一流のアスリートほど、大きな夢をみない

「多くのオリンピック選手にお会いして、目標設定に関するインタビューをしたことがあります。すると、ほとんどの選手が、はじめは大きな夢を持っていなかったのです」。そう語る為末大さん。 では、どうして彼らは大きな成功を手にできたのでしょうか。発売直後から大反響の新刊『限界の正体-自分の小さな檻から抜け出す法』から、モチベーションと目標の密接な関係を明かします。

夢を見ることの功罪

世の中の人は、アスリートに対してどんなイメージを持っているでしょうか。

「一流のアスリートほど、大きな夢に向かって、ストイックに生きてきた人たちだ」

ととらえているかもしれません。

たしかに選手のインタビューを聴くと、彼らが小さな頃から夢に向かって一心不乱に努力をしてきた姿が感動的に浮かび上がります。しかし実際のところ、オリンピック選手の統計データによると、子どものころからオリンピック選手を目指してきた人は、全体の40%以下だということがわかっています。

成功を収めたアスリートでさえ、はじめから壮大な夢や目標を持っていたわけではないのです。

もちろんアスリートは、なんらかの目標を設定し、それに向けてトレーニングをしています。世界一になるという壮大なものもあれば、力を出し切るという抽象的なものも、この試合で3位に入るという具体的なものもあります。ですが、結果を出しているアスリートほど、

「遠くにある大きな目標よりも、目の前にある小さな目標を優先している」

というのが僕の体感知です。

大きな夢よりも大切なこと

僕は、多くのオリンピック選手にお会いして、目標設定に関するインタビューをしたことがあります。

すると、この統計データを裏づけるように、ほとんどの選手が、はじめは大きな夢や目標を持っていなかったのです。

では、どうして彼らは成功を手にできたのか。

理由はこのことに尽きると思います。

「目の前の問題を解決し、改善を繰り返す」


彼らは、やみくもに大きな夢を描くのではなくて、その日の目標を立てて、トレーニングをしていたわけです。「オリンピックに出たい」「メダルを獲りたい」といった目標は、その過程の中で見つかったものでしょう。

たとえば、僕は現役時代、フォームを効率的に改善するために、いわゆるABテストを取り入れていました。ABテストとはこんな方法です。

【Aパターン】

 •腕を大きく振る

【Bパターン】

 •腕を小さく振る

この2つを交互に試し続け、どちらが走りやすいかを検証します。

すると、同じ練習がただの反復ではなく、実験の連続になるのです。

僕は反復が苦手で、数年先のために地道に努力できるタイプではないのですが、実験だと思えば、同じことを何万回続けても耐えることができました。こうした日々の改善の延長線上に、2つの銅メダルがあったのです。

目標の罠

人は誰しも、目標を立てて、それを達成しようとします。目標を立てるからこそ、計画的に頑張ることができる。それはたしかにその通りです。しかし一方で、目標を立てることによる弊害があることも知っておくべきでしょう。

目標をどこに置くか、設定のしかたを誤ると、目標が「限界の檻」となって成長を阻んでしまいます。こうなると、行動のために立てた目標が、逆に行動を妨げてしまう。「目標の限界化」という現象です。

目標が、限界の檻に変わるには、3つのパターンがあると僕は見ています。

①目標達成にこだわりすぎる→自分を見失う

②目標が遠すぎる→続かない

③大きな目標を達成する→燃え尽きる

集中力が続かないのは、意志が弱いからではない

モチベーションをいかに保つかはアスリートにとっても、ビジネスパーソンにとっても重要なことです。

「馬の鼻先にニンジンをぶら下げる」といいますが、ニンジンは、適切な距離に置かれたときにこそ効果を発揮します。目の前にある小さなニンジンと、遠くにある大きなニンジン。2つを比べた場合、僕にとってモチベーションになるのは、たとえ小さくても、目の前にあるニンジンでした。

コーチから、次の2つの指示を与えられた場合、完走率が高いのはどちらだと思いますか?

①「今日は、300メートルランを、10本やる」

②「今日は、300メートルランをやる。本数は、オレが『終わり』というまで」

答えは、①です。

「10本やる」と最初に本数を示してもらったほうが完走率は高くなります。

人は目標から逆算したり、カウントダウンで考えたりすると、ゴールに近づいている実感が湧くので頑張れるのですが、いつ終わるかわからない状況では、努力を継続することができません。

たとえカウントダウンで数字が減ったとしても、目標が遠すぎると、ゴールに近づいている実感が湧きにくい。だから徒労感を覚え、続かなくなってしまうのです。

高すぎる目標が自信とモチベーションを奪う

人間には、体感的な射程距離があると、僕は考えています。

「頑張れば届きそうな距離」

「頑張っても届かない距離」

「届きそう」と思えるなら、どうすればいいのかを具体的に考えることができますが、「届かない」と感じてしまうとどうしたらいいのかわからないので、モチベーションをコントロールしにくくなります。

そう考えると、一所懸命頑張れば、なんとか手が届きそうな、ちょうどいい高さに目標が設定できさえすれば、モチベーションは自然と高まります。目標は、低すぎても緩んでしまいますが、高すぎると自分を信じきれなくなって、努力が浮ついてしまう。高すぎる目標は、たいてい失敗に終わります。そして、失敗を繰り返すと、人は自己嫌悪に陥ってやる気を失うものです。

僕は小さいころから、「世界でいちばんになる」という夢を持っていました。

そして自分が世界で戦えるものは何かを考えた結果、18歳のときに、100メートルから400メートルハードルに転向しました。それでも大学時代の僕のタイムは、世界でいちばんにはほど遠かった。当時の世界レベルから1秒ちょっと、距離にして7、8メートル離れていました。この差はとても大きい。

この差だけを意識していたら、モチベーションも、意欲も、下がってしまいます。

けれど、一方で世界3位は手に届くかもしれないと思っていました。

1位、2位と違って、世界3位は、転がり込んでくるというイメージが僕にはありました。10年くらい順番待ちをしていれば、自分にも、1回か2回は、3位になるチャンスが転がり込んでくるのではないか。そう思える根拠もありました。僕の全体のタイムは速くありませんでしたが、スタートから1台目のハードルまでのタイムは、世界と比べても遜色なかったからです。

僕にとって、スタートタイムこそがメダルへの突破口でした。

突破口を切り開き、初速のスピードを維持して、減速を抑えることさえできれば、世界3位も夢ではない。

そう体感できたからこそ、僕は、挑戦し続けることができました。

世界一という大きな目標を持ちながらも、現実的な課題に向き合う。それこそが、毎日の練習にモチベーション高く臨む原動力になったのです

アスリートはいかに、​集中力とモチベーションを保ち続けるのか!?大反響の新刊

この連載について

初回を読む
限界の正体ー自分の見えない檻から抜け出す法

為末大

400mハードルの日本記録保持者で、3度のオリンピックに出場した為末大さんの新境地。人間にとって、才能とはなにか。限界とはなにか。人間の心について学び、アスリートの成功と挫折を見るなかでたどりついた考えとは?? 長い間、人間の限界と呼...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

shimadakana 目標の高さとモチベの関係に腹オチ。 地道に己を高めてきた人の発言には、重みがあるね。 https://t.co/JZsYxg62gS 約1時間前 replyretweetfavorite

yasuhiko_tanaka 夢を見ることの功罪。 *為末大さん https://t.co/xHNMVZVCjY 約1時間前 replyretweetfavorite