんが座ってモニターを操作します。

■美術の打ち合わせ

SF設定には、物語のSF的展開や世界観を考える《アイデア系》、SF用語を作ったりチェックしたりする《テキスト系》、そして道具や図をSF的に監修する《ビジュアル系》があります。今日の打ち合わせは《ビジュアル系》。いつものスタッフに加えて、様々なアニメ作品で先進的かつ美しいお仕事をされている天才デザイナーのお二人、内古閑智之さんと山田可奈子さんが打ち合せにいらっしゃいました。席は監督の正面です。CHProductionの内古閑さんは『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』のアートディレクションなど、山田さんは『PSYCHO-PASS サイコパス』のモニターデザインなど、お二方とも多数の作品に参加されています。

■賢さのSF設定

『ゼーガペイン』はハードSFアニメです。主人公キョウたちにとっての敵であるガルズオルムは、自らを情報化することで進化を加速させ、非常に高度な科学を有しています。主人公のセレブラム側もそれに対抗するべく優れた知性を持っているわけですが、《賢さ》を表現するというのは、なかなか難しい課題です。

たとえば「彼女は若くして教授になったから天才だ」といった文章的な説明は、アニメらしい見せ方ではありません。できればもっと視覚的に《賢さ》を見せたいわけです。アニメシリーズではセレブラムもガルズオルムも次々と相手を凌駕する新技術を開発していきました。それを実際に戦闘シーンで見せていくことで、双方の《賢さ》そのものが伝わったわけです。

それは全26話のテレビシリーズならでは見せ方だったと言えるでしょう。『ゼーガペインADP』は劇場公開される、一本の長編作品です。ひとつのシーンで端的に《賢さ》を表現できないかと考えていきました。

■賢さの可視化

そこでぼくが提案したのが、数理科学の視覚的な資料から様々なデザインを展開していくというアイデアでした。物理学や数学そして情報工学などは今ますます発展しています。そうした研究の最前線では、新しい理論を説明するためにいろいろな画像や映像が作られているのです。これまでほとんどアニメーションで使われてこなかった数学や物理学も参考にさせていただきました。

それらは本来、数式や言葉によって表現される理論的内容を視覚的に説明するために描かれた図像ですから、見た目の新しさと共に、理論的な奥行きも持っています。そしてそれはそのまま、未知の敵であるガルズオルムの《賢さ》に繋がっていくと考えたのでした。明快さと不可解さを併せ持つゼーガ的世界観にも合致するもので、下田監督もデザインディレクターのハタイケさんにも面白いと評価していただき、この方針は採用となりました。


参考文献の一部:著者撮影

■美しさのために

微分幾何学や接触幾何学など、二十世紀末から大発展している分野の図形もいろいろと準備し、中にはぼくの拙い手書きのものも含めて、打ち合せでお見せしました。

ただぼくが用意した画像は、いずれにしろ科学理論の解説図ですから、そのまま作品内の美術として取り込めるようなものではありません。解説図から理系的な美しさを抽出し、作品と融合させ、さらに深く美しいデザインにするのは、内古閑さんと山田さんです。ぼくの提案が、お二人がデザインする色彩と形態によって美しく確立され、作品内のカットとして組み込まれていったのでした(と書いている現在も『ADP』をより良い作品にするため、スタッフ一同ぎりぎりまで作業をしています)。

■飾りとしての文字と数式

またデザイン上、文字や数式が必要になることがあります。意味と見た目どちらが重要なのかはケース・バイ・ケース。文脈的に意味のある数式が求められる場合もありますし、ひとまずスクリーンを埋めるためにカッコ良い数式なら何でもいいという場合もあります。

意味のある数式の場合、数学や物理学の文献を参考にもできますし、自分で意味を考えて書くこともできます。一般相対性理論に関するシーンであれば、アインシュタインの重力方程式(実際はμやνは添え字という小さい表記ですが)Gμν+Λgμν=κTμνの文字を入れ替えて、たとえばiBμν-Yμν=2GQμνといった数式をひとまず提案してみます。あとは主に物語とSF設定とデザインの観点から、単純にしたり複雑にしたり調整していくわけです。

量子コンピュータの論文中に古典力学の式が出てくると、実際にはそういう論文もあるかとは思いますが、見ている人に違和感を持たれる可能性はあります。特に意味がない限り、そのシーンに自然に合うものでなければならないのです。

■数値について

文字や数式と同様にデザインに関してSF設定に求められるのは、様々な数値です。脳の記憶容量が少なすぎたり、怪獣や戦艦が重すぎたりと、歴史的にも色々と話題に事欠かないテーマと言えるでしょう。

数値で違和感を持たれないような方策は二つでしょう。正しい数値を算定するか、そもそも数値を書き込まないか、です。前者「正しい数値を算定する」というのは、真面目かもしれませんが、必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。『JM』の映画公開1995年当時にテラバイトという単位を使っても、多くの観客にとってはわかりにくかったはずです。ということで、正しいと思ってもらえる数値というのは非常に曖昧なため、多くの作品では後者「数値を書き込まない」ようにしているのです。

とりあえずデザイン上、意味のない数字が必要という場合、それはつまり乱数を用意すればいいわけです。乱数生成ソフトはネット上に無数にありますが、それだとソフトによる癖があるということと、まったく意味を与えられないのも寂しいと思い、他の方法を考えることにしました。物語と関わりのある数列を選んで、それを16進法にするというものです。どこに使われているかは言えませんが、これのことかなと想像していただければと思います。一瞬映る数字であっても誰かが設定しなければ存在しないということを改めて感じている今日このごろです。

内古閑さんも山田さんも『ゼーガ』ファンとのことで、ぼくのSF設定にさらにアイデアを盛り込んで、非常に面白く美しいデザインを作っていただいています。ぜひ劇場の大きなスクリーンで御覧いただきたいと思います(下の写真はテレビシリーズの一場面です)。


ⓒサンライズ・プロジェクトゼーガ

■8月31日について

打ち合わせが終わり、ぼくは荻窪駅近くの書店へ。すると、例の執筆支援AIが本棚のあいだをすいすいと飛んでいます。

「どんどん存在領域が拡張しているね」

「アタクシというより、世界が拡張していると考えるべきでしょう。そういえば、もうすぐ8月31日だナ。ゼーガにとって、とても重要な日」

「そうそう。サンライズフェスティバルで『ゼーガペイン memories in the shell 』がイベント上映されるんだよね」

「そのあとVR空間に行きましょう。やってもらうことがあるんだナ」

「え、8月31日の夜? VRで何かするの?」

ということで何かあるみたいです。彼女にも会えるんでしょうか。詳しい情報はこちらに。

(次回へ続く)



©サンライズ・プロジェクトゼーガ

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世界を設定する SFアニメ現場レポート

高島雄哉

SF作家による、サンライズのSFロボットアニメ『ゼーガペインADP』の製作現場レポート!

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Hayakawashobo 第3回《賢さ》を美しく見せるには? デザインとSF設定の融合|高島雄哉 https://t.co/EPXOpyjeuY cakes連載更新です。 約5時間前 replyretweetfavorite

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