結論から言うと僕はひとり飯派だ。昼食後には外に出て散歩したりベンチに座って鳩に餌をあげたり、野良猫を撫でたいのだ。
現実には上司に誘われ同僚達と連れ立って20人位で社員食堂に行く。僕はゆっくり食べたいのだが、早食いの皆に合わせる。
早く食べることに集中するので味わって食べられない。上司を待たせないよう、まだ口の中がいっぱいでもご馳走さまをする。
食後は休憩室でコーヒーを飲みながら雑談をする。最近の話題はオリンピック、その前はポケモンGO、その前は都知事選だった。
ニコニコ笑いながら皆の会話を聞き相づちをうつ。大抵いつもほとんど100%聞き役だ。話すとグチを言いそうだから黙ってる。
僕は頭の中で『黄色いクルマのパン屋さん』のことを考える。スズキの軽ワゴン車を黄色に塗ったパン屋さんが駅前に停まってる。
まるまると太ったマツコデラックスのようなアラフォー女性が毎晩立っていて沢山のパンを売っている。今は寝てるのだろうか。
夕方になるとパン屋を開く。かなり繁盛していて帰る頃にはパンはあまり残っていない。多分月に20万くらいは稼いでいるだろう。
脱サラして黄色いクルマのパン屋さんに弟子入りしたい。ゆっくりパンを食べる生活。お昼は鳩に餌をやり野良猫を撫でる生活。
マツコデラックスに弟子入りするには資格がいるだろうか。デブじゃないとダメとか言われるだろうか。もっと体重増やせとか。
上司が腕時計に視線を向ける。職場にもどる合図だ。僕は席を立つ。午後は今月分の伝票をたくさん書かなきゃいけない。
20人の同僚とエレベーターに乗ると、ブーっと体重オーバーのブザーが鳴る。来るときは鳴らなかった。ランチでオーバーした。
エレベーターを降りて皆を見送る。一人、エレベーターホールに残される。黄色いクルマのパン屋さんは、今日もいるだろうか。
僕は職場に戻る気を失っていた。やっぱりランチくらい一人でゆっくり食べたいし、パソコンや伝票よりパン作りをしたい。
上司の携帯にメールをした。すぐに返事がきた。『バカなこと言わないですぐ戻れ』僕はマツコデラックスに弟子入りする。
荷物を置いていけないのでひとまず戻る。
午後は伝票を書きながら、僕のパン屋さんのクルマの色は何色にしようと考えていた。緑色の伝票に数字を書きながら、ずっと。
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