転職は「裏切り」ではないし、解雇通告も「不幸」だけではない

日本とアメリカ両国での就業・就学経験があり、子を持つ母でもある、東京糸井重里事務所CFOの篠田真貴子さんと、cakesの人気連載「アメリカはいつも夢見ている」「アメリカ大統領選やじうま観戦記」の渡辺由佳里さん。共通点の多いお二人に、「働くこと」について語っていただきました。仕事と母親業とをこなすなかで実感した、働くことの本質、そして、企業と個人が目指すべき、新しい雇用関係とは? 女性はもちろん、働くすべての人に読んでほしい新連載です。

転職は「裏切り」か?

— 前回まで人間関係も個人と会社の関係も、信頼に基づいて期間を定めて更新するとよいというお話でした。お二人は実践されているんでしょうか。

篠田 そうですね。そういえば以前に、若い方に自分の経歴を聞かれたとき、「10年後も糸井事務所にいるか、同じCFOという肩書きでいるかは分からないです」と答えたら、ポカーンとされましたね。

渡辺 理解の範囲を超える答えだったのでしょうね。

篠田 それで「私も会社も周りの状況も変わるものだから、今のこの役割での雇用関係じゃない方がいい、という結論が出ることは、選択肢としてはありえますよね」っていうお話をしたんですけど。もしかすると、働いた経験がないと、関係性が変わっていくという実感がないから、「糸井事務所CFOの篠田さん」というものとしてしか、私を見れないのかなと。

渡辺 なるほど。アイデンティティーの認識が、人物自身ではなく、肩書きとセットになっているんですね。

篠田 ええ、たぶん。糸井事務所のCFOじゃない自分を、私が普通に想定してるということが、すごく衝撃だったみたいなんですよね。

— 質問された方からすると、「あれ、篠田さんは今、どういう立ち位置でしゃべってくれてるんだろう? いつか辞めちゃうかもよ、みたいなオフレコの愚痴なのかな?」って思ったのかもしれないですね。

篠田 あー、なるほど。

渡辺 それがまたさっきの「信頼」という問題と関わってくるわけですよね。「会社を離れるのは裏切りだ」っていうふうに思っている。

篠田 しまった! ぜんぜんそんなこと考えてなかった。

渡辺 終身雇用という概念がこびりついていると、会社を離れるのは、恋人を捨てるような感じに思っている人もいるのかもしれません。

篠田 これまで何人とも付き合ってきているから、また別れるかもしれない、と(笑)。

渡辺 そうそう。もっと素敵な男性と出会ったら乗り替えるかも……、みたいな(笑)。そういうふうに思われたのかも〜(笑)。

篠田 まぁ、そういう印象を持たれたかもしれないですね。
 そのとき感じたのは、そういうふうに人が変わることを経験上想定できないから、〇〇大学の自分とか、〇〇会社の自分イコール自分だとどうしても思いがちだし、人のこともそういうふうに見がちなんじゃないかな、と。

渡辺 ああ、なるほど。それはけっこう良い大学に行った人にありがちなタイプだと思う。〇〇大学に行ったっていうこと自体が自分になっちゃう。前回の視点のお話で言うと、その立ち位置じゃない「視点を変えた」自分っていうのがもう考えられない。

篠田 アイデンティティーを組織に求めるのは、別に良い大学の方だけではないんですよね。人によっては、ご自身としては不本意な学歴で「ハーバードさえ出てればこうじゃなかったのに」と思ってしまったり。

渡辺 アメリカでもそういう人によく出会いますが、その発想だと不幸になりますよね。

篠田 ええ。そういう心理状態の人が、たまたま人に褒められるような学歴や職歴を持っていると、「これを失ったら自分の何かが崩壊してしまう」と思ったりする。そういう心理は少なからぬ人が持っているとは思うけれど、でも、それはやっぱり自分ではないんですよね。

転機は、来てしまうもの

— きっと読者から見ると、篠田さんも渡辺さんも、華麗な転身を遂げてここまでこられたように見えていると思います。でも、今日のお話を聞いていると、それもやっぱりトライアンドエラーの積み重ねだったということでしょうか。

篠田 もう、まったくそのとおりですよ。私は30代に外資系の有名なところを3社経験しているんですけど、自発的な転職ってしてないんですよ。

— というと……?

