イギリスが国民投票を実施し、イギリスはEUから離脱することになりました。
残留派と離脱派の差は大きくなく、当初は残留派優勢だと思われていましたが、直前に浮動票が離脱派に流れたようでした。
イギリスではこの結果が国を二分するような議論になっています。離脱派は、残留派を女々しいと呼び、残留派は、投票のやり直しをする主張を繰り広げています。
この投票がもたらした最も大きな問題は、この国の中に、2つの「階層」があるということを明らかにしたことでした。
離脱派に投票した街の少なからずが、ヨークシャーなどの北部にある町でした。そういう町の少なからずは、かつて鉄鋼や造船で栄えていた様な町、農村、漁村です。
例えば離脱派が71%を越えたリンカンシャーのボストンという町は、人口6万4千人程度の農業主体の小さな町です。イギリスの美しい田舎町ですが、お金も仕事も限られています。今や人口の15%は外国人で、11%は東欧の人々です。外国人人口はEUの移動の自由が認められてから増えました。
80年代中頃にうちの家人が遊びに行った頃は、外国人の姿をほとんど見かけませんでした。今では主要な通りには東欧の人が経営する食料品店が目立ちます。働く方もお客も東欧の人です。
イギリス北部は、ニューカッスルを除くほとんどの町が離脱に投票しています。
例えば離脱派の勝利がいち早く明らかになったサンダーランドは、造船業と石炭の採掘が盛んだった町です。
かつては世界一の規模だった造船工場は1988年を最後に閉鎖され、炭鉱も1994年に閉山されています。
今は製紙、自動車、電子部品などの工場が並ぶ工業地帯です。日産の工場があり、地元では最も給料の良い職場の一つです。ヨーロッパでは最も効率の高い自動車工場だと言われています。造船や炭鉱が閉鎖された後、この地域は凄まじい不況に悩まされたので、日本を含め外国企業を誘致したのです。
うちの家人はニューカッスル郊外出身なので、サンダーランドのこともよく知っています。私は何度もこの地域を訪ね、地元のお年寄りや親戚達の話を聞いています。
サンダーランドを含めたイギリスの北部というのは、南部やロンドンに比べると大変貧しいところです。
企業誘致や経済活性化で仕事は増えましたが、南部に比べると選べる仕事は限られていますし、給料のレベルも違います。一般住宅の作りも町並みもくたびれ果てています。郊外には灰色のコンクリート打ちっぱなしの公団が並び、昼間から、10代の母親がタバコを吸いながら歩いています。それを注意する人はいません。注意したら殴ってくるか、仲間の男たちから報復されるからです。
炭鉱の閉山や造船所の閉鎖で失業した人は、その後、多くは再就職できず、アルコールや麻薬に落ちぶれて死んでいきました。炭鉱夫や溶接工にはコンピューターは使えないし、アプリの営業だって無理なのです。
日本の元炭鉱町のように、公費を投入して温泉を作ったり(そもそも沸かない)、遊園地を作って地域を活性化したり、雇用を創出したりするような試みもありませんでした。
炭鉱の閉山や重工業の没落は、周辺産業にも大きな影響を及ぼしました。発電所に機械を納入していた会社、造船会社向けに配送をやっていた会社、炭鉱夫の村にあった雑貨屋やパブも仕事を失いました。
運良く仕事を失わなかった人々はダウンサイジングの標的になりました。リストラの恐怖やプレッシャーに怯え、精神を病んだり、心臓発作を起こしました。かつては終身雇用が当たり前だったのに、それがすべて崩壊してまったからです。
義父も心臓発作をおこした一人です。
家人の実家の近所の家の多くが、オーストラリアやアメリカへの移住を真剣に検討していました。そのぐらい生活が逼迫していたのです。親が失業したために給食費を払えない子供、生活保護を受ける家庭も珍しくありませんでした。これは大昔の話ではなく、80年代後半の話です。
かつての炭鉱町は、いまや人っ子一人いないゴーストタウンです。炭鉱の一部やかつての町が博物館として保存されているところもありますが、地元の人は、苦しい時代を思い出したくないので、行きたがりません。
