※初出2014-09-20
長年の研究が実ってようやく、予備知識や記事の内容を精査することなく、その主張の信憑性を判断する方法を編み出したので、ここに発表しようと思う。
それは実に簡単なことだった。思えば俺がこの研究を始めたのはいまを去ること…(略)ということで、いよいよお待ちかね、馬鹿でもできる真偽の判別方法を発表します。
冒頭とか前半部分とかの比較的早い段階で、「つい先日こういう話を耳にしました」「このまえこういう体験をしました」「最近こんな人に出会いました」で始まる記事は、怪しい。
これに尽きる。いや、もう、ほんと、百発百中と言ってもいい。こういうまくらで始まる記事は、トンデモと断言していい。つい先日もそういう記事を読んだし、絶対確実!
真面目な話、物事は包括的・体系的に捉えなければならないのに、特殊な一部を全体に拡大して理論を飛躍させている記事って多いと思うんだよね。「実証」というのはたまたま合致するサンプルをみつけることじゃないわけで。
でも人は、特殊なサンプルの方を好むんだよね。湾岸戦争の時の原油まみれの水鳥の映像とか。珊瑚礁のKYとか。まあ背景によほど綿密の論証があるなら、いいんだけどね。特殊なサンプルを集めても全体像にはならない。
仮にそういう特殊なサンプルが事実であっても、例外は例外なわけで。たとえば「日本の貧困率はこんなに高い」という統計データを出した後、「例えば東京に住む○○さんは~」と貧困生活の具体例を出す。でもそういう時のサンプルというのは、やっぱ貧困の中でも特殊なものが多いと思う。まるで貧困に分類された人はほぼ全員がその人と同じ生活をしているかのような印象を抱いてしまう。
問題を解決するには正しく問題を把握しなければならない。まあ「たいへんだ!たいへんだ!」と騒いで警鐘を鳴らす役目も社会には必要だが、なんか単にそれを飯の種にしている人が多いように思う。
非常ベルだけたくさんあってもダメなんですけど(笑)。火を消す設備なり脱出経路の確保なりそういう部分を考える人たちがいないと。解決策や問題の本質がどこにあるのか?を考えるなら、そういうインパクトの強い特殊なサンプルではなく、全体を見なければ。