​『シン・ゴジラ』 なぜ庵野秀明の表現は「世に届く」のか

2016年夏の大作『シン・ゴジラ』。すでに各所で話題を呼び、さまざまな切り口で論じられている本作について、「およそ120分の祝祭」では庵野秀明監督の特性に着目して論じます。

1954年公開の第1作『ゴジラ』から数えて62年。日本国内で28作、海外で2作が撮られた怪獣映画シリーズが、『シン・ゴジラ』の名称で新たに発表された。総監督・脚本は、1995年から始まったアニメ作品『新世紀エヴァンゲリオン』で知られる庵野秀明。監督・特技監督を担当するのは、人気怪獣映画「平成ガメラ三部作」*1で特撮ファンに強く支持される樋口真嗣である。

ゴジラシリーズは、時代の変遷とともに、ゴジラを正義の味方、人間の仲間として描く傾向があった。今回の『シン・ゴジラ』では第1作の原点へと立ち返り、東京を蹂躙する禍々しい厄災、人間の敵としてのゴジラが強調されている。また注目すべきは、突如として現れた巨大不明生物に翻弄されながら、国家の危機に立ち向かう政府、自衛隊などの働きがすばやいテンポで描かれる斬新なアイデアだ。ゴジラシリーズほんらいの魅力の再発見につながる、骨太な作品に仕上がったといえる。東京湾内羽田沖で大量の水蒸気が噴出する事態が発生。当初は、局地的な地震、もしくは海底火山の噴火と想定されていたが、実際には巨大な尻尾を持つ生物であることが判明した。やがて巨大不明生物は東京都内へと移動していった。

庵野秀明はこれまで繰り返し、「プライドを持ったフィルム」という表現を使ってきた。2015年4月1日『シン・ゴジラ』製作発表時には、「映画としてのプライドを持ち、少しでも面白い映像作品となるように」とコメントを残している*2。彼が『新世紀エヴァンゲリオン』発表後のインタビューで答えているのも同じ内容だ。では、庵野にとってプライドとは具体的に何だろうか。彼は「プライドを持ったフィルム」を以下のように説明している。

「アニメの業界内では、僕は正直有名な方だと思うんですよ。でもですね、これが一歩、普通の飲み屋にいって、カウンターの隣に座った女の子に、自分の職業の説明ができないんですよ。恥ずかしくて。(中略)そういう時には、ごまかして会社員とか言ってるんですよ。そこで僕の感性はアニメーションというものにプライドを持っていないんだな、と」
「全然知らない人に、『こんなアニメーションがあってね、口ではうまく説明できないんだけど、とにかく見てよ』といって、その人が見た時に、『何、あれ?』という風なものにしたくない」*3

つまり庵野にとってのプライドとは、アニメや特撮といったジャンルの内側での安住をよしとしない、「飲み屋で隣に座った女の子」に届く風通しのよさと一般性である。より広い範囲へ向けて、胸を張って作品を送り出すこと。私が庵野に惹かれるのは、こうした意識の持ち方にある。90年代後半に『新世紀エヴァンゲリオン』が巻き起こした社会現象は説明するに及ばないだろう。2007年から開始された『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』(現在、3作が公開)も大ヒットしている。『シン・ゴジラ』も公開週の興行成績1位を獲得し、興収40億円を視野に入れる好調ぶりだ*4。庵野のプライドが込められた作品は、社会を揺り動かすポテンシャルを持つ。

怪獣映画のカタルシスを期待して出かけた観客は、政治家や官僚の会議が連続する渋い構成に驚くほかない。中年男性/女性が会議卓を囲んで、いかにゴジラを駆除するかを相談する場面がひたすら映し出されるのだが、いっけん地味に感じられるこの構成には、形容しがたい興奮とスリルがある。なるほどこの手があったかと、着眼点のよさに膝を打つほかないが、同時によくこの企画を通せたものだともおもう。とてつもない早口のせりふや、情報過多でとても追いきれないテロップの頻出など、安易な迎合を嫌う庵野ならではのプライドが隅々まで行き渡っている。

同様に庵野を特徴づけているのは、社会を覆う空気を作品に反映させるアンテナの鋭さであろう。東日本大震災で日本人が感じた不安を、ゴジラというフォーマットに置き換えながら語っていく手腕には圧倒されるが、彼はかねてより、こうした察知能力を作品に生かしてきた。『新世紀エヴァンゲリオン』に関するインタビューで、彼はこう答えている。

「これが二年前だったらダメだったろうし、二年あとでもダメだっただろうと。あとは僕のアンテナが、要するに自分自身には何にもないので、無意識に社会を反映できるというのがあるかも知れない」*5

阪神・淡路大震災と地下鉄サリン事件で、社会の底が抜けたかのような混乱状態にあった1995年の日本。その空気を敏感に察知してアニメーション作品に取り込むことで、同年10月に開始した『新世紀エヴァンゲリオン』はヒットに結びついた。庵野の作品は、時に社会と絶妙なシンクロを起こす。観客は作品の同時代性にこそ惹かれるのだ。

放射能の化身ゴジラが破壊の限りを尽くす物語後半は、東日本大震災で制御不能となった原発の爆発を想起させる。本作が2016年の映画であることの証左だ。われわれ日本人は、ゴジラに立ち向かう登場人物たちのように、原発問題と向かい合えたのではないか、とつい想像してしまうのだ。こうした庵野の嗅覚の鋭さに勝てる者はそういないだろう。『シン・ゴジラ』のもたらす熱狂は、庵野がその鋭敏なアンテナでとらえた作品が、社会とシンクロする興奮そのものである。

*1 『ガメラ 大怪獣空中決戦』(’95)、『ガメラ2 レギオン襲来』(’96)、『ガメラ3 邪神〈イリス〉覚醒』(’99)の3本を指して「平成ガメラ三部作」と呼ぶ。
*2  http://shin-godzilla.jp/sp/comment/
*3  『MPEG SPECIAL VOL.2』('96)
*4  http://www.cinematoday.jp/page/N0084995  興収40億円とは、2016年でいえば、『映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』(41億円)や『映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!』(55億円)などのファミリー映画と同等の集客力を意味する。
*5 『パラノ・エヴァンゲリオン』(太田出版)。同書は 97年3月発売。インタビュー時期は96年と推測される。

『シン・ゴジラ』
公開日:2016年7月29日
劇場:全国東宝系にてロードショー
監督:庵野秀明、樋口真嗣
出演:長谷川博己 竹野内豊 石原さとみ
配給:東宝
© 2016 TOHO CO.,LTD.

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およそ120分の祝祭 最新映画レビュー

伊藤聡

誰しもが名前は知っているようなメジャーな映画について、その意外な一面や思わぬ楽しみ方を綴る「およそ120分の祝祭」。ポップコーンへ手をのばしながらスクリーンに目をこらす――そんな幸福な気分で味わってほしい、ブロガーの伊藤聡さんによる連...もっと読む

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s_1wk 『シン・ゴジラ』 なぜ庵野秀明の表現は「世に届く」のか|伊藤聡 @campintheair | 約3時間前 replyretweetfavorite

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