この地域は、その後、経済活性化で復興したかというと、多少仕事は増えましたが、相変わらず貧しいままです。イギリス経済を牽引する金融やコンテンツ産業とは無縁です。
ここでは「ロンドンに行く」ということが、海外旅行に行くような大きなイベントです。アメリカに旅行に行ったとなったら、21世紀だというのに、近所中で大変な騒ぎです。行ってきた人達は、アメリカのおみやげを誇らしげに見せびらかします。これは底辺層ではなく、その辺の、ごく普通の中流の人達です。(しかしロンドンの感覚だと、彼らの収入は貧しい人に分類されるでしょう)
家人の同級生のほとんどは、この土地を離れ、ロンドンや海外で働いています。残っているのは自営業、公務員、10代で母親になった人、麻薬中毒になった人、刑務所に入っていた人です。ここの公立学校では、30年前でも、刑務所帰りの生徒、授業中に使用済みナプキンを投げつける女子、10代の母が半分を占めるクラスというのが珍しくありませんでした。
外国人の数は少なく、私がパブに行くと、東洋人を見たことがない人達が親しげに話しかけてきます。差別的ではありません。単に珍しいのです。重工業地帯で炭鉱もあったので、荒々しいところがありますが、人は明るく豪快で人懐っこいのです。英語を話すと驚かれます。外国人が半分近いロンドンとは大違いです。
ここにはロンドンの人達が好きなもの、例えば、折り畳み自転車、ペルー風日本料理、オーガニックの食材店、ホメオパシー、冷凍美容のサロン、アートハウスの映画館、猫カフェなどは無縁です。
通りに並ぶのは、ケバブ屋、揚げ物しか置いていないパブ、労働者階級向けの集会場、ボクシング場、闘犬場、フィシュアンドチップスも出している中華、1ポンドショップです。出産祝いには1ポンドショップで買ったものをあげるのは恥ずかしいことではありません。みんなお金がないからです。ニューカッスルでさえ店は5時に閉まります。
北部の働く人の中間年収は350万円程度です。イギリスの下から数えて5番目です。かつては造船所で正社員として働けた人達は、今は激安スポーツ用品店やカフェで働きます。年収は中間よりさらに低く250万円ぐらいです。住宅の平均価格はイギリス最低で2300万円ほどです。
一方で、ロンドンの中間年収はイギリス一高く500万円ほどです。住宅の平均価格は7400万円ほどと、やはりイギリス一です。
残留派に投票した人達の中には、平日昼間に再投票のデモをやっている人達がいます。彼らはデモで写真撮影されても、職場で何も言われないか、独立して暮らせるだけの資産があるのでしょう。仕事を休んでも文句をいわれないのでしょう。
北部の労働者は、シフト勤務なのでデモなんてやっている暇はありません。ポーランドやルーマニアから来る勤勉で文句をいわない労働者と競争しているので、休んだら何をいわれるのかわかりません。
残留派の人達の中には、リベラルの人達が少なくありませんでした。彼らはシェパーズブッシュやショーディッチのマンションでコンブチャを飲みながら、「離脱派はバカだ」と罵りました。
彼らは口では平和や愛を語りますが、残留派に投票した人達の生活の実態がどんなものかは知りません。そして、知る暇はありません。なぜなら、音楽フェスティバルで一泊20万円のテントに泊まって、一足三万円のブサイクな長靴を履いて、オーガニックのりんごジュースを飲むのが忙しいからです。
でも、そのバカな人達が国の大半の人達で、迷いながら残留に投票した人達の中にも、バカな人達と同じ様な生活の人もいたのです。
コンブチャが好きな人達は、イルカの人権とか大企業は悪だというズレた主張が幸せにしているのは自分達だけで、1ポンドショップ買い物する人達ではないということを知るべきです。イルカの人権の話ばかりしてきたから、EUに残れという話にも耳を傾けてもらえなかった。
ところで、コンブチャ好きが読んでいると思われるガーディアンという新聞はもうすぐ潰れそうな気配です。コンブチャの人達は「人助けをしましょう」という割には、新聞社の可哀想な記者やスタッフを救う気はないようです。