篠田 縁があってというか、押し出されてというか。マッキンゼーを辞めてノバルティスに行ったのは、「もうおまえダメだよ」って言われたからで。ノバルティスからネスレへは、事業部が売却されたからで。それが私の30代だから、自発的なことは何もしていない!(笑)

渡辺 でもね、自発的に変わらなきゃいけないってものでもないと思うんです。私の夫も、今は独立してるけれど、昔はフォーチュン500に入る会社で管理職をしていたんです。そういう立場にいると、やはり安定していた方がいいんじゃないかって思うわけですよ。毎月ちゃんと入ってくるものがあるし。
※フォーチュン500:アメリカ合衆国のフォーチュン誌が年1回編集・発行する収入の高い500社のランキング

篠田 ステイタスもあるしね。

渡辺 そう、それでなかなか辞めることができなかった。でも、ある日会社の買収があって、「新しい会社にはあなたの職はありません」と言われてしまった。それが、彼にとってはラッキーにも独立の転機になったわけです。
 だから転機って、自分で決めなきゃいけないってことでもないですよね。

篠田 突然やってきちゃったりする。

渡辺 そう。だからそのときにもう自分はダメだって思うよりも、ようやくここで言い訳もできたし、独立しようかな、と前向きにとらえられるといい。無理して転機を探す必要はなくて、それがやって来たときに、不幸だと思わず、「もしかしてこれってチャンスじゃないかな?」と思えるだけで変わりますよね。

仕事の善し悪しは必ず相手が決める

— 今の働き方がいずれ変わるとすれば、一心不乱に仕事にのめり込むのはいいことなんでしょうか。

渡辺 一心不乱というか、一生懸命仕事をするっていうのは、すごく大切だと思います。私もいろんな仕事をしてきて、いろんな問題があったから別の就職先に移ったのですが、仕事が嫌いになったことは一度もないんです。
 辛かったのは勤務時間帯と人間関係だけで、仕事そのものはぜんぶ本当に大好きでした。どんな仕事でも、一生懸命やっていると得られるものがあるから、とりあえず目の前のことを一生懸命やってみるべきだと思うんですよね。バカにしてしまわないで。

篠田 結局、そこからしか次のチャンスってこないんですよね。短期的には、仕事の評価を決めるのは相手なんです。長い目で見たら、自分がその仕事に満足しているかということも大事なんだけど、でも一個一個のプロジェクトとか仕事の善し悪しは、結局、他の人が評価するっていうのは、外してはいけない本質だと思います。

渡辺 それは絶対になくならないですよね。

篠田 これはもう、普遍の事実だと思う。

渡辺 クライアントが喜ぶことをしなければ意味がない。

篠田 そこで誠意を尽くして一生懸命やっても評価されないんだったら、それはもう恋愛と一緒で相性なので、自分がよかれと思ってやることを喜んでくれる別の相手を探した方がいいんです。失敗するのはもうしょうがないですよね。

渡辺 一生懸命やるしかない。それでうまくいかないこともある。それがあたりまえ。

篠田 そうです。

渡辺 すべてがうまくいっているように見える人でも、それはうまくいっているところしか見えないだけなんですよね。つまり、いっぱいいろんなことをやっていたら、うまくいかないことも、失敗も、そのうち全部がつながるんだよってことです。

篠田 今に「つながる」といえば、やっぱりスティーブジョブスの、あの有名なスタンフォード大学の卒業式にしたスピーチのテーマが3つあって、その1つ目が「connecting the dots(点と点をつなぐ)」だったんですよね。

渡辺 あー。そういえばそうですね。あのスピーチは良かった!

