リオ五輪での裏でおこった異様な事件
ライアン・ロクテは、2004年のアテネから4回連続でオリンピックに出場し、6つの金メダルを含む合計12のメダルを獲得した競泳選手だ。188センチメートルの長身とモデルのようなルックス、チャーミングな笑顔も加わり、アメリカではマイケル・フェルプスに並ぶ有名人だ。
リオ・オリンピックでの個人競技では期待外れの結果だったが、リレーでなんとか金メダルを獲得した。
競泳はオリンピックの前半に行われるので、選手たちは後半を他の競技の観戦や遊びに費やすことができる。金メダリストの場合は、豪華なパーティに招かれたり、優遇されたりもするようだ。そこで羽目を外したり、いざこざに巻き込まれたりする選手の噂もときおり耳にするが、8月14日に報道された事件は異例だった。
ロクテを含む4人の競泳選手が、警官を装った集団から銃を頭につきつけられ、現金を奪われたというものだ。
当初のアメリカ人の反応は「リオ・デ・ジャネイロは怖いところだ」、「なぜもっと警備を徹底しないのか?」という主催地への批判だった。ところが、ブラジル当局の調査が進むにつれ、ロクテの最初の説明が疑わしくなってきた。
驚くべき真相と輪をかけて驚くべきオリンピック広報の対応
まだすべては明らかになっていないが、監視カメラと当事者の証言により現時点で信じられているのは次のような経緯だ。
日曜の早朝にパーティからタクシーで戻る途中、4人の競泳選手はガソリンスタンドに立ち寄り、そこで、壁に放尿し、トイレのドアや備品の数々を壊すなどして暴れた。その後タクシーで去ろうとする選手たちを警備員が止め、損害への支払いを求めた。このときに、警備員の一人が銃をちらつかせた。一部の報道では、ロクテは泥酔しており、破壊行為を率先したのもロクテだったという。
ロクテと同行していたグンナー・ベンツ、ジャック・コンガー、ジェイムス・ファーゲンはブラジル警察の要請に応じて帰国を取りやめ、事情聴取に応じている。けれども、ロクテはすでにアメリカに帰国しており、中途半端な謝罪をしただけで、ブラジルに戻ることは拒否している。ブラジル警察は、偽証罪と器物損壊罪での訴訟も考慮しているというが、当然のことだ。
驚くのは、最初の記者会見でのリオ・オリンピック広報担当のマリオ・アンドラダの意見だ。
「あの子たちは、楽しもうとしていただけだ。……彼らは何年もトレーニングし、大きなプレッシャーのもとで競った。……調査中なので私はこれ以上事件については言えないが、あの子たちを許してやろうじゃないか。人は、後悔するような行動をときおり取ってしまうものだ。ロクテは、史上最高の競泳選手のひとりだ。彼らは楽しんで、羽目を外して失敗したが、人生はそういうもの(life goes on)」
アンドラダは、ロクテらを繰り返し「kids(子どもの愛称)」と呼んだ。そこには「男の子って、やんちゃなものさ」というニュアンスが感じられる。だが、ロクテは4回もオリンピックに出場しているベテランの32歳だ。「若いから失敗もするさ」で許されるような年齢でも立場でもない。
浮き彫りになる白人男性の異様な特権意識
ロクテに比べ、アメリカの世論は、20歳の黒人女性である女子体操選手ギャビー・ダグラスに異様に厳しかった。団体での金メダル授賞式で、ひとりだけ左胸に手をあてていなかったダグラスに、ネットで「態度がなっていない」、「愛国心に欠ける」という中傷や攻撃が集中した。(アメリカでは国歌演奏のときに左胸に手を当てる人が多いが、義務ではないし、公式の慣しでもない)
ロクテとダグラスへの対称的な対応は、アメリカに根強く残っている「白人男性の特権意識」を浮き彫りにしている。
「3日連続でおきた黒人と警察官をめぐる悲劇的な事件」でも書いたが、アメリカでは黒人というだけで何も罪を犯していないのに疑われて警官に銃殺される事件がいくつも起きている。黒人の親が、子どもたちに「疑われるような服装や行動に気をつけなさい」、「警官に侮辱されても言い返してはならない」と教えなければならない悲しい状況なのだ。
もし、アメリカのガソリンスタンドで黒人男性がロクテと同じような行動を取ったら、銃殺されても不思議ではない。
ロクテが、他国でこれほど横柄な態度を取り、嘘をつき続け、今になっても中途半端な謝罪しかしないのは、生まれてから32年の間、肌の色で差別されたことも危険を感じたこともなく、「男の子はやんちゃだから仕方ないね」で失敗を繰り返し許される人生を送ってきたからだろう。
「レイプ事件を隠ぺいした大学町が問いかけるアメリカの良心」などの別媒体でも何度か書いたが、アメリカではアスリートによるレイプ事件が多い。そして、ここでも白人男性の特権意識が際立っている。
スタンフォード大学の競泳選手が意識不明の女性をレイプした事件(彼が飲み物にデートレイプ薬を盛った疑いが強い)では、最高14年の禁錮刑が可能なのに、スタンフォード大学でラクロスのキャプテンだった経験を持つ裁判官のアーロン・パースキーは、禁錮6ヶ月という寛容な刑を与えた。非常によく似た事件で、ラテン系の加害者に禁錮3年を言い渡したことがあるにもかかわらず。
加害者の父親が情状酌量を求める手紙の内容にも特権意識が滲み出ている。
「これまで(息子が)達成のために一生懸命努力してきた人生は狂ってしまった。20年ちょっとの人生のうち、たった20分の行動に対して払う代償として(禁錮刑は)高すぎる」
この手紙には、息子の20分の行動で人生を狂わされた被害者への配慮や言及はまったくなかった。
白人男性のエリートアスリートの暴挙と、それを許す風潮は、これから大人になる若者に「お手本」として大きな負の影響を与える。特にロクテのようにチャーミングで人気がある選手の影響は大きい。
この風潮を問題視しているのは、フェミニストの女性だけではない。「マッチョで女性蔑視の男性アスリートを真似なくていいのだ」と高校生の若者に気付いてもらうために活動している男性たちもいる。
その一人を取材しているので、次の機会にご紹介したいと思う。