篠田 過去の経験っていうのは今現在から過去を見てつながるものだけど、今から未来にむかってどの経験やスキルが生きるかなんて分かんないんだよっていう話をされてますよね。あれはすごく実感するところがありますよね。失敗もつなげていくしかない。

渡辺 本当にその通り。

篠田 メディアで私の経歴を見て、「あー、こういう人はCFOになるべくしてなったんだ、チェー!」みたいな(笑)ことをおっしゃる方もいます。でも、それは順序が逆。私はCFOっていう役割をするのは糸井事務所が初めてだし、この業界も初めてで、自分の過去の経験をがんばって総動員して、つなげただけなんですよ。うまく計算づくのキャリア計画なんてできない。

渡辺 できないですよね。できないし、する必要もないんじゃないかなって気がするんですよね。
 これはつながる話だと思うんですけど、「なぜ勉強しなければいけないのか」って質問に答える必要はないって言う風に言った人がいるんですけども、それは違うと思うんです。

— どういうことでしょう。

渡辺 例えば、「なんで数学なんて勉強しなきゃいけないの?」って子どもに聞かれたら、「だってね、将来もしかしたら、ロケット作りたいって思うようになるかもしれないじゃない」って。
 今必要かどうかはわからないから、一生懸命やって、dotがいっぱいあったほうが、選択肢が増えるよって言うんです。こんなのがなんの役に立つんだよってことが、ある時突然、役に立ったりするんですよ。

篠田 同時に一生懸命やってもできなかったことも、そういう意味で役に立つ。つまり私はこれが苦手だっていうことがちゃんと分かってるってことはものすごい大事。

渡辺 不得意なことを知る、ですね。

篠田 私は最初に銀行に入ったんですけど、事務作業全般がとても苦手だったんですね。でも働くまでそれ知らなかったんですよ(笑)。「自分は器用だ」ぐらいに思ってたたんです(笑)。

渡辺 あははは。私なんか仕事する前から君には向いてないと思うよって言われたことがありました。
 英国大使館の秘書の面接で、その外交員が、「僕、君のこと好きだし、仕事あげてもいいんだけども、きっと合わないと思う。秘書の仕事っていうのは、僕が言ったことを僕が言った通りにする仕事だから、多分嫌いになると思うよ。どうする? 雇ってあげてもいいけれど、君は、自分の仕事をやりたい人だと思うよ」って(笑)。

篠田 へー。

渡辺 その場でちょっと考えて、「じゃ、やめます」って(笑)。

篠田 その問いかけをしてくださった人、素晴らしい。

— 家庭も仕事も、みんなそういう風に互いにいい提案ができて、信頼関係とともに関係性を更新し続けられたら、素敵だと。

篠田 そうですね。

渡辺 本当に。

— ではいろんなお話がつながったところで、そろそろお時間が……。(開始から2時間半経過)

篠田 もう2時間ぐらいいけちゃうかも(笑)。

渡辺 このネタだと、誰かが止めてくれないと終わりません(笑)。

(おわり)
渡辺由佳里さんの「どうせなら、楽しく生きよう」も併せてお楽しみ下さい。

聞き手:中島洋一 構成:中田絵理香

リンクトイン創業者が提唱する「人と企業」の新しい関係とは。

ALLIANCE アライアンス―――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用

リード・ホフマン;ベン・カスノーカ;クリス・イェ
ダイヤモンド社
2015-07-10

この連載について

初回を読む
母が語る、あたらしい働き方—渡辺由佳里×篠田真貴子対談

渡辺由佳里 / 篠田真貴子

日本とアメリカ両国での就業・就学経験があり、子を持つ母でもある、東京糸井重里事務所CFOの篠田真貴子さんと、cakesの人気連載「アメリカはいつも夢見ている」「アメリカ大統領選やじうま観戦記」の渡辺由佳里さん。共通点の多いお二人に、「...もっと読む

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pingpongdash 面白かったし、勉強になった。-- 約3時間前 replyretweetfavorite

miyabi1989 確かに転機はくるものなのかも。新卒の頃には想像つかない人生になってる。|渡辺由佳里 @YukariWatanabe /篠田真貴子 @hoshina_shinoda | 約3時間前 replyretweetfavorite

erino_book 大瀧純子さんのお話にも通じるような… 約3時間前 replyretweetfavorite